加藤ヒロ 公式サイト

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2020.10.22
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夏が終わり、秋が来ても。。。

ちょうど2年前の10月のこと。

当時、僕がパーソナリティーを務めていた東京FMのラジオ番組に、シンガーソングライターの秦基博さんがゲストとして出演くれた。

ちょうど「花」というタイトルのアナログ盤シングルのリリースが決まったということもあり、そのプロモーションを兼ねての出演だった。

元々、秦さんは僕がギターを始めるきっかけとなった方でもあり、僕が自分で曲を書くようになったのも秦さんの影響だった。

まさかそんな憧れの人と本当にお会いすることが出来るのかと、その話が決まってからずっと胸の高まりを抑える日々を過ごしていた。

当日の秦さんは、朝から晩までラジオを中心に生でのメディア出演が目白押しで、移動中の渋滞も重なり、僕の番組収録には予定よりも少し遅れての到着となった。

「初めまして。秦基博です。」

やばい。本物だ。聞きたいことは山ほどあったけど、いざご本人を前にすると中々上手く聞くことが出来ない。

それでも、台本に沿って色んなお話をさせて頂いた。

僕が個人的に一番聞きたかったことは、インディーズ時代に秦さんが壁にぶち当たっていた時期に、それをどう乗り越えたのか、ということ。

秦さんは「自分ではいいと思って書いた曲をライブハウスで歌っても、思ったような反応が全然なくて。。それがずっと続くと、もう先が見えないような状況にもなったことがあった。」と話していた。

そんな時、「とにかく曲を書いたんです。書いて書いて、それでダメならまた書いて。そんな日々を繰り返していたら、ある日、事務所(オーガスタ)の方に声をかけられていました。」と。。。

なるほど。。。そうか!

