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2019.11.13

一足早い冬支度

カバー曲を含む慣れていない曲を3曲も一日で歌わないといけない次回のラジオ番組の収録。

練習時の感触が良ければまだしも、なかなか手応えを感じることが出来ない中、練習する時間が限られてきて少しずつ焦りに変わってくる。

でも、そんな中でもこれ以上は先延ばし出来ないなあ、と思っていたことが一つ。

それは山小屋の冬支度のこと。

例年、山小屋では早ければ11月の上旬に最低気温が氷点下まで下がる。

なので、水道管が凍らないように水抜き処理をする必要があるのだ。

幸い僕の山小屋は床暖房を冬の間つけっ放しに出来るので、屋内の面倒くさい水抜きはやらなくて済む。

床暖房の燃料は灯油だけど、業者に頼めば定期的に灯油を満タンにしてくれる。

でも、敷地内に複数ある屋外の水道は、さすがに水抜きをしないと。

それに加えて、畑に植えてあるイモ類を収穫する。

それが山小屋での冬支度だ。

ところが、今年は忙しくて8月の終わり以降、全然山小屋に行けていない。

台風の被害もどうだったかも気になるし。

さらに、ここにきて上空に寒気が入り込み、ただでさえ明け方には氷点下に下がっている山小屋ではこのまま一気に水道管が氷ついてしまう恐れがある。

なので、このタイミングを逃すともう山小屋に行けそうもないので、ちょっと無理してとんぼ返りのつもりで山小屋へと車を走らせた。


出発する時の東京都内は、朝からどんよりとした曇り空。

途中、高速道路を走っていると雨が降ってきた。

雨の中でイモを収穫するのは嫌だなあ、と思いながらひた走る。

ところが、山が近くにつれて雲は晴れ、青空が広がりお日さまも顔を出し始めた。

標高が700〜800メートルを超えたあたりから、車窓から見える山々の木々が徐々に黄色やオレンジ色に変わり始める。

さらに登っていくと紅葉はさらに深まり、眼に映る景色が一面秋色に染まる。

標高が1000メールを超えた頃、木々の枝は早くも冬枯れの様相を見せ始め、道路を囲む法面には背の高いススキが生い茂って揺れている。

もうここでは、秋から冬に季節が差し掛かっている印象だ。

そんなこんなで、渋滞で予定よりも40分ほど遅れて山小屋に到着。

まずはイモを収穫して洗う。

水は手が切れそうなくらい冷たい。

時間にすれば僅かな時間なのに、すぐに手の指がしもやけのように痒くなる。

小屋の中に入り、床暖房のスイッチを入れる。

これで、冬支度完了!

山小屋のすぐ傍に立っている大きな白樺の隣には、深い紅に染まったもみじの木が。

そのはるか頭上には薄い青色の空が広がる。

白と赤と青のコントラストがとても美しい。

それにしても、今年はあまり来れなかったなあ。。山小屋。

冬の間も寒すぎて恐らく来ることはないと思うので、来年の春まで山小屋ともしばしのお別れだ。

さて、そのまま帰ろうと思ったけど、中途半端な時間だし、お腹もすいたし、、と、いつもの蕎麦屋に寄って十割のおらが蕎麦の大盛りを頂く。

うん、美味しい。。いつもの味だ。


思い立って、冷えた体を温めるため一風呂浴びていこうと温泉施設へと向かう。

昔はよく来たなあ。。前回、いつ来たっけ、、なんて思い出していたら、去年の夏合宿のときに、プロデューサーの安藤さんとAK監督たちと一緒に来て以来だということに気づく。

その時、風呂上がりの更衣スペースでは、AK監督が「携帯がない、携帯がない。」と探しまくっていたっけ。

結局、、携帯はどこにあったんだろう。。

そんなことを思い出しながら、身体を洗ってから扉を開け外へ。。広い露天風呂に浸かってみる。

ぬる目の温泉だけど、長い時間温まるにはちょうどいい。

露天風呂の周りの木々の紅葉は早くも終盤を迎え、葉が完全に落ちてしまった枝も目に付く。

温泉に浸かりながら空を見上げると、温泉施設の屋根のはるか上には、さっきよりも少し霞みがかった青空が広がっている。

その空には、すぐに溶けてしまいそうなくらい繊細な綿アメに似た雲が、風に流されてゆっくりとゆっくりと流れていく。

ああ、、今年ももう残すところ約1ヶ月半か。

全く、、早いもんだ。。

風に乗って雲が流れていくのに合わせて、時間も確実に流れていく。

そして、きっと僕たちも少しずつ、、前に進んでいる。。。はず。

養った英気で、収録に向けて、、明日から頑張ろう。。(今日はもうサボる気満々だし)


