加藤ヒロ 公式サイト

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2021.06.09

田植え

関東平野部に比べると少し遅めの田植え。

長野県蓼科にある「おかげさま農園」さんの所に、田植えのお手伝いに行ってきた。

おかげさま農園は、化学肥料を使わない無農薬野菜の栽培に取り組む農園。

僕が3月頃に篭り場のベランダでプランター菜園を企んでいた時に、無農薬野菜の苗を注文したのがきっかけでお誘い頂いた。

僕も以前から、一度は田植えを経験してみたかったので、「是非喜んで」とお手伝いすることにした。

時期は5月の終わり頃。

予定では明けるはずだった緊急事態宣言が延長となり、県境を越えることに躊躇いはあったが、田植えの時期は待ってくれないし、人出も余るほどいる訳ではなさそうなので、「気にせず来てください」という一言で、感染対策にはくれぐれも気をつけて出かけることにした。

その日は朝から晴れ渡り、初夏の気持ちのいい日差しが降り注ぐ。

新調した長靴で意気揚々と田んぼに入って歩こうとすると、あれ、、足が、、抜けないぞ。。。

思ったよりも田んぼに足を取られて自由が利かない。

下手をするとバランスを崩して尻餅をついてしまいそうだ。

こりゃ、ダメだな。。と早々に長靴を諦めて裸足に。

田んぼの泥にゆっくりと素足のまま足を沈めていくと、少しひんやりする八ヶ岳の雪解け水と、泥の奥深くへとズンズンと沈み込んでいく足先の感覚が何とも言えないくらい気持ちいい。

田んぼの広さは二反ほど。

この日集まったのは、地元の宿泊施設で働く人たちや、おかげさま農園の友人関係を中心に全部で20名ちょっと。

まずは、一人が一列を受け持つ。それでも、列は全部埋まらない。

田んぼの端から端までピンと張った糸を目印に三列に苗を植えていく。

最初は植える間隔もマチマチだったり、まっすぐ一直線上に植えるのが難しかったりしたけど、10分もすれば慣れてきた。

腰も思った程は痛くはならないみたい。

順調に進んで、半分強ほど行ったところでお昼休みに。

青空の下、みんなでおにぎりや豚汁をいただく。

この時、膝まで捲り上げたズボンのせいで、足のスネが日焼けで真っ赤っかに。。

翌日から5日間も湯船に浸かることが出来なかったほど。

お昼休憩を終え、エネルギー補給も終わって、残りの苗を植える。

途中からコツを掴んで僕もペースが上がる。

で、無事に完植!

お風呂に入ってサッパリした後は、おかげさま農園や地元の人たちと交流会も兼ねて宴会に。

でも、コロナに気をつけながらの宴会だから、ちょっとおとなし目。

2日目は、前日の残りの苗を残った5〜6人で植え付け。

で、お昼過ぎには無事に終了!

足の爪の間に入った泥は、お風呂に入っても中々落ちないけど、またやりたい。

疲れたけど、なんとも楽しい田植えの経験でした。

収穫は10月。稲刈りも来れるといいな。







2021.06.03

花酵母パン

子供の頃からパンが大好きだった。

でも、小学生の頃に給食の時に食べたパンは、どこか味気なく、少し塩辛いマーガリンと一緒に牛乳で流し込んだ思い出がある。

僕らの世代は、給食のパンに対してみんな同じようなイメージを持っているのかも知れない。

なぜお米の国であるはずの日本の小学校の給食に毎日毎日パンが出るんだろうと、子供心に思っていたが、その答えが大人になって分かった時、パンと同じ味気なさを覚えたものだ。

先日、ラジオの取材で、ベーカリーイノベーション研究所(BILJ)の代表、田中康之さんの話をお伺いする機会があった。

BILJは、花から採取した酵母を純粋培養する研究を重ねて、その花酵母を用いたパン作りを広めている会社だ。

実際に花酵母で作ったパンを何種類も食べさせてもらったけど、今までに食べたパンとは違う甘味と優しさを感じるパンだ。

時には、自分の抱いていた常識さえも覆すようなパンもある。

例えば、ベーグル 。

ベーグルといえば、ニューヨークに住んでいた頃に、街中のスタンドで買って食べていたお馴染みのパン。

何ともパン生地の密度が濃いというか、実に噛みごたえたっぷりというか、ちょっと古いベーグル はパサパサ感まで加わって、こちらはマーガリンではなくクリームチーズと一緒にCokeで流し込んだものだ。

そんなイメージしかなかったベーグル も、花酵母を使ったベーグル はフワフワ感としっとり感を持ち合わせた食感の、とても美味しいパンだった。

酵母を採取した花の種類によって、パンの味も違ってくるらしい。

日本には各都道府県に県花があるように、その地方地方に根付き、愛されている花がある。

その地域によって、ご当地の花酵母から作られたパンを食べる。

埼玉県川口市の1110 CAFE/Berkeryでは杏、岐阜県飛騨市の自家焙煎珈琲&ブレッドあすなろではマーガレット、同じく岐阜県大垣市のパンカフェみわではヒマワリ。