曲を書いて書いて書きまくるんだな。。

その日以来、僕も曲を精力的に書くことにした。

と、言っても秦さんのようなペースで曲を書ける訳もなく、当時はまだ2ヶ月に1曲少しだけまともな曲が書ける程度の話。

そんな僕が、今年は新型コロナの自粛生活もあってか、ソコソコのペースで曲を書いてきた。

もちろん、そこそこ自分でもいいと思える曲もあれば、どうひっくり返しても駄作にしかならないシロモノもある。

どちらかと言えば、このシロモノの駄作の方が数的には圧倒的に多い。

そんな日々を送る中で、この夏に「渋谷行進曲」という映画の主題歌を書くというチャンスを頂いた。

期限は2週間。

映画の主題歌なので、全く自分の趣味嗜好で書く訳にはいかない。

ちゃんとテーマがあるのだ。

以前にウェブCMのテーマソングを書かせて頂いたことはあるが、それよりも難易度は数段上だ。

何と言っても、映画館のスクリーンにエンドロールと一緒に流れる曲なのだ。

その2週間、僕は苦悶の日々を送った。

書いてはダメ。書いてはダメの繰り返し。

与えられたテーマを複雑に解釈することしか出来ず、頭は混乱し、出口の見えない袋小路のような日々。

やっとの思いでプロデューサーに聴いてもらえる候補曲を2曲書いたが、自分でもダメだろうと分かるレベルの曲にしかならない。

当然、ダメ出し。

だめだ、、もう時間がない。。

これまでか、と諦めかけたその日の午後、僕はふと映画「蒲田行進曲」(1982年/監督・深作欣二)をプライムビデオで観ることを思いつく。

松坂慶子さんが着ていた赤いドレスの色が鮮烈に目に焼き付いた。

その夕方、普段は歩かない道を1時間半も散歩した。

途中、道路脇の花壇に咲く花々の姿が印象に残った。

翌日の朝、普段はやらないのに、起きたままの姿でPCの画面を開くと半分無意識のうちに徐に歌詞を落ち込んだ。

一人の女性の愛を、赤い薔薇と白いユリに例えるような詩だった。

その日、朝から車でいつものように篭り場へと向かう。

ところが、どうしても気が乗らず篭り場に行こうとしない自分がいた。

そして、朝からずっと神宮前から渋谷辺りを車でウロウロしていた。

その日も朝から灼熱の太陽が降り注ぐ、とても夏らしいよく晴れた空だった。

運転している間、最近は車で聴く機会が随分と減った秦さんの曲を流していた。

信号待ちをしていた時、とある一曲のメロディーに耳が留まる。

やけにその曲のコード進行感に共感を覚えた。

ヒントを得た僕は、急いで篭り場へと向かう。

秦さんの曲が耳に残る中、ギターを手に取り自分なりのコード進行を書き変えていく。

そのコード進行を、その日の朝に書いたばかりの詩に当てはめてみる。

すると、、出来た。。

こうして生まれた「赤い薔薇」という楽曲。

こうも簡単に曲というのは出来上がってしまうものなのか、と自分でも信じられなかった。

プロデューサーに送ると、すぐに返事が来た。

いい曲だ、と。

こうして、この曲が正式に映画の主題歌として採用されることが決まった。



あれから。。。夏が終わり、秋がやってきた。

あれ以来、曲を書く気にならない。

どうやら、今年の楽曲制作のエネルギーをあの曲に全部使い果してしまったようだ。

それでも、何とか気を持ち直して曲を書いてみる。

今日、久しぶりに書いた曲。

うーん。。

これは、、、どう見てもシロモノの”駄作”ですわ!
2020.10.11

癒しの旅2020 〜その2〜

龍神温泉の上御殿に到着したのは、日が暮れる前の17時を少し過ぎた頃。

この宿は、明暦3年(1657年)に当時の紀州藩主であった徳川頼宣公が湯治に訪れるために建てた御宿だそうだ。

現在も当時のまま残るという本館の二階の「御成りの間」は、徳川公が実際に泊まられた部屋。

驚くことに、その「御成りの間」に一般の客も宿泊できるという。

貴重な機会なので、今回はその「御成りの間」に宿泊してみることにした。

実は、予約した時にHP上で見たその部屋の写真から、僕は何やら言い知れぬ不安に襲われていた。

もう何百年も時が止まったかのような床の間の掛け軸に襖絵といった和室の風景。

これだけの歴史がある部屋だ。

間違いなく俳優の原田龍二さんがこの部屋に泊まったら、部屋の至る所に風船を敷き詰めて「座敷わらしさん、一緒に遊びましょう。」と言っているだろう。

写真からは、そんな雰囲気がバンバン伝わってきていた。

ところが、実際に「御成りの間」に入っていると不安は一掃される。

もう何百年も前に作られた部屋とは思えない程とても綺麗に保存されており、二間に別れた畳敷の和室、昔懐かしい障子の引き戸、年季の入った低い天井に部屋の隅に置かれた三面鏡。

実に落ち着いた空間だ。

僕は人間に人見知りするタイプだけど、こういう宿とかにも人見知りするので、初めて泊まる宿やホテルには簡単に心を開かない。

でも、この部屋は特別だ。

何故だか、心が和む。

龍神温泉は、群馬の川中温泉、島根の湯の中温泉と合わせ日本三美人の湯としても知られる名湯だ。

早速、内湯と露天風呂を堪能する。

温泉のことは詳しくわからないけど、滑らかさを感じて、湯上り後もずっと体はポカポカだ。胆汁の分泌を促す効果もあるらしい。

すごいな。そんな温泉初めてだ。

山の幸が満載の夕食を終え、長時間ドライブの疲れもあり、この日は早めに床に就いた。

翌朝、鳥のさえずりと共に目を覚ます。

まだ、6時を過ぎたくらいか。。

寝ぼけたまま風呂へと向かい、日高川を見下ろす露天風呂に身体を沈める。

すると、露天風呂の遥か頭上を川の対岸へと伸びる電線に、一羽の大きな鳥がやってきた。

クチバシがやや黄色っぽいが、おそらく鳶だろう。

その鳶は、時折羽繕いをしながらキョロキョロと下界を見渡している。

僕は鳶に手を振ってみる。。が、こちらを気にする様子は全くない。

恐らくは見て見ぬ振りをしているのであろう。

「また今日もあの湯だまりに人間が入っている。鳥も水浴びは好きだが、あんなに熱い湯に浸かって人間は大丈夫なのだろうか。」

いや、違うな。あの鳶はそんな事を考えている様子ではないな。

「さて、お腹が空いてきたぞ。今日のご馳走は、野ネズミにしよう。さて、美味しそうな野ネズミはどこにいるかな。」

キョロキョロしている所をみると、概ねそんなところか。

「どうも去年の春先から人間界の様子がおかしい。前までは沢山の人が観光バスでやってきては、道の駅で立ち食いするところを横取りできたのに。。最近はぱたっりと人が来ない。これでは、自力で野ネズミでも捕獲するしかないじゃないか。全く、困ったものだ。」