ところで、去年の夏合宿の最終日。

みんなが帰ったあとで、AK監督が寝ていた布団の枕元から携帯電話が出てきた。

その年の合宿以来、僕の中ではAK監督は携帯電話をよくなくすお方である、という認識が出来上がっている。


2019.11.10

バットは振ってナンボのもの

関西地区での母校である広島商業高校の同窓会である二金会にお邪魔した。

知らなかったけど第1回二金会は昭和10年に大丸の食堂で行われたと、出席されていた最年長の92歳の大先輩が言われていた。

どうりで、今回の二金会が760回という途轍もない回数になるわけだ。

今回、メインでお話頂いたのが、今年の夏の甲子園の決勝戦で主審を務められた同窓生の宅間寛さん。

僕よりも5学年上で、ご自身も甲子園に捕手として出場した経験がある。

同じ高校に入学するとも思っていなかった僕が中学一年の夏、その年の県予選と甲子園で広島商業のキャッチャーが宅間さんだということを何故だか覚えていて、その時から僕の中ではキャッチャー=宅間という構図が成り立っている。

だから僕がテレビゲームで作る自分のチームのキャッチャーの名前は必ず宅間という名前をつけたくらい。。まあ、どうでもいいか。。。

なぜそんなに宅間さんの事を覚えているかと言うと正直自分でもよくわからないのだけど、恐らく当時僕が憧れていた、早稲田実業で荒木大輔さんと一緒に甲子園5期連続出場を果たした小沢章一さんが初めて甲子園に出た時のことを後から色んな雑誌等で振り返った時に、その時の広島代表だった広島商業のメンバーの名前を目にして覚えていたんだろうと思う。


さて、宅間さんは高校卒業後に立命館大学に進まれ間も無く正捕手の座を掴んだ。

その頃、僕は毎朝、中国新聞のスポーツ欄を絨毯の床に広げて、関西学生野球の試合結果に記載されるバッテリーの名前の箇所に宅間さんの名前があることをいつも確認していた。

ある時からバッテリーの捕手の名前に、宅間さんの名前の下に古田という名前を見かけるようになった。

スタメンが宅間さんで、試合の途中から古田というキャッチャーに交代したという意味だ。

しばらくは、宅間・古田という名前が併記された時期が続いたが、ある時から古田・宅間と順番が入れ替わったり、古田だけの名前が記載されたりするようになった。

その古田は、誰もが知る名捕手、元ヤクルトスワローズの古田敦也さんだ。

古田さんは宅間さんの2学年下。

その頃の話を宅間さんに直接聞いてみた。

古田さんは学生の頃はまだ身体も出来上がっておらず、特にバッティングではまだひ弱でパワー不足。外野に飛ばすのがやっとだったそう。

だから、攻撃力が重視されるスターティングメンバーには宅間さんがマスクを被り、守備のいい古田さんが試合後半に出場するパターンが多かったのだとか。

その時でも、宅間さんはライトを守って試合には出続けていたそうで。

ある時、宅間さんが怪我で試合に出れなくなった時を境に、古田さんの出番がすごく増えたらしい。

いまでも熱闘甲子園のメインキャスターを務める古田さんとばったり甲子園の球場内で会ったりするらしく、そんな時はいまでも親しく会話を交わされるとか。

いいですねえ。そういう先輩後輩の関係って。


ところで、野球の審判の世界はプロとアマで随分と考え方が異なるらしいが、アマチュア野球、とりわけ高校野球の世界ではプロ野球と比べると格段にストライクゾーンが広いと言われている。

