加藤ヒロ 公式サイト

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2019.09.01

山小屋の夏

夏の山小屋を1か月半以上も空けるなんてことは初めてのこと。

昔ならほぼ毎週、いや、猛暑の都会に嫌気がさした時などは、山小屋に短期移住して始発電車で東京まで仕事に通ったこともあった。

でも、今年はなんだかバタバタする日々が続き、山小屋に来るチャンスを逸してしまっていたのだ。

今年は6月から7月にかけて日照時間が極端に少なかったからか、梅雨が明ける前にジャガイモはすべて枯れてしまったようだ。

なので、そもそも収穫は期待できない。

でも、だからといっていつまでも土の中にジャガイモ達を放ったらかしにしておく訳にもいかないので、ようやく8月最後の日になって山小屋にやって来た。

作業用の服に着替え、長靴を履き、手袋をする。

さあ、収穫開始っ!と、掘ってみるものの、いつもなら畝の土を崩すとゴロゴロと出てくるジャガイモが今年は全然出てこない。

出てきたとしても、小さいジャガイモばかりだ。

そういえば、毎年一つの株の茎が3~4本になるように丁寧に間引くのに、今年はその作業を怠ったし。。。

結局、植えた本数は例年よりも多かったにもかかわらず、収穫できたジャガイモはいつもの半分くらい。

しかも、イモの表面の一部が茶色く変色してしまう「そうか病」という細菌の感染による病気にかかってしまっていた。

土壌が過度にアルカリ性になったりすることで発症するみたいだ。

そういえば、今年は石灰を撒きすぎた気がするな。。。

でも、そうか病のジャガイモでも、皮をむけば食べる分には全く問題がないので、さっそく食してみることに。

風呂から上がりビールを片手に、ウッドデッキにあるテーブルに一人掛けの木製の椅子を運ぶ。

そして、一人用のバーベキューコンロに備長炭を並べて着火剤に火をつける。

5分ほどうちわで扇ぐと炭に火がついた。着火のコツは、いかに温度が上がるポイントを一箇所に集めるか、だ。

アルミホイルに、洗ったばかりの中小サイズのジャガイモの皮をむいて並べる。

そこにバターと、同じく山小屋の畑で6月下旬に収穫したニンニクを一欠片入れて、アルミホイルを密閉しコンロの上に並べる。

じっくりと時間をかけてジュウジュウと音がするまで待つこと1時間。

ジャガイモが柔らかくなった頃を見計らって、アルミホイルを開ける。

そしてアツアツのジャガイモをほおばり、味わい、ビールで流し込む。

程よく効いたニンニクの香りとバターによる味付けで、ジャガイモは最高のビールのおつまみへと生まれ変わった。

8月最後の夜。

暮れていく景色を眺めながら、過ぎ行く夏を惜しむながらゆっくりとした時間を過ごす。

標高の高い山小屋には、あと1~2週間もすれば秋の気配が感じられるようになるだろう。

短い夏だったけど、、久しぶりの山小屋の夜は、、こうやって更けていくのであった。
2019.05.05

タネツケバナとの戦い

大阪から車で7時間かけて移動し、半年ぶりの山小屋へ。

着いた途端、目に飛び込んできたのは、半年放置したことで、すっかり自然に溶け込んでしまった敷地内の風景。

つまり、人間的視点から言えば、「荒れ放題」である。

敷地内に置いてある鳥の巣箱は倒れ、バードバスは傾き、畑のエリアにはコケが生え、芝生スペースには雑草が生い茂り、大きなアリから小さなアリまで至る所に蟻の巣が出来ている。

建物が壊れていないので、「荒廃」という表現は大げさだが、これで屋根でも崩れていればまさに「荒廃」だ。

僕らが半年空けただけで、建物に隣接している倉庫は大量のカマドウマが占拠し、平穏な永遠に続くと思われた暗闇を支配していた。

突然、開いた扉から差し込んだ太陽の光に、彼らにとっての暗闇の平和は打ち砕かれ、天井や壁から無数のカマドウマが飛び跳ね、パニック状態に陥っている。

アリにしても、カマドウマにしても、元々は彼らの居住区に僕たち人間が入り込んでいっただけだから、人間が留守の間に彼らが主権を取り戻してしまうのは自然の摂理とも言える。