鳶も人間界の異変に気付いているのだろうか。

鳶が飛び立つまで露天風呂に浸かっていようと思っていたけど、一向に飛び立つ気配はない。

のぼせてきたし、朝食の時間もあるから僕は行くよ、と再び鳶に手を振って露天風呂を後にした。

風呂上がりに朝食までまだ少し時間があったので散歩に出かけてみた。

すると、すぐ近くに日高川にかかる吊り橋を見つけた。

僕は高所恐怖症だからこういう吊り橋は渡らない主義だ。

ましてや、この吊り橋の床板は一部が欠け落ちて下が丸見えの箇所がいくつもある。

ところが、何故か僕はこの橋を渡りたくなった。

勇気を振り絞って足を踏み出す。引き返すことはしない。揺れる吊り橋を僕は一気に渡りきった。


チェックアウト後、上御殿の温泉と食事ですっかり元気になった僕は、車を熊野本宮大社へと走らせた。

本宮には1時間半ほどで到着。

厳かな雰囲気漂う本宮の158段の階段を登りお参りをすませる。

この日も汗ばむくらいの秋晴れの空。

見上げれば一羽の鳶が上空を旋回している。

彼もまた、人間界の異変を察知し、野ネズミを探しているのだろうか。

遠ざかる鳶のピーヒョロロー鳴き声と共に、秋の癒しの旅は終わりを迎えた。

また、明日から頑張ろう。








2020.10.06

癒しの旅2020〜その1〜

波打つような黄土色の岩盤が織りなす縞模様の岩畳。

その向こうに青い海が広がり、海の上には刷毛でも使って描いた油絵のような雲が浮かぶ。

その日、僕は和歌山の南紀白浜の海を眺めていた。

考えてみれば、今年の夏の後半は、8月の映画の主題歌の制作と映画撮影、そして9月に入ってからも生配信ライブの準備にレコーディング、その合間にラジオの収録と、そこそこ忙しい日々の連続だった。

新型コロナのせいもあり、夏休みらしい休みは取れていない。

9月の初めに一日だけ休みを取り、去年と同じメンバーが集合して船を出したものの、大型の台風が去った後の相模湾には「一切の餌に食いつくべからず」という通達が全魚介類に出されたかのように魚信は乏しく、あまりの酷暑に予定よりも早く沖あがりしたこともあって、全く休みを満喫した気分になれないまま秋を迎えようとしていた。

大阪での生配信ライブが終わった後、翌週の名古屋での”ZIP SNS SQUARE Online 2020”までの1週間のうち2日間を休みにあて、生まれてまだ行ったことのない南紀白浜に向かい、その後は熊野本宮大社を経由して、温泉でも浸かりながらのんびりと車で名古屋に向かう計画を立てた。

南紀白浜の海と白い砂浜、そして夏の終わりを感じさせる海からの風。

その潮風を胸一杯に吸い込めば、張り詰めていた心が少しずつ和らいでいく。

こんな素晴らしいリゾート地があることを知らずに大阪で暮らしていた僕は「なんて勿体無いことをしていたのか」と今になって思う。

しかし、若い頃にこの景色を見ても単なる景勝地の海の風景としか記憶には残らなかっただろう。

若い頃は、それだけ立ち止まることもなく突っ走っていられたということ。

この歳になれば、立ち止まった時に自分に与えてあげられる”癒し”は、再び走り出すために必要なエネルギーとなる。

気分を良くしたまま、海の近くのレストランで早めのランチを頂く。

頼んだのはシーフードカレー。

スパイシーだけど、とても濃厚なカレーだ。

間違いなく、今まで僕が食べたカレーの中で3本の指に入る。

ランチの後は、お目当てのパンダに会いにアドベンチャーワールドへ。

パンダ?と思うかも知れないが、僕は生まれて此の方、まだ生パンダを見たことがない。

一度見てみたいと入場口から足早にパンダがいるエリアへと向かう。

人がいっぱいいるかと思いきや大した人だかりもない中、昼寝をする子パンダに、竹を齧る親パンダの姿が。

ラッキー❤️ 写真もビデオも取り放題❣️

この姿を、1分見るために何時間も並んでいた時代があったかと思うと、なんか申し訳ない気分だな。

そして、イルカショーもサファリパークも堪能してアドベンチャーワールドを後にする。

車は熊野古道の一つ、中辺路を山奥へと進む。

夕暮れが迫る中、この日の宿である龍神温泉の上御殿へと車を走らせた。

(続く)