もしかしたら、家族が好きな花とか、自分の家の庭に咲く花から採取した酵母で作ったパンだって食べられるようになるかも知れない。

とても夢のある話だ。

あの味気ない給食のパンとは正反対のパンの世界。

少しずつだけど、そういう世界が広がっていくことを願う。

美味しいパンは他にも沢山あるかも知れないけど、パン酵母で作ったパンを是非一度味わってみて欲しい。

https://www.bakeryinnovation-lab.com


2021.05.15

水やり花子さん

山小屋の畑で野菜を育てていた頃は、1週間、いや下手すると2週間くらい放っておくこともしばしば。

それでも、追肥が足りなかったり、芽かきをしないことで実の育ちが悪くなることはあったが、水不足で野菜が枯れてしまうなんてことはなかった。

土地柄、元々が湿地帯だったこともあるが、母なる大地の偉大さを感じずにはいられなかった。

ところが、都会の太陽が照りつけるベランダに置いた小さなプランターでは、丸1日水やりを怠るだけで野菜が枯れてしまいそうだ。

買ってきたばかりのエダマメの苗を小さな育苗ポットに入れたまま1日留守にしただけで、次に見たときには、沈む夕陽を浴びながらあっさりと首をもたげてしまっていた。

これはまずい、と急いで水をあげたら翌朝には元気になっていたけど、水やりはプランター栽培にとっては極めて重要なイベントだということに気づかされた。

問題は、僕には東京を離れて数日間、場合によっては1週間以上も篭り場を空けてしまう予定が頻繁にあるということ。

乾燥に比較的強いジャガイモやトマトはまだいいけれど、ナス、エダマメ、甘ナンバン、カボチャにとっては、さすがに連日の土の乾燥は致命的だ。

不在時に東京暮らしを始めたハルキ君に水やりを頼めればいいけど、そういう訳にはいかないし、、頭を悩ませた結果、かなり前に山小屋の芝生を育てる時に使ったのことがある自動水やり機のことを思い出した。

水やりをしたい時間帯を曜日別にセットできるという優れものだ。

篭り場のベランダには水道がないから、留守にするときプランターを部屋の中に入れれば、、、うん、自動水やり機も使えるな!と、意を決して新品を購入。

ところが、僕の篭り場。。。。事務所兼スタジオと言ってしまえば格好いいが、単なる防音マンションの一室に過ぎない。

台所、洗面所、お風呂場、、、自動水やり機のホースを連結するニップルを取り付けられる蛇口が一つもない。

そういうご家庭のためにニップルを取り付けることができるアタッチメントがあるというのでこちらも購入。

手元に届いて早速取り付けるが、、、あれ??サイズが合わない。。。

さて、困ったぞ。。

さらにネットでこういう場合の対処法について調査を続ける。

すると、ベランダに水道も電気もないご家庭にうってつけの秘密兵器を発見!

その名も「水やり花子さん」。

大きめのタンクに水を溜めておけば、搭載する太陽電池で水やり機能を自動で駆動させることができるらしい。

数日間もタンクに溜めたままの水をやるのはちょっと気がひけるが、2〜3日の話なら野菜の延命措置だと思えば許容範囲か。。

と、水やり花子さんを購入!

さあ、準備万端で大阪でのスタジオリハと名古屋でのラジオ収録に備える。

と、思ってたら緊急事態宣言の延長のため全ての出張が中止に。。

梅雨の走りっぽい天気も続きそうだし、、、水やり花子さんが活躍する季節は、もうちょい先になりそう。

期待してまっせ!
2020.06.21

山小屋とニンニク

愛犬が亡くなってからめっきり行く回数が減ってしまった山小屋。

コロナがなければ、GWは久しぶりに山小屋でのんびりと過ごそうと思っていたけど、自粛期間に重なったこともあり、結果としてかれこれ半年以上まるっきり山小屋を空けることになってしまった。