傾いてカラカラに乾いたバードバスをまっすぐに直し、ジョウロで水を満たしてやる。

すると、シジュウカラがすぐそばにやってきて僕がジョウロで水を入れるのを太太しい表情で首を傾け見つめている。

こんなに野鳥が近くまで近寄って来るのは珍しい。

「早く、入れてくれよ。もう3日も水浴びをしていないんだ。早く水浴びをしたくてたまらないんだ。」

そうか、、理由はどうであれ、彼らの中にも僕の登場を待ちわびていたものがいたとすれば、それはそれで心が救われるというものだ。


翌朝、僕は大きな決意と共に戦闘態勢に入る。

この日の敵は芝生エリアに生い茂ったアブラナ科タネツケバナという雑草だ。

この雑草の厄介なところは、引っこ抜こうとするとタネの鞘が弾けてタネが飛び散ること。

自らの命と引き換えに種を後世に残す命がけの行為とも言える。

そんな種を残すことに一生懸命になっているタネツケバナを引っこ抜くのは非常に心苦しいのだが、引っこ抜けば引っこ抜くほどその勢力を拡大させてしまったために、今や大切な芝生エリアを占拠するまでに至ったタネツケバナの横暴を僕はこれ以上許しておくわけにはいかない。

僕は農作業用の手袋をはめ、地面に座り込んで汚れても構わない作業ズオンを履き、頭にはバンダナを巻く。

雑草を抜く作業には、それを何が何でもやり遂げるという、大きな決意が必要なのだ。

臨戦態勢の僕は、まずはタネツケバナが最も群生しているエリアから手をつける。

タネが飛び散らないように慎重に抜いていくが、幸いにもまだタネを飛び散らすほどタネツケバナは成熟していないようだ。

だからと言って乱暴に引っこ抜くと根っこが残ってしまうので、茎の真ん中あたりを優しく握り、根っこを揺らすように2、3度力を加えると比較的簡単に抜ける。

これがタンポポのように深い根っこを持った植物だったら本当に厄介だ。

このようにして、僕は一心不乱にタネツケバナを抜いていく。

山小屋の北側で、キジが鳴き声を上げる。「ギャーギャー!(ブルブル)」。

そして、南側からも別のキジの鳴き声が聞こえた。「ギャーギャー!(ブルブル)」。

もし、僕が生きているうちにキジにインタビューすることができるのなら、ぜひ聞いてみたいと思う。

「どうして、あなたは「ギャーギャー!」と二度鳴き声を上げた後、ブルブルと羽を鳴らすのですか?」

するとキジはこう答えるであろう。

「いやあ、どうにもこうにも「ギャーギャー!」って鳴くのって君には分からないだろうけど、結構力が必要な行為なんだ。そう、一瞬全身に力を入れないといけない。そうしないと「ギャーギャー!」って鳴けないんだ。その後の、ブルブルってのは、その力んだ体をリラックスさせるための行為なんだ。無意識のうちにね。いや、そうしないと僕たちは「ギャーギャー!」と鳴く前の状態に戻れないだ。だからブルブルっと羽を震わせるのさ。」

「ギャーギャー!(ブルブル)」と今度はもっと遠くの方から別のキジが雄叫びをあげた。

。。。

それにしても、タネツケバナは大量に生えている。

結構、抜いたと思っても、横からみればまだまだ大量に残っている。

まあ、彼らにとってみれば、子孫を残すチャンスは年に一度しかない訳だから、その与えられたチャンスを確実にものにするためには、これくらい大量に生い茂らないと割りが合わないんだろう。

そういえば、野生の動物も繁殖期は年に何度もある訳ではないし、犬だって通常は年に二度しかメスは繁殖期を迎えない。

後世に種を残していくには、それなりの知恵と工夫が必要なんだ。

一方で、人間はいつでもどこでも発情することができる特別な種類の生き物だと、その昔何かの書物で読んだことがある。

それは種を残すためにとても重要な要素であり、だからこそ、人間はここまで地球上を支配するまでになったと。

それなのに、今の日本の出生率は2.0を大きく下回り、人口の減少傾向に歯止めがかかっていない。

僕たちは種を残すという意識を、、もはや有していないのか。。。

そんな人間が今、タネツケバナが種を残すチャンスをことごとく奪い去っている。

。。。

そんな他愛のないことでも考えながらでないと、雑草抜きはやっていられない。

流石に疲れてきて、首を上げ視線を築山の方に向けてみる。

すると、そこには大きなキジの番いが悠然と歩いているではないか。

その距離わずか15メートル。

メスのキジは、僕の視線にすぐに反応して、そそくさと築山の茂みに身を隠したが、オスは僕の存在を知ってか知らずか、相変わらず悠然と振る舞うように、焚き火用のファイヤープレイスの石垣の上に立って世の中を見下ろしている。

