加藤ヒロ 公式サイト

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2020.09.21
NEW!

真相は判明せず

名古屋市郊外にある卓球場。

もう70年以上もの歴史のある卓球場だ。

きっと昭和の時代には町中にこういう卓球場があったに違いない。

その卓球場は老夫婦が営んでいる。

いや、老夫婦というのは僕の見解で、安藤さんの見立てでは親娘だそうだ。

この日もZIP-FM本社スタジオでの収録を終え、安藤さんと一緒に卓球場に向かう。

もう何度も来ているので、僕たちの顔は覚えられている。

そして、ラジオ番組をやっていることも、おばちゃんは覚えてくれている。

「この前ラジオを聴いたけど、なんか全然雰囲気が違うのよねえ。」と、おばさんは毎回のように僕たちに言ってくる。

どうしても、ラジオの中でトークをしている僕と、卓球場であまり喋らない僕が同一人物だと思えないようだ。

いつもなら1時間以上もぶっ通しで卓球に没頭しても休憩を取らない僕らだけど、この日は久しぶりの卓球だからか、まだ15分も経っていないのにもう汗だくで直ぐに休みたくなる。

最近、運動不足だし、何よりも屋内は蒸し暑いし。。。

僕らの卓球は、二人とも学生時代に本格的な卓球の経験がある訳じゃないから、フォームは我流だし、僕に至っては少々難しい球でもスマッシュを狙っているだけのど素人卓球だ。

これを経験者から見れば、卓球と言うよりもただのチャンバラ遊びにしか見えないだろう。

それでも自己満足して2時間みっちりと汗をかき、ああ今日も楽しかった、と帰り支度を始める。

と、そこへおばちゃんが僕に向かって話しかけてくる。

「ところで、お兄ちゃんは歳いくつ?」

「51歳です。」

「まあ、息子みたいなもんだね。あたしゃ73歳だよ。」

73歳、、やっぱり夫婦だったか!  と直感しながらも、もっと若く見えるからそれはそれで意外だ。

下手したら安藤さんと同じ年と言われても通じるくらい若く見える。。

安藤さんが娘説を唱えるのも、それはそれでうなずけるのだ。

「ちょっと相手してやろうかね。」

「えっ?なんで。僕??? 安藤さんじゃなくて?」と心の中で呟く。。

おそらく、僕らのチャンバラ卓球を見ていて、これ以上黙っていられなくなったのだろう。

もう半分ヘロヘロになった身体に鞭打って、おばちゃんと勝負。

さすがは、幼少期から卓球一筋のおばちゃん。

現役時代は地元の大学でインカレにも出場したと言う。

とても73歳とは思えないの伸びてくる球筋と俊敏な足取りで、右へ左へと僕を翻弄する。

こりゃ、もう、51歳のおじさんが73歳のおばあちゃんの掌のうえで転がされているようなもんですよ。

それをスマホのカメラに収めようとする安藤さん。

「何々??そんな写真SNSに上げないでよ!」と心の中で思いながら必死にボールに食らいつく。

最後は、「スマッシュ決めさせてあげるよ」とばかりにチャンスボールをくれるが、僕はそれさえも決めることが出来ない。

「力が入りすぎだよ。どんなスポーツでも力んではダメ。軽い動きで打ったら直ぐに元の姿勢に戻らないとダメ。自分で打った球、見惚れててもダメなんだよ。」と、ありがたいアドバイス。

はい、、返す言葉もございません。。。

帰りの車中での会話。

「いやあ、まさか73歳とは思わなかった。」と安藤さん。

それは、おばさんの動き?それとも見た目?

