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2018.04.08

さんとす

金曜日の夜、繁華街は人で溢れていた。新年度になって最初の金曜日。

さぞかし、新しい職場に異動になった人や新入社員の歓迎会がの催されたことだろう。

歩いていると、まだ初々しいスーツに身を包んだ若者たちが結構いて、

時間帯からして、一次会が終わって、みんな二次会の会場へと集団になって歩いていた。

僕はといえば、渋谷での打ち合わせが予想よりも長引いて、、

夕食も済ませていなかったので、一人で食事もできてお酒も飲めるお店へと向かう。

僕は常連と言われるほどそのお店にはいかない。

でも、僕がいくと必ず知っている常連さんがいて、その常連さんがみんな仲良くしてくれるので、

お店に行く回数の割には常連っぽく扱われているような気がする。

扉を開けてお店に入ると、そこも混雑していた。

べつに歓迎会というわけではないけど、常連さんによる3つくらいのグループがそれぞれのテーブル席を占拠していた。

そして、常連さんグループが2曲交代でステージに4、5人が上がっては演奏し、歌を歌い、踊りながらお酒を飲んでいた。

楽しそうなステージを見ながら、僕はいつものように一人でカウンターに座ってビールを飲む。

まるでジェイズバーにでもやって来た気分だ。

僕は性格的に、あんな風に騒ぐことはできない。酔っ払えば別だけど。。

このお店の名前は、ブログの中では「さんとす」としておく。

さんとすは、お客がステージに出て、生演奏したり歌を歌ったりできるお店で、マスターとその娘の「あいちゃん」の二人で切り盛りしている。

あいちゃんは、とても可愛らしくてお店の仕事も一生懸命で常連客からは絶大な人気を誇る。

でも、いつも客と話しをする暇もないくらい、客からの飲み物の注文やPA係で息つく間もなく働いている。

マスターは、釣りが趣味で僕ともよく釣りの話しをする。

マスターも若い頃からギターをやっていたそうだが、ステージで演奏している姿を見ることは滅多にない。

僕が初めてさんとすに来たのは、ちょうど6年前。僕が、ギターを始めて半年が経った頃だ。

さんとすは、僕が産まれて初めてステージで弾き語りをした場所だ。

客二人にマスターとあいちゃんしかいなかったけど、緊張で歌い終わったら汗びっしょりになったのを覚えている。

ある意味、思い出の場所だ。

お店も閉店近くになって、まだ1曲も歌っていない僕にマスターが、「加藤さん、どうぞ!」と告げる。

この日も一人「Fighting on the Edge」を歌う。

お酒が進んだ常連グループの人達は、みんなもうご機嫌で騒いでて、、、だから、僕の歌なんて誰も聞いていない。。

でも、それでいい。

このお店は、自分で楽しくなるために楽器を演奏し、歌を歌う。

それで十分だ。

一人で歌っていると、見かねた常連の一人がステージに上がってエレキを取り出す。

2番から一緒に弾いてくれた。

即興で一緒に演奏できるくらい、常連の人達の楽器の腕前はセミプロ級だ。。

常連さんから見れば、僕のギターなんてまだ赤ん坊みたいなもの。。

こんな小さなお店のこの空間に、、、何十年も音楽を愛し、楽器を愛し、歌を愛する40〜50歳代のサラリーマンが集まる。

みんな居場所を探して、、辿り着いた居心地のいいこのお店が気に入っているんだろう。

僕も2ヶ月に1度は足を運ぶようにしている。

カウンターの椅子は、古いハイチェアーで、、その座り心地は決してよくないけど、、僕もこのお店の居心地は、、いいと思っている。

機会があれば、またいつか「さんとす」の話しをブログで書くことにしよう。
2018.04.07

カードゲーム

人生はよく色んなものに例えられる。

例えば、、「人生は持っているカードを1枚1枚捨てていくゲーム」だと仮定しよう。

でも、捨てるのにも一定のルールがある。

そのルールというのは、人生は決して自分の思うがまま行かないので、、、他人の捨てたカードの番号と同じではならないとか、同じ♠️のカードでないといけないとか、ゲームの世界ではありがちなルールであって、、、