宅間さん曰く、アマチュア野球の世界ではストライクはGood Ball、つまり打者から見ていい球=打てる球、という考え方。

逆にボールは、アンフェアボールと言って、打者が打つには酷であると判断されるボールを意味するとのこと。

言うまでもなくストライクゾーンの定義というのは野球という競技としては統一されているのだが、あくまでも考え方の話。

だから、高校野球では、際どい球の場合には迷ったら基本的にはストライクとコールするらしい。

つまり、バッターに対して「今の球は打てたでしょ。」というメッセージだそうだ。

もちろん、試合進行をスムースなものにする意味でも理にかなっているし。

ある甲子園の試合で宅間さんが球審を務めた時のこと。

打席には、優勝候補にも挙げられる強豪校のプロが注目する打者が。

ツーストライクを取られた後の外角高めのボールくさい投球を宅間さんはストライクコールし見逃し三振に。

「○○君、今の投球は際どいボール球と思って見逃したのかも知れないが、打てるボールだったはずだ。だからストライク。この球を打たずして勝ちはない。」

宅間さんのストライクコールには、こんなメッセージが込められていたと言う。

そして、その次の打席。

その打者は、前の打席で見逃し三振に倒れた外角高めのボール気味のストライクを逃さず見事に捕らえてバックスクリーンに運んだそうだ。

一打席一打席、いや、一球一球にテレビを見ているだけではわからない小さな、だけどとても大切なドラマが繰り広げられているんだと言うことを教えてくれた。

さて、今の話を人生に置き換えてみるとどうなるか。

色んなことに挑戦すること。それをやらないための言い訳ばかりを探して出来ていない、なんてことはないだろうか。。

見逃した球を「ストライク」とコールされ、「いやいや、それは無いでしょう。今のはボールでしょう。」なんて事を口にすることに慣れてしまっていないか。

夢に向かって歩みを止めない挑戦者にとっては、手にしたバットは振ってなんぼのものだ。

振らないと勝てない。

アウトになることを恐れていては何も生まれない。

だからまずは振ってみよう。

そんなことを教えられた一日でした。

宅間先輩、ありがとうございました。
2019.11.03

ドラマ情報、 解禁!

その日の夕方、僕はハロウィンの喧騒が街を席巻しはじめた渋谷の通りを、人波をかき分けるように目的地へと向かう。

打ち上げとまではいかないが、この日告知解禁されたドラマの完成のお祝いと出演させて頂いたお礼も兼ねて、ちょっとした集まりがあるとのことでAK監督の元に行くためだ。

到着してから既に来ていた馴染みの撮影担当のメンバー数名と談笑。

そのうちの編集を担当した人が「加藤さん、結構映ってましたよ。」と。

「え、まじっすか?」

するとAK監督が「さすがに登場シーンで字幕で名前出ないけどね。」

まあ、そりゃそうでしょ。

ドラマの登場シーンで名前が字幕で出るのってほぼ主役クラスの人でしょ。

僕はセリフもないのに、初登場シーンで字幕に名前出たら変でしょ。

最近、ドラマとか見てると、セリフもないのにやたらと登場してる人をみて「これ誰?」なんて独り言を言ったりしてるけど、このドラマではきっと僕をみて「これ、誰?」ってみんな独り言のように呟くんだろうな。

てなことを思ったりしてると、ドラマに出演した馴染みの俳優連中が続々と集まってきた。

気がつけば、ハロウィンだけあって誰かが持ってきた様々な衣装に着替えて、若手女優の人たちが仮装大会を始めている。

そんなこんなしてると、脚本家のNK先生までもがセーラー服に着替えてるし。

うん、、仮装だ。。

まあ、ハロウィンだけあって。

と、いうことで、ドラマ情報が解禁されました。

どうぞ宜しく。

よかったら僕をみつけて、「これ、誰?」と呟いてみてくださいませ。

11月10日(日)フジテレビ20時〜「陛下と雅子さま 知られざる笑顔の物語」(https://www.fujitv.co.jp/sokuinorei/index.html )
2019.10.27

新しい基軸

毎週のようにやって来る台風が、また大雨の被害を出した。

被害に遭われた方々が一日も早く通常の生活に戻れる日が来ることを願うばかりだが、「かつて経験したことがない」という言葉をここ数年で何度耳にしただろう。

そもそも異常気象という言葉が頻繁に使われるようになって久しいが、ここまで異常性が常態化した今、もはや異常気象という言葉も流石に使う人が減ってきたように思う。

電柱が重なって倒れている映像などを見ると、そろそろ電線も地中に埋蔵することを真剣に考えた方がいい。

未来の教科書には、僕たちが生きるこの時代を、「いよいよ地球温暖化による地球規模の変化が人間の日常生活に多大な影響を及ぼし始めた時期」として紹介するのかも知れない。