「僕もです。安藤さんから『同い年かと思いました。』と次に来た時に伝えてみたらどうですか?ついでに『娘さんかと思ってました。』と。」

「いやだよ。」

「おばちゃん、喜びますよ〜、きっと。」

いや、73歳の娘説、、、まだ可能性あるな。

あのおじいさんが100歳くらいなら。。。うん、あり得るな。

娘かと思いましたって、「失礼ね。あたしゃ娘だよ!」って、また稽古つけられたりして。
2020.09.12

長靴は雨の日に履け

ラジオ番組の収録が、約2ヶ月ぶりにリモートから名古屋のスタジオ収録へと変更になった。

久しぶりに車を西へと走らせる。

九州の西側を通過するルートを北上する台風10号の影響もあり、あいにくの空模様。

殺風景などんより曇の空と、土砂降りの雨と戦うワイパーの姿をフロントガラス越しに繰り返し眺めながらのドライブだ。

順調なら、東京を出て一気に新東名の浜松SAまで走らせ、それまでは休憩を取らない。

ところが、この日は東名の交通量が多く、通常よりも少しばかり時間を要してしまったので、いつもとは違う清水PAに寄ってトイレ休憩。

と、思ったものの、清水PAが近づいても土砂降りの雨が止まない。。。

濡れるのが嫌だから、次の静岡SAまで我慢、我慢、、と車を走らせる。

ところが、一旦止んだ雨はまた静岡SAが近づくと再び振り始める。

こりゃ静岡SAもダメだな、と次のPAでのチャンスを伺うも、雨は一向に弱まる気配を見せない。

そんな感じで藤枝PA、掛川PAを通り過ぎる。

そして、遠州森町PAを過ぎた頃、ようやく雨が上がり空も少し明るくなってきた。

「よし、この調子で、やっと浜松SAでトイレ休憩だ!」

そう思い天竜川を渡っていると、ちょうど浜松SAあたりの上を真っ黒な雲が覆っているのが見える。。。

と思った瞬間、この日最大の猛烈な雨が一気にフロントガラスを叩きつけ始めた。

前が見えない。

ワイパーも効かない。

「どうする?」

いや、どう考えても次の長篠設楽原PAまでトイレを我慢することは不可能だ。

躊躇なく浜松SAへと車を入れ駐車。

しかし、猛烈に車を叩きつける雨は、僕が車の外に出ることを躊躇させる。

車のナビ上でも、この辺一帯黄色い災害情報エリアとして警告が出ている。

間違いなく外に出ると傘なんて役に立たないから、服も靴もびしょ濡れになるのは目に見えている。

だからと言って、このまま車の中で待機していても、そう遠くない時間に車のシートがびしょ濡れになるのも目に見えている。

意を決して運転席のドアを開け、後ろの座席から傘を取り出す。

その時点で既にTシャツはびしょ濡れだ。

トイレまでわずか200mの距離も、濁流が流れる川のような歩道を歩き、靴は10歩も歩けばもうびしょ濡れだ。

トイレ休憩を済ませ、全身ずぶ濡れになって、車へと戻る。

慌てて服を脱ぎ捨て、後部座席で着替える。

でも、残念ながら靴は一足しかない。

「こりゃ裸足で運転だな。」

と、思って後部座席から後ろのトランクを見ると、、、転がっている長靴があるではないか。

「あ、長靴あるじゃん!」

なんで気づかないかな〜。。

そういえば、この長靴、去年の年末からずっとトランクに積んだままだし。。。

まあ、でも仕方ない。

元はと言えばこの長靴、履くつもりで買った訳じゃないから、きっと履くという意識が及ばなかったんだろう。

なんで買ったかって??

年末の舞台で釣り人の役を演じた時の衣装。。

そして、名古屋に到着。

栄の街には、カンカン照りの夏の日差しが降り注ぐ。。。

湿った靴が中途半端に乾いていくのがわかる。

ゲリラ雷雨、、もう勘弁して。
2020.09.02

今年、初めての。。。

「今年初めてなんだけど。」

僕が言うと、皆んな意外そうに「えー?そうなんですか?」と言う反応。

そりゃそうか。

昔は接待ゴルフで年間30ラウンドくらいやっていた頃の僕を知るメンバーなら仕方ない。

それにしても、若手を中心にコロナ禍でもちょくちょくゴルフには行っているらしい。

まあ、他に遊びにいく所もないし、なにせテレワークが定着するとどうしても運動不足になりがちだからね。


この日は、提携している韓国の法律事務所からトレーニーでうちの会社に来ていたC君の送別ゴルフコンペ。

コンペといっても、沢山の人数が群がるのは宜しくないので、たった2組だけ。

C君の場合、トレーニーといってもスタート時期がコロナの影響で緊急事態宣言明けの7月からと大幅に後ろ倒しになったので、正味2ヶ月しかなかった。

しかも、その間原則としてテレワーク推奨のため、会社で皆んなと色んな仕事をする機会はほとんど無かったようで申し訳ない。

僕自身も、C君とは7月の頭に簡単な歓迎会を開いた時に初めて会話して、そしてこの日の送別ゴルフで二度目の会話をしているくらいだから、C君にとっても僕との関わり合いは極めて限定的だったと思う。