首から胴体にかけての深い青と緑、そして少し赤みを帯びた配色が、人工的に作り出すことが出来ない芸術品のように映る。

そして、胴体から突き出た大きな尾は、ピンとまっすぐに斜め上方向に伸びている。

「ところで、君はさっきからここで一体何をしているのかね?」

キジは僕の方を向き、インタビューを始める。

「僕は今、タネツケバナという雑草を抜いているんです。」

「前から一度聞いてみようと思っていたけど、なんでいつもそんなに雑草ばかり抜いているのかね?私には、その必要性が全く理解できないのだよ。」

「それは、僕がこの芝生スペースを大事にしていて、芝生スペースは芝が敷き詰められて雑草一つない状態というのが最高だからなんです。」

「へえ。それはつまり、、君にとって「最高の芝生」というものはとても重要なものなんだね。」

僕は一瞬、回答に詰まる。。

「最高の芝生」は僕にとって、そこまで重要なものなのだろうか。。

そう考えているうちに、キジは西側の方へ向きを変え歩き始め、姿を消した辺りでもう一度「ギャーギャー!(ブルブル)」と雄叫びを上げて完全に僕の元から去っていった。

。。。。

粗方のタネツケバナを抜き終えたはずだが、きっと抜け忘れているタネツケバナが予想以上に沢山残っていることだろう。

僕は思いついたように薪ストープ用の大きめの着火剤を火挟で掴んで、それに火をつけた。

そして、勢いのある火を、芝生スペース一面に広がる去年の枯れた芝草に近づけて着火する。

乾ききった枯芝はすぐに燃えて、僕が抜き損なったタネツケバナを炎で包んだ。

よしよし、燃えろ燃えろ。

きっと、こうすることで火には弱い抜き損ねたタネツケバナのことだから、すぐに枯れてしまうだろう。

僕は着火剤を何個も燃やし、その度に枯れ草に火をつける。

ちょうどいい風が吹くと、火は勢いよく燃え広がる。

知らない人が見ると、ちょっとした放火魔かと思うかも知れない。

。。。

こうして、戦いは終わった。

まさに、芝生スペースは全体的に黒く焼け野原と化した。。

それは終戦という言葉がピタリと当てはまる光景だ。。

タネツケバナよ、、しばしのお別れだ。

また来年の戦いを楽しみにしている。。

2018.12.01

冬支度。。

この季節は、鮮やかな紅葉の季節から急激に色の無い世界へと切り替わる。

標高も700メートルを超えた辺りから、道路脇の風景も、その色の無い風景へと変わっていく。

ついこの前まで緑の葉で覆われていた木々の枝からは、紅葉を終えた後のほぼ全ての枯れ葉が散り去り、その所々に散り時を逃したか、あるいは散ってなるものかと枝にしがみついているのか、わずかに残る茶色い枯れ葉たちが散見されるのみ。

その散り損ねた枯れ葉達も、もうすぐやってくる木枯らしに吹かれ、いとも簡単にヒラヒラと散っていくことだろう。

深い緑色の針葉樹葉も、夏頃と比べればかなり薄い茶色にまで色褪せてしまっている。

もう、山の風景は来たるべき積雪の季節を準備OKで待っている感じだ。

その景色を見ているだけで、どことなく寂しい気持ちになる。


山小屋に到着すると、その敷地内は茶色い大量の赤松の葉に覆い尽くしていた。

まるで、ビロードの絨毯を敷き詰めたよう。

山の木々がやがて降り積もるであろう雪に備えて準備をしているのと同様に、僕の山小屋も、冬を越すための準備に入る。

例年だと11月の中旬ごろまでにはその準備作業を終えるが、今年は冬がやってくる時期が遅れていることもあり、例年よりも3週間ほど遅れての準備となった。

準備と言っても、冬場の氷点下にまで下がる気候に備えて、敷地内にある水道が凍らないように水抜きをしたり、家の中の床暖房が切れないように確認したり、まあ、、大した作業ではない。。。