この先、僕たちは自然災害に対する対応策や考え方を根本的に変えていかなければならない時代を迎えることになりそうだ。

そもそも、異常気象による災害対策にとどまらず、物事の考え方というか、判断基準というか、従来の常識を進化させた新しい基軸を持たなければならない時期が来ているような気がしてならない。

それは、「民主主義」という政治のあり方もそうだし、僕が長年仕事で関わってきたコーポレイト・ファイナンスの世界、いわゆる資本主義経済における「株主利益の最大化の原則」という考え方さえも、本当にそれが世の中を正しい方向に導くものなのか、という漠然とした疑念を抱くことだってある。

地球上には、成熟した高度な経済システムが定着した先進国もあれば、まだまだ発展途上の国々も存在する。

世界中で議論されている環境問題などは、まさに経済成長を最優先する考え方にしがみついている限り、万人を幸せにしてくれるようには到底思えない。

そう感じているのは、僕だけではないはずだ。

僕がM&Aのアドバイザーとして第一線から退いたことにも、この手の違和感が何か影響しているのかも知れない。

世界は急には変わらないなら、変われる所から変わっていけばいい。

日本でも働き方改革について議論されて久しいが、働き方のシステムだけではなく、仕事に対する人々の考え方というか、、人生観そのものに新しい基軸が必要になっているように感じる。

先日、うちの会社を数年前に辞めた友人と会った。

聞けば、再び転職して新しい会社に勤めているという。

彼ももう40歳代半ばになったそうだ。

「色々ありまして。。」と照れくさそうに頭を掻く友人に「何も恥ずかしがることはない。」と僕は言った。

これは全くの私見だが、人はある程度の年齢に達したら、真剣に「自分がこの世で全うすべき使命が何であるか」ということを考えてもいいのではないかと思う。

分かりやすくいえば、その対局にあるのは「ただただストレスを溜めるだけの職場環境で、己の意思を無視して我慢し続ける」ということ。

ある意味、終身雇用制度の下では定年まで許されなかったことかも知れない。

ところが、会社に定年まで所属していれば何とかなった時代が終わった今、定年のはるか手前の段階でそういう選択が許される時代がきた、とプラスに考えるべきだろう。

「いやいや、いきなり40歳半ばになって自分の使命感とか、生き方とかを変えるなんて無理でしょう。」という人も多いかも知れないけど、僕はそうは思わない。

若い頃からそういう事に対する意識を磨いておけばいいということだ。

そう、僕らは人生100年時代の半分を迎える年齢になるけど、80歳とか90歳の人から見ればまだまだ十分に若いはずだ。

会社も暮らしも人生も、、、誰かが責任を持って守ってくれた時代は終わろうとしている。

それは、角度を変えれば、絶対的な一つの答えに縛られていろんな軋轢を生み出す窮屈さを感じながら生きる時代の終焉とも言える。

いつの日か人々にとって幸せを手にするための本当の意味で自由な選択が認められる世界が実現できればいいのに思う。

理想論かも知れないけど、、従来の考え方に縛られることのない新しい発想、ルール、捉え方、、、音楽やART(芸術)にはそういうヒントが沢山秘められている気がする。
2019.10.22

ジョアン・ジルベルトのように

ラジオ番組のマンスリーソング企画で、この夏に書き下ろした「夏色のウソ」という楽曲。

制作テーマが「アヴァンチュール」という大人の雰囲気漂うテーマであったため、僕にとっては初めてのコード進行で、さらに何を思ったかボサノヴァ風の曲に仕上げてしまった。

まさにボサノヴァ風にしたのが原因なのかもしれないけど、曲としては歌もギターも難易度が高い曲になってしまった。

そう易々と雰囲気を出してギターを奏でることも、歌うことも出来ない曲だ。

プロデューサーの安藤さんは、この曲を「ジョアン・ジルベルトみたいに歌うように。」と言っていたけど、どう転んでもジョアン・ジルベルトのように歌うことなど出来るわけがない。