だから、自分がまだこのカードを捨てたくないのに、今捨てざるを得ないとか、逆に捨てたいのに捨てられないとか、、そういう場面に遭遇するというもの。

もっと言えば、実際には本当はまだ捨てたくもないカードなのに、無理やりこのタイミングで没収されてしまう局面も多々あって、、、どちらかといえば歳をとる毎にそういう局面が増えて行くんだろうな、、、とも思う。

また、そう感じ始めた年頃でもある。

きっと若いうちは、手持ちのカードをどんどん増やして、抱えきれないくらいのカードを持っていた時期もあったんだろう。それくらい、道端に落ちているカードを手当たり次第拾ったものだ。

それが、年をとるにつれ道端に落ちているカードには目もくれず、、手持ちのカードをいかに抱えたまま生きるか、というステージへと移っていく。

最近、僕が捨てたくないのに捨てさせられたカードは、、、そうだな、、例えば、「お酒の強さ」というカード。。特に、日本酒。あと、「徹夜しても大丈夫」カード。これを捨てさせられたのは、もう7〜8年くらい前のことか。。

今日、村上春樹の二冊目の小説を読み終えた。まったくの偶然だったが、最初に読んだのが村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」であり、二冊目に読んだのが第二作「1973年のピンボール」だったのは小さな幸運だった。ストーリーにつながりがあったからだ。

二冊目の小説を読み終えて、、、一冊目を読み終えた後ほどの感動はない。でも、僕の心は満たされている。きっと、トンネルか抜けた出した瞬間の太陽の光と、数日経った後の太陽の光とでまぶしさが異なるというだけの違いのようなもので、作品への尊敬に大した差はない。

ところで、村上春樹の小説を読んでみて、いくつかの気づきがあった。

村上春樹の小説の中での主人公は、本当に僕自身を投影している。いや、読む人みんなそうなのかもしれないけど、、少なくとも読んでいる間は僕は主人公になりきっている。

何回も言うが、僕は影響されやすい性格だから尚更だ。

その小説の中での主人公像は、自分の中でちゃんと出来上がっている。細部まではわからないけど、彼がどういう人間なのかを人に解説することができるくらいしっくりくるものがある。

でも、彼がどういう顔をしているかは全く頭には浮かばない。浮かばないのは僕だけかもしれないけど。。ハンサムなのか、ごく普通の顔立ちなのか、といえば、僕の中では中の中のちょっと上、くらいである(自分の顔がそうだと言ってるわけではない)。

多分、僕にとって主人公の彼の顔は、これくらいのイメージで十分なのだ。それ以上の細部の説明はいらない。目が大きい、小さいとか、目が釣りあがっているか垂れ目か、まつげがどうで、眉毛が太いとか、細いとか、ホクロがあるとかないとか。。これらはほとんど意味を持たないような気がする。

でも、僕は結構昔から自分の容姿の細部とか気にしたり、時にはコンプレックスさえ抱くこともあった。みんな少なからずそういう所はあると思う。

でも、小説を読んで気がついた。容姿のコンプレックスって、、あまり意味がないことに。

もしかしたら、他人にとって僕の容姿の細部なんて道端に落ちている枯葉の模様がどういうものか、と同じくらい大したことではなかったのではないか、と。

実際に、村上春樹の小説の中の主人公の顔は見ていないけど、愛すべき存在になっている。

だとすれば、容姿にコンプレックスを持つというカードは、僕の中では、結構若い頃から捨てれないまま持ち続けてきたけど、、そろそろ捨ててもいいカードなのでは、と。

もちろん、容姿は大事だ。だから、「容姿にこだわるカード」はまだ捨てる気はない。

でも、「容姿にコンプレックスを持つ」カードは捨ててしまう決心がついた。

まあ、、年とともに、近いうちに捨てることになるだろうとは薄々感じてはいたが。。

いいきっかけになった。

こうやって若いころに抱いていた「こだわり」のようなものは薄れていくのかもしれない。

でも、それが全て悪いことだとは思わない。

もし人生が、いらないカードを1枚ずつ捨てていくゲームだとしたら、、最後に残る1枚は何になるんだろう。。

その答え探しそのものが人生なのかもしれないし。

楽しみだ。
2018.04.06

チェックリスト

僕は、チェックリストというのは本来あまり好きではない。

でも、色んな必要な事項を並べられると、すぐにチェックリストを作成した方がいいのではないか、という発想になる。

これは、若い頃に公認会計士として仕事をしてきたDNAが、まだどこか僕の心の奥底に眠っているからなのかも知れない。

漏れがないようにとか、次回以降にも生かせるようにとか、チェックリストは失敗をしないためのノウハウの蓄積を形に残すことができるとても有用なツールだ。

そして、何よりも自分に安心感をもたらすことができるので、精神衛生上も好影響を与えてくれる。

22歳の時、ニューヨークに渡って初めて経験した仕事が会計士としての監査業務だった。監査業務とは、会社の作成する決算書が適正であるかどうかを調査し、意見表明を行うという大事な仕事だ。