ましてや、歓迎会の時に会社のメンバーが僕のミュージックビデオをC君に見せたもんだから、C君も僕のことを「一体何者だろう」と思ったまま帰国の途につくに違いない。


そんなC君とは同じ組でラウンド。

ゴルフが大好きなC君はさすがに打球が違う。

言うまでもなく8ヶ月ぶりの今年初ゴルフの僕とは比べものにならない。

それでもC君、「社長!ナイスショットです!」「社長!今のはちょっと力が入りましたね〜。」と気さくに声をかけてくれる。

本当にナイスガイだ。

今時、僕のことを社長と呼んでくれる人はC君くらいですよ。


それにしても、炎天下でのゴルフはきつい。

この日も最高気温は35度近くまで上がる予想。

暑さに慣れていない僕は、前半5番ホールあたりでいきなり何の変哲も無いフェアウェイからのショットを二度も連続して空振り。

「あれ?おかしいぞ!」

果たして熱中症のせいか、、単に下手なだけなのか。。。。


ラウンドが終わって表彰式。

グロスはC君と同スコアでトップだったけど、ネットではHCの差で惜しくも2位。

「ヒロさん、すごいですね。今年初めてでこのスコア!」

皆んなが口を揃えて言う。

「当たり前だろ!俺を誰だと思ってるんだ!」

「・・・」

「社長だぞ。」

「・・・」

えっ⁈ という顔をするな!
2020.08.26

「なんじゃ、こりゃ〜!」

来年公開予定の「渋谷行進曲」という映画の撮影が始まった。

いわゆる”クランクイン"というやつだ。

映画、、そう”シネマ”っていうだけで響きがいいのに、さらにその”クランクイン”って言葉もまた格好いい。

僕は物語の舞台となる劇場の支配人役。

もちろん映画は初挑戦だが、今までの舞台などでも経験したことのないくらい結構な出番がある。

当然、セリフも、、だ。

長いセリフは覚えるのも大変だし、覚えたからと言って本番でスラスラと出てくるものでもない。

「慣れですよ。」と人から言われるものの、世の役者さんが本番までに稽古などで大変な努力をされていることがとてもよくわかる。

ただでさえ歌詞が飛びがちだった僕にとって、撮影本番で長いセリフが飛ばないわけがない。

そして、一度とちると伝染病のように連続してとちってしまい、それが共演している女優さんにも感染るという負の連鎖が。。。

まったく、、この危機を監督と撮影スタッフの温かい対応で何とか乗り切る。

セリフは長ければ長いほど難しいと思われがちだが、実は短いセリフの方が難易度が高かったりする。

あるシーンにて。

想定もしていなかった場面に遭遇した僕が「なんじゃ、こりゃ〜。」と言葉を発するシーン。

本番までに何度も心の中で反復練習してイメージを膨らませる。

「なんじゃ、こりゃ。なんじゃ、こりゃ。なんじゃ、こりゃ。・・」

あの松田優作の「なんじゃ、コリャー!」とはちょっと違うよな。。。

あれは自分の血を見ての「なんじゃ、コリャー!」だから。

今回は、ちょっと怒った感じの混じった「なんじゃ、こりゃ〜。」だからな。

よし、これで完璧、と本番へ。。

カメラが回る。

「はい、じゃあ本番。よーい、はい!」と監督の声。

そこへ僕が登場して、あれだけ練習した「なんじゃ〜、こりゃ!」を披露。

ところが、妙に力んでしまい、イメージしていた「なんじゃ〜、こりゃ!」とは違う・・。

言うなれば、いかりや長介の「だめだ、こりゃ!」みたいな「なんじゃ〜、こりゃ!」になってしまった。

息を潜めて撮影を見守る他の共演者達も、妙な雰囲気を察してか覗きにゾロゾロと出てくる。。

そして、現場は爆笑の渦に。。

監督の演技指導を受けてから、気を取り直してもう一度本番。

「よーい、はい。」

颯爽と登場し、今度こそ!