2020.09.28

カッコいい生き方

人の影響を受けやすく、最初から自分という確固たるものを持っている訳ではない。

どちらかと言えば、先頭を歩くよりも誰かの後をついていくタイプだと思う。

それは決して悪いことを象徴している訳ではない。

いいように解釈すれば、決め打ちした結論に向かって突き進むよりも、色んな人の意見を取り入れ、顔色を伺い、そして様々な試行錯誤を繰り返すという寄り道をしながら、最終的には誰も動かすことのできない自分なりの正解にたどり着くという生き方をしている、とも表現できる。

そんな性格だからか、昔から歌を歌う時にハモることが極めて苦手だ。

もちろん、最終的に行き着くハモリの音程は、一度モノにしてしまえば滅多に狂うことはない。

ところが、カラオケボックスで誰かが歌っている隣でいきなりサビでハモリだす、なんていう曲芸など、僕には絶対にできない。

人の影響を受けやすい性格のためか、ハモろうとしても主旋律にすぐに引っ張られる。

これはマズいと主旋律と一定の距離を置いて音程を辿ろうとしても、美しく3度上の音程を奏でることができない。

時々、いきなりマイクを手にするなり事ある毎に人の曲を綺麗にハモる人を見かけるが、僕から見ればその人は天才だ。

そんな僕でも、いざ自分の曲のレコーディングともなれば、最後の最後に「じゃあ、あとはコーラスですね。」というサウンド・ディレクターのKOSENさんの一言を合図に、苦手なハモリの作業に取り掛からなければならない。

避けては通れないのだ。

映画「渋谷行進曲」の主題歌として書き下ろした「赤い薔薇」のレコーディング。

ボーカル・ブースに入りヘッドフォンをつけ、まずはオケに合わせてハモリのガイドを聴いてみる。

・・・何これ?めっちゃ難しいじゃん。。。

「じゃあ、加藤さん、行ってみましょうか。」

いやいや、ちょっと待って。まだ、、無理だし。。。

♪ ラララ〜※×※× ♪

「あれ?違うな。。。」

♪ ラララ〜□※×◆ ♪

「うーん、まだちょっと違うな。。」

♪ ラララ〜※□●※× ♪

「あれ?完全におかしくなって来た。。」

KOSENさんによれば、上がるように聞こえるけど、そこは上がらないで半音低いピッチが正解とのこと。

埒が明かないと思ったのか、ボーカル・ブースに鍵盤ハモニカが登場〜!!

鍵盤はいいね。

ビオジュアルで音の上げ下げが分かるし。

しかし、ボーカル・ブースでマイクの前に立って鍵盤ハモニカ片手に歌入れしているシンガーなんて滅多にいないんじゃない?

まあ、でも色んな試行錯誤を繰り返して自分なりの正解にたどり着く生き方をする僕なんだから、仕方ないよな。。

そう、それはそれでカッコいい生き方。。

で、、ハモニカを持って笑顔でポーズ。

って、、、どぶろっくの歌声が聞こえて来そう。。

♪ それって単純に音感がないだけなんじゃないの〜???♪

もちろん、ハモりでね。。

2020.09.21

真相は判明せず

名古屋市郊外にある卓球場。

もう70年以上もの歴史のある卓球場だ。

きっと昭和の時代には町中にこういう卓球場があったに違いない。

その卓球場は老夫婦が営んでいる。

いや、老夫婦というのは僕の見解で、安藤さんの見立てでは親娘だそうだ。

この日もZIP-FM本社スタジオでの収録を終え、安藤さんと一緒に卓球場に向かう。

もう何度も来ているので、僕たちの顔は覚えられている。

そして、ラジオ番組をやっていることも、おばちゃんは覚えてくれている。

「この前ラジオを聴いたけど、なんか全然雰囲気が違うのよねえ。」と、おばさんは毎回のように僕たちに言ってくる。

どうしても、ラジオの中でトークをしている僕と、卓球場であまり喋らない僕が同一人物だと思えないようだ。

いつもなら1時間以上もぶっ通しで卓球に没頭しても休憩を取らない僕らだけど、この日は久しぶりの卓球だからか、まだ15分も経っていないのにもう汗だくで直ぐに休みたくなる。

最近、運動不足だし、何よりも屋内は蒸し暑いし。。。

僕らの卓球は、二人とも学生時代に本格的な卓球の経験がある訳じゃないから、フォームは我流だし、僕に至っては少々難しい球でもスマッシュを狙っているだけのど素人卓球だ。