でも、その大義名分からは想像もできないくらい仕事の内容は、前年に作成された監査調書と呼ばれる分厚い書類を参考に、前年に行ったそれと同じように帳票のチェックを行い調査手続を記し、そして同じ結論を出す、と言ういたって退屈な作業だった。

監査の実務経験も何もない僕が、いきなり監査という仕事の一端を担えたのは、前年までの調査結果の蓄積のおかげであり、マニュアル化された業務フローのおかげでもあった。そして、自分の作業に漏れなく穴がないかどうかの最終確認における頼みの綱は、まさにチェックリストだった。例えが良くないが、今までにやったことのない手口の粉飾を新人の僕の前でやられていたら、その当時の僕にはとてもそれを見抜く力はなかったはずだ。まあ、経験ある上司がレビユーする時に発覚するものだが。

今にして思えば、あの時僕が時間をかけてやった作業は、残念ながら何か新しい価値を生み出したようには思えない。だからかもしれないが、、僕は監査という仕事は結果として5年と続かなかったし、ビザが切れて渡米して6年後に日本に帰ることになった時に、僕は監査という仕事を辞めることを決めた。

念の為に言っておくが、監査を馬鹿にしているわけではない。誰かがやらなければならない重要な業務だ。ただ、、監査という仕事に関して言えば、それを担う存在が僕でなければならない理由が何一つ無かった。

監査を辞めて以来M&Aのアドバイザーの仕事を20年以上も続けてこれたことに正直自分でも驚いている。そこには「加藤さんだからお願いしたい。」というクライアントからの要請があった。幸いなことに、僕でなければならないという必然性があったのだ。だから、その期待に応えたいと思ったし、実際に仕事の内容も楽しかった。

それを感じられなくなった時、きっと僕はそこには居ないだろう。

先日、プロデューサーから、僕が書く曲に足りない要素として、周辺の情況を描けていても、その中にいる主人公を描ききれていない、ということを指摘された。

確かに言われてみればその通りだ。

主人公Aの性格は?優しいのか怒りやすいのか。容姿は?髪は長いのか、短いのか。そして、主人公Bも同様。二人がどうして出会ったのか。二人の関係は、幼馴染なのか、恋人なのか、恋人なら同棲しているのか、などなど。曲作りにおいて、主人公の性格、シチュエーション、暮らしている街、部屋の情景、行きつけの店などの行動パターン、、、色々とそこに入れ込みたい要素があるし、それを持って主人公の深堀りが可能となる。。

そんなに沢山要素が並ぶと、、会計士としての昔の僕なら、すぐにチェックリストを作成したくなるところだ。

でも、そんなことは曲作りにおいては必要はない。

なぜなら、曲作りは失敗しないための作業ではないからだ。抜け穴を埋めることが目的でもなければ、チェックリストをパーフェクトにクリアすることによって、監査業務のように自分に瑕疵がないことを立証しなければならない事情があるわけでもない。