どちらかと言えば、また春まで元気でね、という挨拶の意味合いの方が強い。

頻繁に山小屋を訪れていた昔は、過ぎ去ってしまった秋の置き土産の後片付けが大変だった。

秋の置き土産とは、敷地内の吹き溜まりに山のように溜まってしまった落ち葉のこと。

以前は、それらをかき集めて同じ敷地内にある炉で燃やしていたけど、東日本大震災以降は落ち葉を燃やすのが禁止になったらしい。

だから、燃やすことができない枯れ葉は、業者に処分してもらうか、あるいは、最近はもうそのまま放ったらかしにしている。

あとは、畑の後片付け。

9月、通常よりも1ヶ月遅れて種を蒔いたダイコンとカブは、予想通りその実を実らせるまでには至らず、ここ数日間続いている朝晩の氷点下にまで下がる冷え込みに、もうその成長を止めて佇んでいた。

結局、収穫していなかったネギを数本と、小さな実をかろうじてつけたカブを数株収穫してお持ち帰り。

これで、畑も来年の春まで休憩だ。

来年も、よろしく。


帰り道、お気に入りの温泉宿へ。

その温泉宿、標高1700メートルの場所にあるので、敷地内には最近降ったであろう雪がそのまま残っていた。。

どうりで、僕の山小屋の空気の10倍はキーンと張り詰めている感じ。

ここの温泉は、大浴場以外に名物の薬湯がある。

ここの薬湯はとても身体が温まるけど、薬効が強すぎるので注意書きが書いている。

特に普段入り慣れてい無い人は、宿泊客でも1日3回まで、1回あたり長時間入ってはダメだと。。

僕が洗い場で身体を洗い、大浴場の大きな浴槽で温まった後、再び服を着て廊下を歩いて薬湯へ移動。

薬湯で十分に温まってから、また服を着て大浴場の脱衣所に戻る。

誰もいなかったはずだけど、薬湯に行っている間に日帰り入浴のお客さんが入ってきていた。

中からは二人連れのオジさんの大きな声が。。。

どうやら、温泉についてのうんちくと、ここの温泉の感想などを言い合っている模様。。

そして、浴室から脱衣所に出てきてバスタオルで身体を拭きながら「あー、気持ちよかった」と。

確かに、、気持ちいいんだけどね。

でも、、ここの大浴場は温泉ではなく、普通のお水を沸かしただけのお風呂なんだけどね。

人間モニタリングで、「もし、由緒ある温泉が本当は普通のお湯だったら。。」という企画。。

やってみると、多分、全員がこうなるんだろうね。

ま、気持ちは分かりますけど。



2018.10.30

秋色

久しぶりに山小屋へ。

紅葉真っ盛り。

どこもかしこも、秋色に覆われている。

その風景の中、少し強い風が吹けば、赤、黄色、オレンジの鮮やかな色の枯葉が空中を舞う。

僕の敷地内も、一晩であっという間に枯葉まみれ。

大量の落ち葉を集めるために、久しぶりにブローワーを引っ張り出す。。

でも、数年間使っていなかったからか、、電源コードが接触不良を起こす。

何とかして接触不良を起こさない場所を探しながら、コードを手で調節しながら使っていたら、焦げた匂いと共に、バチっと火花が出る。

ああ、、ご臨終。。。

慌ててホームセンターへ。。

今後は電気式ではなく、ガソリン式のブローワーを購入。

使ってみると、小さい割にパワーが強いので、なかなか使いやすい。

ところで、山小屋近辺の最低気温は、先日氷点下まで下がったらしい。

短い秋を経て、長くて寒い冬へ。。

もう、夜は薪ストーブが欠かせない。

さつまいもと里芋を収穫。

豊作とは言えない出来栄えだけど、それでも秋の実りはありがたい。

もうすぐ初雪の便りも届くかな。
2018.09.23

今年最後の。。

2週間前に撒いたダイコンとカブの種。

その後の気温が上がらなかったので、ちゃんと芽を出したか心配。

仮に芽を出していたとしても、鳥さん達に突かれていないかが心配。

行ってみると、芽を出したものの後者の心配が的中。。8割方突かれてダメになっていた。。

仕方なく双葉を突かれた場所にもう一度ダメ元で種を蒔く。

今度は芽が出る前から不織布でトンネルにしておいた。

新たに撒いた種はダメかも知れないけど、せめて生き残った2割の小さな芽がこれ以上鳥さん達の餌食にならないように。。

お盆明けに受粉して最後の力を振り絞って何とか収穫サイズまで大きくなってくれたカボチャ。

これで今年のカボチャもおしまいだ。

ネギは強風に折れたりしているけど、何とか生き残ってくれている。

サツマイモは元気だけど、果たして今年は実の方はどうかな。あと5週間くらいで収穫だ。。


そんな今年最後のカボチャからの、、、、ここへ(最後の写真)。。

ここは、、どこでしょう?