これを経験者から見れば、卓球と言うよりもただのチャンバラ遊びにしか見えないだろう。

それでも自己満足して2時間みっちりと汗をかき、ああ今日も楽しかった、と帰り支度を始める。

と、そこへおばちゃんが僕に向かって話しかけてくる。

「ところで、お兄ちゃんは歳いくつ?」

「51歳です。」

「まあ、息子みたいなもんだね。あたしゃ73歳だよ。」

73歳、、やっぱり夫婦だったか!  と直感しながらも、もっと若く見えるからそれはそれで意外だ。

下手したら安藤さんと同じ年と言われても通じるくらい若く見える。。

安藤さんが娘説を唱えるのも、それはそれでうなずけるのだ。

「ちょっと相手してやろうかね。」

「えっ?なんで。僕??? 安藤さんじゃなくて?」と心の中で呟く。。

おそらく、僕らのチャンバラ卓球を見ていて、これ以上黙っていられなくなったのだろう。

もう半分ヘロヘロになった身体に鞭打って、おばちゃんと勝負。

さすがは、幼少期から卓球一筋のおばちゃん。

現役時代は地元の大学でインカレにも出場したと言う。

とても73歳とは思えないの伸びてくる球筋と俊敏な足取りで、右へ左へと僕を翻弄する。

こりゃ、もう、51歳のおじさんが73歳のおばあちゃんの掌のうえで転がされているようなもんですよ。

それをスマホのカメラに収めようとする安藤さん。

「何々??そんな写真SNSに上げないでよ!」と心の中で思いながら必死にボールに食らいつく。

最後は、「スマッシュ決めさせてあげるよ」とばかりにチャンスボールをくれるが、僕はそれさえも決めることが出来ない。

「力が入りすぎだよ。どんなスポーツでも力んではダメ。軽い動きで打ったら直ぐに元の姿勢に戻らないとダメ。自分で打った球、見惚れててもダメなんだよ。」と、ありがたいアドバイス。

はい、、返す言葉もございません。。。

帰りの車中での会話。

「いやあ、まさか73歳とは思わなかった。」と安藤さん。

それは、おばさんの動き?それとも見た目?