そして、プロデューサーは僕に言った。

「曲作りは遊びでいい。」

ルールやマニュアルのない自由でいられることの楽しさ、ありがたさ、そして自由でいることの大切さを感じた瞬間だった。。。

まだ、新しい曲が書ける気は全くしないけど、、、今出来ることとして、今日も僕は村上春樹の「1973年のピンボール」を読んでいる。
2018.04.06

下北沢ロフトにて。

僕は人見知りする性格だ。

ネクタイとスーツを着ている時には、仕事上の自分を演じることができるから、初対面の人でも話しをすることは出来る。

でも、ミュージシャンの僕は、それなりに素の状態の僕そのものなので、、結果として、人見知りすることになる。

今日の出演者は僕を含めて4人。

僕以外は全員女性。

夕方、僕は一番最初にリハーサルを終えると、いつものように一人で夕食に出かける。

そう、リハ後にライブハウスに残って、他の出演者とSNSで繋がるような会話は決してしない。原則としてだ。

原則ということは、例外がある。

そう、相手が積極的に話しかけたきた時は別。

そういう時は、必要以上にフレンドリーに対応する。

なぜなら、単に人見知りなだけで、人が嫌いというわけではないからだ。

ところで、昨日、曲を作る上でプロデューサーが一つのキーワードを僕にくれた。

『赤裸々』という言葉だった。

『赤裸々に』表現することの大切さ、、、僕にとって、これまた苦手で、前代未聞のテーマが示された瞬間だった。

『赤裸々』。。。とても抵抗感のある言葉だ。。

昨日のブログにも書いたが、僕は、自分の考えのうち半分しか人には出さない、という考え方にとても共感できるタイプの人間だと思ってる。

意外とそういう人は多いのではないか、とも思う。

『赤裸々』という言葉があるとうことは、人って元々そういうものだからこそ、普段は見せない領域を語るときに『赤裸々に語る』という表現をするんだろうと。

人はそもそも人見知りである、という僕の中での法則に納得がいく。

でも、自分を半分しか出したがらない人間の本質は、実は本当は自分のことを人に話すことが大好きな人間なのではないか、とも思う。

と、同時に人から自分がどう思われているのか、ということに人一倍気にかける性格がそこに加わると、、自分を半分しか出さない人間が出来上がる。

人は、本能的に自分を守る術を、その経験の中で身につけていく。。。これもまた僕の中での法則だ。

今日のライブ。。。トリだった僕のステージが終わってから、楽屋で2番目に出演した女の子と言葉を交わした。

すんなり言葉を交わせたのは、彼女の方から「ステージ、すっごく良かったです!」と話しかけてきてくれたからだ。

聞けば彼女は、1年前に東北地方から上京してきて音大に通っている、この春に2回生になったばかりの女子大生。

最近、人から褒められる機会に乏しかった僕は嬉しくなって、いろいろと自慢話めいたことを話してしまった。

Fighting on the EdgeがUSENインディーズランキングでトップ10に入ったこと。

彼女もサックスをやると聞いて、第一人者の竹上良成さんに僕のレコーディングに参加してもらったこと。

ミチシルベがカラオケ配信されていること、などなど。

家に帰って風呂に浸かりながら、彼女に話したことを思い出して、、、後悔した。。

あんなに自慢話っぽい話ばっかりするんじゃなかったと。

自分の倍以上の年上の人間から、そんなに自慢話されて、決していい気はしなかったのではないか。。

そういう反省から、僕はやっぱり半分しか出さない人間でいよう。。その方が楽だ。

だから、赤裸々に語るなんて、、とんでもない話だ。。。

赤裸々に話すなんて、、絶対無理!

喋れないなら、、、、こうして赤裸々にブログに書くことにしよう。。。


今日のセットリスト。

1. Fighting on the Edge
2. Fly into the Summer
3. ポプラと見上げた空
4. ミチシルベ
5. 風に寄り添い歌うブルースの唄
6. 憂鬱な焦燥と、サヨナラと。
2018.04.05

風の歌を聴いてみた。。。

ぼくは活字を読むのが苦手だ。映画も普段は全く観ない。芝居など全く観たこともない。

これらは、苦手というよりは、、、毛嫌いしている、といった方が正しい。

そして、僕は誰かの影響をとても受けやすい。。。。

さて、楽曲制作の現状として、小麦粉を水で溶いただけの生地を焼いて作ったパンケーキを、丸と三角と四角に形を変えただけの駄作しか上げてこない状況に、、

さすがに見るに見かねたプロデューサーが、締め切りのある、いわば夏休みの宿題のような今の楽曲制作の状況は一旦白紙にしよう、という提案をしてくれた。

以前から言われていたことだけど、曲作りのヒントになりうる、色んな映画やお芝居、他の人のライブ、小説など、まずはインプットするところからやってみよう、ということになった。