2018.09.08

雨と畑とキジと栗

3週間ぶりに山小屋へと向かう。道中、、高速走行中に雨が。。

通り雨かと思いきや、目的地に近づくにつれ雨足は強まるばかり。。

そして、到着する頃には雨は本降りに。。

せっかく畑仕事をやろうと思っていたのに、、、こりゃ今日はやることないな。。

やることないので、ギターをつま弾きながら窓の外を恨めしく眺める。。

止みそうもないので、諦めていつもの蕎麦屋へ。。

土曜日にしては珍しく、お昼時でも並ぶことなく店内へ。

いつもの店員さんのご機嫌は、、、斜めの一歩手前という感じ。

お店が混んでないのになぜ?

と思ったが、忙しさ対策で若い女の子をバイトで雇ったものの、この天気で客の入りが今ひとつだからか。。。

蕎麦を食べ終わり外に出てみると、雨が小降りに。。

これなら何とかなるかと、農作業に必要なものを買い揃えてから山小屋へ戻るなり、急いで着替えてから出陣。

長靴に履き替え手袋をして、まずは大きく膨らんだインゲンを収穫。

それから、伸び放題のカボチャの蔓を剪定して、サツマイモのツル返し。

それでダイコンとカブとタマネギを植える畝を確保。

土作りのため、久しぶりにミニ耕運機を出動させる。

畝作りが終わる頃には、晴れ間が見えてきた。

と、敷地の門の方をみると、この辺り一帯を縄張りにしているオスのキジが呑気に歩きながらうちの敷地の中へ入ってくるのが目に入る。

まるで鳩のように頭を前後にしながら歩いている。

足音を立てないようにそっと近づく。その全身はビロードのよう。深い緑と青と黒、そして赤が混ざり合った見事な色彩を纏っている。。

その優雅な姿からは、、あの「ギャー、ギャー!」とけたたましく上げる鳴き声は想像がつかない。

是非、このチャンスに鳴いている現場を一度見てみたいと、キジを見つめたまま心の中で、、「鳴け!さあ、あのけたたましい鳴き声を上げてみろ!」、、と叫ぶ。

と、、、僕の気配に気づいたか。。足早に敷地の外へと出ていった。。

ま、、キジ遊びはそれくらいにして農作業に戻る。。。

最後はニンニクを植えて作業終了!

結局、、今日は一回もキジの鳴き声は聞こえなかったな。。

夕方からはまた雨が。。

農具を片付けていると、目に入ったのは駐車場の脇に転がる落ちたばかりの栗のイガイガ。。

そうか、、やっぱり山は秋に入ってるんだ。。

季節は確実に、、進んでいるね。
2018.08.19

夏の足跡

北から張り出した高気圧の影響で猛暑から一転、山小屋は冷たく乾いた空気に包まれた。

夜、車の室外温度計は12.5度。

明け方にはおそらく10度を下回るくらいの冷え込みで、薄い毛布1枚に蛹のように包まって震えながらの朝を迎えた。

前回までは、2週間も空ければ芝も雑草も茫々に伸び放題になっていたが、この2週間の芝の成長度はその3分の1くらい。

夏の間は毎日でも芝刈りをやりたいくらいだったけど、もうその必要もない。

秋だ。。

山小屋に、一足早い秋がやってきたのだ。

標高差が約1000メートルあるから、都会と比べて春の訪れは1ヶ月遅く、秋の訪れは1ヶ月早い。

あんなに暑かったのに、、山小屋の夏は足跡も残さず去っていった。

元気な野鳥のさえずりの隙間をぬって、夏に取り残された蝉のか細い鳴き声が聞こえて来る。

今日は、夏野菜を収穫。

カボチャにインゲン、そしてエダマメ。

今年は、成長期に大粒の雹が降って暴風が吹き荒れたり、気温が安定しなかったり、水不足になったりしたこともあって、野菜の出来は今一つだったけど、実際に収穫してみると、よくこの厳しい環境でここまで育ってくれたと感謝したくなる。

来月には、秋ネギが収穫できるだろう。

そして11月の初旬にはサツマイモとサトイモの収穫だ。

今年も収穫した野菜達を、ありがたく頂くとしよう。

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