ジョアン・ジルベルトが無理と分かるや否や、今度は「じゃあ、アストラッド・ジルベルトのように歌ってみて。」と言ってきた。

アストラッド・ジルベルトは、ジョアン・ジルベルトの奥さんだ。

女性のボサノヴァ歌手のように歌うのはジョアン以上に至難の業だ。

もう気持ちから何からボサノヴァの雰囲気に浸るしかないと、You Tubeでボサノヴァの曲を洗いざらい聴いてみる。

それでも、中々雰囲気を掴むことができない。

こうなったらトコトンやってやろうと、いつも使っているアコースティックギターを置いて、まさにボサノヴァにぴったりのガット弦ギターでチャレンジ。

思い切ってクラシックギターを購入。

以前からいつか欲しいと思ってたし、遅かれ早かれと思うし。。。

僕はフラメンコタイプではなくて、主に指弾きに適したタイプのギターの中から、ホアン・ヘルナンデスというスペインのギターをチョイス。

弾いてみると、やっぱりガット弦のギターは全然違う音色だ。とてもいい。「夏色のウソ」にもピッタリだ。

クラシックギターを手に取ってみて、思い出したことがある。

僕がビートルズに憧れて、野球部の活動が終息を迎えた中学3年生の秋頃に「ギターを始めたい」と言い出したことがある。

その時は、学校の先生からも「もうすぐ受験なんだから」と言われてあまり賛成してくれなかった。

でも、近所の方が僕がギターをやりたいと言っていることを聞きつけてか、「とても古いけど使っていないギターがあるから」と中古のギターを僕にくれた。

ギターなんて触ったことなかったし、それがどういう種類のギターなのかさえ分からなかったけど、今思い返せば、あのギターは紛れもないガット弦のクラシックギターだった。

クラシックギターは、アコースティックギターのようにピックを使ってジャカジャカとストロークするようなギターでもないので、そのギターで指弾きで遊んでいたのを覚えている。

かなり使い込んでいたし、ネックも反って弦高がとても高くなってしまっていて、また弦が切れても自分で交換するノウハウもなかったので、せっかく頂いたのに使わなくなって、、、あのギターは結局どこに行ったんだろう。。。と。

その2年半後の高校3年生の春に、僕は野球をやめてから始めた新聞配達のアルバイトで貯めたお金で、憧れのアコースティックギターを買った。

結局、そのアコギも1年後には押入れの中に仕舞い込まれたまま、何十年も日の目を見ることなく眠り続けることになるのだが。。

そんなガット弦ギターに纏わる遠い記憶に浸りながら、この日僕は「夏色のウソ」のレコーディングへ。

果たして、うまく行くのでしょうか。。。

ジョアン・アルベルト。。。。今年の夏、ボサノヴァの神と呼ばれたジョアンは天国へと旅立った。

ボサノヴァなんて縁がなくて僕は知らなかったけど、そんな巨匠が亡くなった夏に何故か作ってしまったボサノヴァ風の曲。

思い出に残る曲にしたい。
2019.10.16

ドラマ撮影

この度の台風19号の被害に遭われた方々に謹んでお見舞い申し上げます。

さて、ミナホ2019の2日目イベントが中止になったため、大阪滞在の予定だった三連休が東京滞在へと変更になった。

そこで、「東京にいるんなら出てよ。」と一度お断りしたドラマの撮影にAK監督から改めてお声がけ頂き、急遽朝早くから都内某所の撮影現場へと向かう。

何もかもがバタバタで進んでる感じの撮影現場に、セリフがない役だからとお気軽に構えたまま到着する僕。

まさにこの日クランクインを迎えて緊張感高まる現場との間に、いきなり温度差を感じる。

カメラは沢山あるし、衣装さんとかスタッフさんも沢山いる。撮影のセットの場所も結構広いし。。

奥の方では見たことある俳優さんがメイクしてる。

ドラマの撮影現場には何度かお邪魔した事あるけど、こんな感じの屋内のセットの中での撮影は初めて。さすがは某局のドラマ撮影現場。

なんか、、急に緊張してきたぞ。。。

そもそも「ドラマに出てよ。」と言われても、僕は一度も台本見てないし、自分の役こそ聞いてたけど具体的にどういうシーンを撮るのか、とか全然わかっていない。

周りの人は台本片手にブツブツ言いながら準備してるのに、、セリフの無い僕はやる事ないから「◯◯さん(←主演女優さん)からの差入れ」と手書きで書かれた張り紙のすぐ下に置かれた箱からどら焼きを一つ手に取り、朝ご飯代わりに頂く。

美味しいけど、、なんか場違いな所に来ちゃった感じだなあ。

そうこうしてると顔見知りの俳優さん達が何人か現れて声をかけてくれる。

そして、しばし談笑。

すると突然撮影のセットの方から僕を呼ぶ声が。

え?もう撮影開始?