今までの楽曲は、ぼくが音楽をやる前の経験や感情の引き出しから何とか作ってこれたかも知れないけど、、

アルバムに収録する残りの数曲は、そこに頼るのはもう限界がきたみたいだ。

と、いうことで、、夏休みの宿題を免除されたぼくは、

精神衛生上は、最も苦手な活字読みを含む別の課題を課せられることになった。。

気が重いまま、、本屋に向かう。

プロデューサーからは、ぼくの世界観との兼ね合いで、、村上春樹の小説を勧められた。

村上春樹って、、、名前は知ってるけど、、小説なんて読んだことないし。。

村上ショージのDVDなら、ちょっと観たことあるけど。

数ある村上春樹の文庫本の中から選んだのは、「風の歌を聴け」という本。

村上春樹のデビュー作らしい。。

それを選んだのは、何を隠そうデビュー作だからでもなんでもなく、、ただ単に、文庫本の厚みが薄かったから。。。

読んでいるうちに、、、なんか難しい漢字がいっぱい出てくるし、、言い回しが難しい表現は何度か読み返さないと意味わからないし、、

これが曲作りにどう役に立つか、何となくピンとこないし。。。

やっぱり小説、、難しいや。。。や〜めた!。。。と思って、、阪神戦をテレビで観戦。

そして、阪神勝利!

阪神の勝利を見届けたあと、不意に小説の続きを読み始めたところ、、、

はい、、、一気に全部読んじゃいました。。

ああ、、面白かった!小説ってこんなに面白いんだ!

この本の主人公になりきって読んじゃってたね。

この主人公、、読んでいるうちに僕自身が似てると思ったし、、どこか悟ったとこがあって冷めた感じがあるところなんて憧れるし、、主人公の生き様として、「考えていることの半分しか出さないと決めた」、なんて部分は、僕もそんな感じのところあるし。

この小説は、読まれた人も多いと思うけど、夏休みに海辺の街に帰省した主人公が、その街で過ごした18日間を描いたもの。

まさに海辺の街の世界観が頭の中のイメージと重なった感じもあって。

曲作りはもう少しおいておいて、、明日も小説、、買って読んでみよう。。

もちろん、、分厚くない薄い村上春樹の文庫本にするけどね。
2018.04.02

今週木曜日。。

今週の木曜日は、2週間ぶりのライブ。。

ブッキングで言えば、ほぼ2ヶ月ぶりか。。

そして、この今週のライブの後は、、6月のワンマンライブまでライブの予定はない。。

と、いうことは、結構貴重なライブになるということか。。

ちょっと4月と5月は、アルバム制作にむけて、色々と忙しくなりそうだから。

人間、本能的にどこまで自分がいけそうか、とか、もっと負荷をかけても大丈夫とか、ちょっと無理っぽいな、とかいう感覚はなんとなくみんな持ち合わせてるはず。

自分にしかわからないことも多いからね。

そこで、大事なのは線を引くライン。

アグレッシブなのか、保守的なのか。

以前はちょっと無理目なスケジュールで強引に前に進めてきたことが多かったけど、

ラジオの方も今までよりも少し時間をかけないといけないと感じているし。。

できるだけ、、一つ一つ丁寧に。。

それもこれも、基礎技術とかが身についているベテラン、、いや、そこまでいかなくてもそこそこの経験がある人であれば、その必要はないのだけど、

まだまだ未熟者ゆえの、、こと。

大事なのは、エンジン吹かさないといけないときに、ふかせるように、、磨いておくことかもね。。

とりあえずは、木曜日のライブ、頑張ります!
2018.04.01

4月1日。。

4月1日、、そう、今日はエイプリルフール。

もう、エイプリルフールだからって、、誰も嘘ついていない気がするけど。。

今でも、嘘ついている人とか、、そしてそれに騙される人とか、、いるのかな。

まあ、、それはともかく、、、去年の今日は、広島でワンマンライブだったな。。

どうせなら、そのワンマンライブのMCで嘘ついてみればよかった。。

加藤ヒロのメジャーデビューが決まりました!って。。

。。。誰も騙されれる人はいなかっただろうけど。

さてさて、、最近は結構曲を作ることに今までにないくらいにエネルギーをつぎ込んでますが。。

そこで、思い出したのが、昔テレビでやっていた電波少年の企画。

サムシングエルスというバンドメンバーが、一つの部屋に合宿と称して閉じこもり生活をやらされ、オリコン初登場20位以内に入らなければ音楽業界から足を洗うという企画。。

これまた、過激な。。

でも、この番組、、僕も見てましたね。

まさか、、その20年後に自分がその曲作りに部屋の中で没頭することになるとは。。。

人生って、、わからないもんだ。。

さて、、明日からは新年度スタート。

気分も新たに、、頑張りましょう!
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