「僕もです。安藤さんから『同い年かと思いました。』と次に来た時に伝えてみたらどうですか?ついでに『娘さんかと思ってました。』と。」

「いやだよ。」

「おばちゃん、喜びますよ〜、きっと。」

いや、73歳の娘説、、、まだ可能性あるな。

あのおじいさんが100歳くらいなら。。。うん、あり得るな。

娘かと思いましたって、「失礼ね。あたしゃ娘だよ!」って、また稽古つけられたりして。
2020.09.12

長靴は雨の日に履け

ラジオ番組の収録が、約2ヶ月ぶりにリモートから名古屋のスタジオ収録へと変更になった。

久しぶりに車を西へと走らせる。

九州の西側を通過するルートを北上する台風10号の影響もあり、あいにくの空模様。

殺風景などんより曇の空と、土砂降りの雨と戦うワイパーの姿をフロントガラス越しに繰り返し眺めながらのドライブだ。

順調なら、東京を出て一気に新東名の浜松SAまで走らせ、それまでは休憩を取らない。

ところが、この日は東名の交通量が多く、通常よりも少しばかり時間を要してしまったので、いつもとは違う清水PAに寄ってトイレ休憩。

と、思ったものの、清水PAが近づいても土砂降りの雨が止まない。。。

濡れるのが嫌だから、次の静岡SAまで我慢、我慢、、と車を走らせる。

ところが、一旦止んだ雨はまた静岡SAが近づくと再び振り始める。

こりゃ静岡SAもダメだな、と次のPAでのチャンスを伺うも、雨は一向に弱まる気配を見せない。

そんな感じで藤枝PA、掛川PAを通り過ぎる。

そして、遠州森町PAを過ぎた頃、ようやく雨が上がり空も少し明るくなってきた。

「よし、この調子で、やっと浜松SAでトイレ休憩だ!」

そう思い天竜川を渡っていると、ちょうど浜松SAあたりの上を真っ黒な雲が覆っているのが見える。。。

と思った瞬間、この日最大の猛烈な雨が一気にフロントガラスを叩きつけ始めた。

前が見えない。

ワイパーも効かない。

「どうする?」

いや、どう考えても次の長篠設楽原PAまでトイレを我慢することは不可能だ。

躊躇なく浜松SAへと車を入れ駐車。

しかし、猛烈に車を叩きつける雨は、僕が車の外に出ることを躊躇させる。

車のナビ上でも、この辺一帯黄色い災害情報エリアとして警告が出ている。

間違いなく外に出ると傘なんて役に立たないから、服も靴もびしょ濡れになるのは目に見えている。

だからと言って、このまま車の中で待機していても、そう遠くない時間に車のシートがびしょ濡れになるのも目に見えている。

意を決して運転席のドアを開け、後ろの座席から傘を取り出す。

その時点で既にTシャツはびしょ濡れだ。

トイレまでわずか200mの距離も、濁流が流れる川のような歩道を歩き、靴は10歩も歩けばもうびしょ濡れだ。

トイレ休憩を済ませ、全身ずぶ濡れになって、車へと戻る。

慌てて服を脱ぎ捨て、後部座席で着替える。

でも、残念ながら靴は一足しかない。

「こりゃ裸足で運転だな。」

と、思って後部座席から後ろのトランクを見ると、、、転がっている長靴があるではないか。

「あ、長靴あるじゃん!」

なんで気づかないかな〜。。

そういえば、この長靴、去年の年末からずっとトランクに積んだままだし。。。

まあ、でも仕方ない。

元はと言えばこの長靴、履くつもりで買った訳じゃないから、きっと履くという意識が及ばなかったんだろう。

なんで買ったかって??

年末の舞台で釣り人の役を演じた時の衣装。。

そして、名古屋に到着。

栄の街には、カンカン照りの夏の日差しが降り注ぐ。。。

湿った靴が中途半端に乾いていくのがわかる。

ゲリラ雷雨、、もう勘弁して。
2020.09.02

今年、初めての。。。

「今年初めてなんだけど。」

僕が言うと、皆んな意外そうに「えー?そうなんですか?」と言う反応。

そりゃそうか。

昔は接待ゴルフで年間30ラウンドくらいやっていた頃の僕を知るメンバーなら仕方ない。

それにしても、若手を中心にコロナ禍でもちょくちょくゴルフには行っているらしい。

まあ、他に遊びにいく所もないし、なにせテレワークが定着するとどうしても運動不足になりがちだからね。


この日は、提携している韓国の法律事務所からトレーニーでうちの会社に来ていたC君の送別ゴルフコンペ。

コンペといっても、沢山の人数が群がるのは宜しくないので、たった2組だけ。

C君の場合、トレーニーといってもスタート時期がコロナの影響で緊急事態宣言明けの7月からと大幅に後ろ倒しになったので、正味2ヶ月しかなかった。

しかも、その間原則としてテレワーク推奨のため、会社で皆んなと色んな仕事をする機会はほとんど無かったようで申し訳ない。

僕自身も、C君とは7月の頭に簡単な歓迎会を開いた時に初めて会話して、そしてこの日の送別ゴルフで二度目の会話をしているくらいだから、C君にとっても僕との関わり合いは極めて限定的だったと思う。

ましてや、歓迎会の時に会社のメンバーが僕のミュージックビデオをC君に見せたもんだから、C君も僕のことを「一体何者だろう」と思ったまま帰国の途につくに違いない。


そんなC君とは同じ組でラウンド。

ゴルフが大好きなC君はさすがに打球が違う。

言うまでもなく8ヶ月ぶりの今年初ゴルフの僕とは比べものにならない。

それでもC君、「社長!ナイスショットです!」「社長!今のはちょっと力が入りましたね〜。」と気さくに声をかけてくれる。

本当にナイスガイだ。

今時、僕のことを社長と呼んでくれる人はC君くらいですよ。


それにしても、炎天下でのゴルフはきつい。

この日も最高気温は35度近くまで上がる予想。

暑さに慣れていない僕は、前半5番ホールあたりでいきなり何の変哲も無いフェアウェイからのショットを二度も連続して空振り。

「あれ?おかしいぞ!」

果たして熱中症のせいか、、単に下手なだけなのか。。。。


ラウンドが終わって表彰式。

グロスはC君と同スコアでトップだったけど、ネットではHCの差で惜しくも2位。

「ヒロさん、すごいですね。今年初めてでこのスコア!」

皆んなが口を揃えて言う。

「当たり前だろ!俺を誰だと思ってるんだ!」

「・・・」

「社長だぞ。」

「・・・」

えっ⁈ という顔をするな!
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