なんの準備もしていない僕は慌ててセットの中へ。衣装とか、このままでいいのかな?

言われた場所に座っていると、満を持して有名な女優さんがお辞儀をしながら入ってきた。

近くで見るとやっぱり綺麗だなあ。。

「それでは、シーン◯の撮影始めま〜す。」と助監督の声。

一人一人順番に「◯◯役の◯◯さんで〜す!」と紹介されていく。

そして誰かが紹介される度に、そこにいる全員からパチパチと拍手が起きる。

そして、最後に僕の番。

「◯◯役の加藤ヒロさんで〜す。」

「あ、ども。加藤ヒロです。宜しくお願いします。」

「パチパチパチ。」

凄え、、みんなの前で紹介されちゃったよ。

で、そこからお昼頃まで何シーンも撮影。

シーン替えの度に僕も持参したシャツに衣装を取り替える。

なんだか、、これ、、結構映っちゃうんじゃないの?僕。。。

で、最後に完全に映っちゃうシーンの撮影が。。。

僕の隣に主演格の男優さんが座って、その横に主演の女優さんが立つ。

やばいね。。。これ、絶対映ってるね。。僕。。

オンエア日は、もうすぐみたい。情報解禁も間もなく。。

お楽しみに、、と言いたいけど、、大丈夫だったかな、、僕。

観るの、怖くなってきた。。
2019.10.12

ミナホ、僕の出番は中止です。

本番に向けて2回目のリハーサル。

僕は、リハーサルを終えた後、夕方から暴風雨が強まる前に大阪に向けて移動する予定だった。

そして、土曜日は大阪でゆっくりして日曜日の本番に備えるつもりだった。

キーボードのたまちゃんも、金曜日のうちに大阪に移動して親戚の家に滞在する予定だったらしい。

さて、リハーサルでは、本番さながらの進行確認をしたうえで全5曲を演奏し終える。

「よし、いい感じ。」プロデューサーからもOKが出る。これで、準備は万端だ。

終了時間になって「お疲れ様でした。」と片付けを始めたところでマネジャーのMさんがスタジオの扉を開けて飛び込んできた。

「すいません。たった今、13日のイベントが中止という連絡がありました!」

「えっ、、中止???」

メンバー一同、呆然と立ち尽くす。

台風19号は静岡から関東に上陸し、13日の日曜日には東北沖に抜けるという予報だ。

だから、誰しもが大阪でのイベントは12日(土)こそ残念ながら中止になったものの、翌13日(日)の開催はほぼ問題無いであろう、と考えていた。

ところが、史上最強と言われる超大型の台風だけあって、台風通過後の爪痕がどの程度残るのかは誰にも想像ができない。

台風は過ぎ去っても、交通機関が果たして正常に動くかどうかもわからない。

ましてや、大阪でのイベントとはいえ、大多数のアーティストは東京方面からの移動になると思われる。

そう考えると、確かに日曜日の開催にはそれなりの不確実性が残る。

実際に、僕とたまちゃん以外は本番当日の日曜日の午後大阪に新幹線移動する予定だったから、万が一新幹線が止まってみんなが来れない場合は、「セットリストを変更してたまちゃんと二人でやるしかないね」なんて冗談半分で言っていた。

プロデューサーの安藤さん達は、大慌てで当日来てくれる予定だった方々に中止の旨の連絡を入れている。

本当ならリハ終了してみんなの機材を僕の車に積んで移動という心算だったから、その必要性が無くなった僕らは、しばしスタジオのロビーで放心状態。

まるで午後からの授業が休講になってしまい、「みんなこれからどうする?」っていう状況になった時の学生時代を思い出す。

まあ、こればっかりはしょうがない。

何よりも安全第一だし、とにかく台風で大きな被害が出ないことを祈るしかない。

9月に行った秋保神社で引いたおみくじに「目先のチャンスに囚われずにじっくりと、、」といった事が書いてあったけど、この事なのかな。

まあ、またチャンスはあるでしょう。

とにかく、しっかりと台風対策して、週末を乗り切りましょう。

皆さんもどうかお気をつけて。
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