加藤ヒロ 公式サイト

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2019.07.15

ザクセンの風〜その5〜 最終章

あっという間にドレスデン滞在の最終日の朝を迎える。

この日は朝から曇り空。

気温も最低気温が15度を下回っていつもより少し低い。

それでも、滞在した5日間ずっと雨に降られなかったのは、とても幸運だった。

パンと手作りハムにサラミ、ゆで卵にコーヒーというシンプルだけどとても美味しい朝食。

僕のお気に入りは、パンとハム。いくらでも食べれそう。

朝食の後、僕は一人でいつもの森へと出かける。

滞在中でこの森の中に入るのは4回目だ。


最初は義弟に案内されて、ぐるりと30分くらい散策した。

そのときは、自分たちがどこを歩いているのかが全く分からなかった。

2回目は、僕一人で森に入った。

前日と同じように、クラインガルテンの脇の道を歩いてから森の中へと入っていく。

森の中の道は、微妙に曲がりくねっていて、僕のように土地勘のない人間が迂闊に入り込むと、迷宮のような森から出てこれなくなるんじゃないかと心配になる。

そんな時は、Wi-Fiが繋がっていなくても自分がどこにいるのかがわかるグーグル・マップのオフライン・マップがとても役に立つ。

それでも、人があまり歩いていない薄暗い森の中では、時折カサカサと音を立てる野生動物や聞いたことのない野鳥の鳴き声、そして風に揺れる木々の枝の音が絶えず僕の心を緊張させる。

森は僕という遠い極東の小さな島国から来た他所者を受け入れるかどうか品定めしているのかも知れない。

くねくねと曲がる森の道を歩いていると、うっすらと汗が滲んでくる。

僕は森の真ん中あたりにある木のベンチを見つけ、そこに腰掛ける。

背負っていたミニギターを取り出し、弾いてみることにした。

発声練習をして、歌を歌う。

僕の声に気づいた散策中の人は立ち止まり少しこちらを伺うようにするが、歌声はすぐに木々の茂みに吸収され、立ち止まった人も何もなかったかのように再びその歩を進め始める。

1時間くらいベンチで過ごした後、最初に散策した時と同じ道のりを辿り、足早に家へと戻る。

そして、3回目は2回目の道のりを逆方向から辿ってみた。

逆方向から辿ることで、森の中に張り巡らされた散策道の位置関係が随分と分かってくる。

違う方向から物事を見ることはとても大事なことだ。

この日は、少し森の奥深い所まで続いている初めて歩く遠回りの道を辿ってみた。

ぐるりと森を一周するように散策して、家から少し離れた場所にある森の出口に出る。

森の出口付近には立派なテニスクラブがあり、綺麗に整備された赤土のテニスコートではまだ幼い子供から大人までがテニスを楽しんでいる。

この日を境に、僕と森との距離は随分と縮まり、僕の心から森に対する警戒心も恐怖心も消え、むしろ親しみのような感覚を抱いていた。


最終日の朝、僕はミニギターを背負い、テニスコート方面から森へと入る。

これがドレスデン最後の森の散策だ。

森の中にちょっとしたコンサートができるステージがあると聞いて、そこを目指して歩き始める。

森に入り、少し迷いながらも10分もすると森の中のステージが見えてきた。

ステージに上がって歌でも歌おうかと思ったけど、周辺に散歩している子供連れの親子が数組いたので、躊躇してやめた。

そう、僕は小心者なのだ。

ステージをあとにして、今度は森の一番深い場所に向かって歩き出す。

敢えて初めての道を森の奥へと進んでいく。

ずんずんと足早に、、そして一定の速度でテンポよく進んでいく。

すると、森の中を流れる小川に出た。

土手を下りて小川の向こう岸へと渡ってみる。

向こう岸の土手を登った所にある木のベンチで一休み。

すると、動物の気配。。。

みると、遊歩道で散歩中のスタンダード・プードルが立ち止まり、ベンチに腰掛けている僕の様子を伺っている。

10秒ほど立ち止まって危険がないと察知したのが、足早に僕の目の前を通り過ぎていく。

その10秒後に一人の若い女性が僕を見てにっこりしながら目の前を通り過ぎる。

スタンダード・プードルの飼い主だろう。

曇り空だった空は、雲の切れ間から太陽の光が森の中に木漏れ日となって降り注ぐ。

もう、僕の中に最初の時に感じていた緊張感はない。

森もどうやら日本から来た僕のことを少しは受け入れてくれたようだ。

僕は再び歩き始める。

そして、2回目に来たときに歌を歌ったベンチまでたどり着いて、この日もギターを弾いて歌を歌う。

辺りは木々のざわめきと野鳥の鳴き声しか聞こえない静寂、、そして少しひんやりとした空気が僕を包んでいる。

歌を歌い終わり、僕は森を覆う木々の枝を見上げる。

その向こうに青い空が広がっている。

ザクセンの風がこの森を吹き抜ける度に、木々の枝はざわめき声を上げ僕に降り注ぐ柔らかな太陽の光を揺らしている。

今日の夕方、ドレスデンともさよならだ。

そして、この森ともさよならだ。

多分無いと思うけど、、またこの森に来ることがあればよろしく、と挨拶して僕は森を出る。

「今度来るときは、森のステージで歌ってみるよ。」

このようにして、僕のドレスデンの旅は終わる。


日本に帰ってきてから1週間以上が経ったけど、、今までも目を閉じれば心の中に、、あの森の匂い、木々のざわめき、野鳥の鳴き声、そして吹き抜けるザクセンの風を感じることができる。

これからも、いつでも、いつまでも、ずっと。

終わり。。。











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