「なんじゃ、こりゃ!」

「カーット!!」

しまった。。。

今度は、志村けんの「何だって?」みたいな「なんだ、こりゃ!」になってしまった。

またも息を潜めていた共演者達が、「一体どうしたんだ?」とばかりにゾロゾロと出てくる。

またまた気を取り直して、今度こそ。

「なんだ、こりゃ〜?」

「はい、OK!」

まあ、80点の出来かな。。。なんちゃって。

という感じで無事に撮影は進んで、今日で僕も”クランクアップ”。

この言葉もまた、イケてるね。
2020.08.16

クジラの死骸

先日、真鶴岬の沖合およそ6kmあたりに漂流する約10メートルのクジラの死骸が発見された。

下田海上保安部交通課によれば、今朝になってクジラの死骸は初島沖の相模湾内を依然として漂流しているらしい。

広い海ではよくある話なのかも知れないが、10メートルものクジラの死骸が相模湾近くの海域を漂流するなんてことは、少なくとも僕は聞いたことがない。

この暑さで、海水温も異常な温度になったからなのか。

熱風吹き荒れる日本列島。

これだけ暑いと人は冷静な判断能力を維持することが難しくなるのではないかと心配する。

気温が40度に達しても、みんな口を揃えて「こんな気温、異常だよね。」と言う。

毎年のように豪雨災害を起きても、「最近の天気、どうにかしてるよね。」と言う。

地震が起きても、新型コロナウイルスが蔓延しても、「ほんと、おかしいよね。怖いよね。」と言いながらも、その恐ろしい現実を受け入れているように見える。

受け入れざるを得ないからとも言える。

「そんなこと、ありえないし。」と思っていた悲観的な未来の中に、自分たちの現実の姿がいつの間にか映し出されていたとしても、きっと大変なのは一時期だけで、そのうち時間が解決してくれると思っているのかも知れない。

その心理的救済を、交換条件として。

僕は小学3年生の秋に、その前に住んでいた岡山から広島の小学校に転校した。

それ以降、学校ではずっと他府県の小学校よりも熱心な戦争教育を受けた。

昨日の終戦記念日。

原爆投下の記念日と共に、とても重要な日だと学校で教わった。

「ほんと、戦争なんてありえないし。」と誰もが楽観視していた悲観的な未来の中に、自分たちの現実の姿が映しだされていないことを祈る。

自分の身に降りかからない限り、わからないことが多すぎるのかも知れない。

あのクジラも、まさか自分が死んだあと、相模湾を漂うことになろうとも思わなかっただろうに。

どんな暑さの中でも、冷静な判断力だけは忘れたくはないものだ。
2020.08.10

サヨナラ・・・山小屋

別れは突然に訪れた。

今年は久しぶりに都会の茹だるような暑さから逃れて山小屋で過ごそうと、ペンキの塗り直し計画を立てたり、いつの間にか生い茂った木々の葉が邪魔をしで電波が悪くなったテレビとインターネットの受信環境を整備するために業者に問い合わせたりと、、動いていた矢先のこと。

ノンビリするはずの3連休は、汗だくになりながらの山小屋の片付け作業に追われた。

まあ、、こんなものなのかな。

片付けの最中、今まで一度も刺されたことのなかったハチに刺される。

しかも2箇所も。。。

うちではあまり見かけないホソアシナガバチだったから、殆ど腫れることもなく済んだけど、、スズメバチじゃなくてよかった。

長きわたり、沢山の人が遊びに来てくれて、数えきれないくらいの楽しい思い出を作ってくれた山小屋。

庭で遊んでいたシジュウカラも、近所で雄叫びを上げていた野生のキジも、年季の入った芝刈り機も、薪を割っていた斧も、野菜を育てていた菜園も、ホタルが飛び交う田園も、自転車で汗だくになって登ったあの坂道も、、、、そして、いつも爽やかに吹き抜けてくれた山の風も、、みんなみんな、ありがとう。

いつかまた。。きっと・・・。

2020年、夏。
2020.08.02

フレンチブルドッグの主張

8月に入ってからの遅い梅雨明けを機に、「待ってました!」とばかりに地上の表面温度を一気に押し上げるような夏の陽射しが降り注ぐ。

「少し冷水で冷ましてから、今度はバーナーの炎で一気に焦げ目をつけていきましょうね〜。」と、誰かが空の上からクッキング動画を撮りながら地球を料理しているとしたら冗談じゃない。

豪雨災害による被害も、森林火災などの被害も、そう、既に地球は悲鳴を上げている。



と言いながら、子供の頃、アリの巣を水攻めにして遊んだ経験がある僕にとっては、、、とても心の痛い話だ。



そんな事を思いながら、今日もいつものように車をコインパーキング場に停め、篭り場までの道を日傘をさして歩く。

閑静な住宅街を抜けて、様々なお店が立ち並ぶメイン通りに出る少し手前辺り。

「なんでこんな暑い中散歩すんねん。。」

と不満そうな顔をしたフレンチブルドッグが、日陰のコンクリートにお腹をぺしゃんとつけたまま寝そべっている。

そして、リードを引っ張って無理やり立ち上がらせようとしている飼い主の女性を上目使いで睨みつけていた。

どう考えてもフレンチブルドッグの言葉なき主張に同情したくなるが、一旦灼熱の太陽の下、散歩に繰り出した以上、散歩の途中でずっとこのまま時間を潰す訳にもいかない飼い主の事情も理解できる。

飼い主からすれば、早く家に帰って掃除もしたいし、もしかしたら溜まっている洗濯物だって早く片付けてしまいたい、と思っているかのかも知れない。

だからきっと、無理やりにでも頑として動こうとしないフレンチブルドッグの顔の右側面が歪んでしまうくらい強引にリードを引っ張っているのだ。

飼い主 「ほら!◯◯ちゃん、立って!行くよ!」

犬 「・・・・」

飼い主 「もう〜!」

それぞれがそれぞれの思惑を内に秘めたまま譲らない拮抗した状態が続く。

こんな時、大切なのはお互いがメリットを見出すことができる、その”共通項”を探り当て共有することだ。

フレンチブルドッグにしてみれば、少しの間我慢して頑張って家まで歩いて帰れば、クーラーの効いた涼しい部屋で、美味しいお水とおやつにありつくことが出来る。

飼い主にしてみれば、強引にリードを引っ張るのではなく、少しの間だけでもフレンチブルドッグを抱っこして炎天下の中を歩いて家に帰ることで、溜まった家仕事を片付けることが出来る。

だから、ここはお互いのため一刻も早く家に帰るという選択肢を取ろうではないか!

大切なのは、それを見出し、共有するための”話し合い”なのだが。。。

少なくとも、僕が通り過ぎる数秒の間に、フレンチブルドッグがその気配を示すことは一切なかった。

きっと今頃、飼い主に抱き抱えられて力づくで家に連れ帰られていることだろう。。



話し合いが大切と誰もが言うかも知れないが、相性が悪い者同士が下手に話し合いなんか持とうものなら、事態を更に悪化させる危険性だってある。

話し合いをしたところで、あの太々しい態度を取っていたフレンチブルドッグの主張はきっとこうだ。

「元を正せば、いつまでも寝てないでもっと早起きして朝の涼しい時間帯に散歩すりゃあいいじゃん!僕は起こしたんだ、何度も。その度にあなたは愚図りながら、ずっとベットの中から出てこなかったじゃないか!」

確かにこの言い分は正しい。

だけども、「そもそも論」は時には有効であるが、こういう状況では持ち出さない方がいい。

事をややこしくするだけだ。

まずは目先の問題解決を優先した方がいい。

過去を切り離さなければ見つけることの出来ない未来への扉だってある。

大人しく飼い主に抱き抱えられて家に帰るというシナリオが円満な解決策なんだろう。



飼い主の女性は、そもそも夏が嫌いだけど仕方ないからフレンチブルドッグを暑い中散歩に連れ出した。

更にこの女性にとっては、コロナ禍で仕事にも支障が出ていて、その心理の不安定さから前の晩も朝起きれなくなるくらいお酒を飲んでしまったのかも知れない。

「そもそも、夏なんて嫌い。。」

「そもそも、新型コロナなんてなければ。。」

「そもそも、あんた(フレンチブルドッグ)なんて飼ってなければ。。」

そもそも論に立ち返った時に、飼い主が連発するであろうネガティブな主張が目に浮かぶ。。。

これでは、誰も幸せにはなれない。

「そもそも、豪雨なんて無ければ。。」

「そもそも、Go Toキャンペーンなんてやらなければ。。」

色々とそもそも論をしたくなる気持ちもわからなくもないが、残念ながら僕たちが生きているこの現実社会では、豪雨災害で復旧途上の街に今日も夏の日差しがアスファルトが溶けるほどに照りつけ、そして、新型コロナウイルスの新規感染者数は毎日のように増加の一途をたどっている。

出来る限り多くの人がこの難局を乗り越えるための”共通項”って何だろうか。

耳に優しい話だけを聞き入れ、理想を振りかざしてのゼロか100かの施策ばかりでは、世の中が右往左往してしまうのは目に見えているし、誰かが言ったように人災にもなりかねない。



夕暮れ時、涼しい部屋でくつろいでいる飼い主の女性の姿。

昼寝から目が覚めたフレンチブルドッグは、ムクッと起き上がり、飼い主に近づいてこう伝えるだろう。

「犬にとって熱せられたアスファルトは、人間が焼けた砂浜を歩くのと同じなんだ。だから、炎天下での都会での犬の散歩はやめてほしいのだ。」と。

「わかった。ごめんね。明日から朝早く散歩行こうね。」

きっと飼い主の女性は、微笑んでこう答えるはずだ。

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