開墾以来、毎年続けてきたジャガイモの栽培も今年は出来ず。

もちろんカボチャなどの夏野菜や、サツマイモ、里芋といった秋収穫の芋類も全て今年はなし。

まあ、畑を休めるのもいいのかもね。

去年の夏の終わりに植えたニンニクが丁度収穫時期を迎えている。

全く手を掛けなかったけど、何とか今年も無事に育ってくれた。

これでしばらくニンニクは買わなくて済みそうだ。

敷地の西側に移植してから自然繁殖させていたイチゴは、、、雑草にやられて全滅。。。

その近くに植えてあるブルーベリーは、、なんとか生きていた。身つきは必ずしも良くはないけど、それでも丸々とした身を細い枝の所々に携えている。

あと1ヶ月もすれば濃い紫色に変わり、収穫できる。

木々の枝を飛び回る野鳥は、いつものように元気に鳴いているけど、例年たくさん見かけるシジュウカラをあまり見かけない。

彼らの餌となるヒマワリの種を餌台に補充していないから当たり前か。

何はともあれ、またこうやって山小屋に来れてほっと一息。

青い空と吹き抜ける風は、去年と何も変わらない。

最近、あまり愛情を注げていなかったから、、今年の夏は、少し長い期間ここで過ごすかな。





2019.09.01

山小屋の夏

夏の山小屋を1か月半以上も空けるなんてことは初めてのこと。

昔ならほぼ毎週、いや、猛暑の都会に嫌気がさした時などは、山小屋に短期移住して始発電車で東京まで仕事に通ったこともあった。

でも、今年はなんだかバタバタする日々が続き、山小屋に来るチャンスを逸してしまっていたのだ。

今年は6月から7月にかけて日照時間が極端に少なかったからか、梅雨が明ける前にジャガイモはすべて枯れてしまったようだ。

なので、そもそも収穫は期待できない。

でも、だからといっていつまでも土の中にジャガイモ達を放ったらかしにしておく訳にもいかないので、ようやく8月最後の日になって山小屋にやって来た。

作業用の服に着替え、長靴を履き、手袋をする。

さあ、収穫開始っ!と、掘ってみるものの、いつもなら畝の土を崩すとゴロゴロと出てくるジャガイモが今年は全然出てこない。

出てきたとしても、小さいジャガイモばかりだ。

そういえば、毎年一つの株の茎が3~4本になるように丁寧に間引くのに、今年はその作業を怠ったし。。。

結局、植えた本数は例年よりも多かったにもかかわらず、収穫できたジャガイモはいつもの半分くらい。

しかも、イモの表面の一部が茶色く変色してしまう「そうか病」という細菌の感染による病気にかかってしまっていた。

土壌が過度にアルカリ性になったりすることで発症するみたいだ。

そういえば、今年は石灰を撒きすぎた気がするな。。。

でも、そうか病のジャガイモでも、皮をむけば食べる分には全く問題がないので、さっそく食してみることに。

風呂から上がりビールを片手に、ウッドデッキにあるテーブルに一人掛けの木製の椅子を運ぶ。

そして、一人用のバーベキューコンロに備長炭を並べて着火剤に火をつける。

5分ほどうちわで扇ぐと炭に火がついた。着火のコツは、いかに温度が上がるポイントを一箇所に集めるか、だ。

アルミホイルに、洗ったばかりの中小サイズのジャガイモの皮をむいて並べる。

そこにバターと、同じく山小屋の畑で6月下旬に収穫したニンニクを一欠片入れて、アルミホイルを密閉しコンロの上に並べる。

じっくりと時間をかけてジュウジュウと音がするまで待つこと1時間。

ジャガイモが柔らかくなった頃を見計らって、アルミホイルを開ける。

そしてアツアツのジャガイモをほおばり、味わい、ビールで流し込む。

程よく効いたニンニクの香りとバターによる味付けで、ジャガイモは最高のビールのおつまみへと生まれ変わった。

8月最後の夜。

暮れていく景色を眺めながら、過ぎ行く夏を惜しむながらゆっくりとした時間を過ごす。

標高の高い山小屋には、あと1~2週間もすれば秋の気配が感じられるようになるだろう。

短い夏だったけど、、久しぶりの山小屋の夜は、、こうやって更けていくのであった。
2019.05.05

タネツケバナとの戦い

大阪から車で7時間かけて移動し、半年ぶりの山小屋へ。

着いた途端、目に飛び込んできたのは、半年放置したことで、すっかり自然に溶け込んでしまった敷地内の風景。

つまり、人間的視点から言えば、「荒れ放題」である。

敷地内に置いてある鳥の巣箱は倒れ、バードバスは傾き、畑のエリアにはコケが生え、芝生スペースには雑草が生い茂り、大きなアリから小さなアリまで至る所に蟻の巣が出来ている。

建物が壊れていないので、「荒廃」という表現は大げさだが、これで屋根でも崩れていればまさに「荒廃」だ。

僕らが半年空けただけで、建物に隣接している倉庫は大量のカマドウマが占拠し、平穏な永遠に続くと思われた暗闇を支配していた。

突然、開いた扉から差し込んだ太陽の光に、彼らにとっての暗闇の平和は打ち砕かれ、天井や壁から無数のカマドウマが飛び跳ね、パニック状態に陥っている。

アリにしても、カマドウマにしても、元々は彼らの居住区に僕たち人間が入り込んでいっただけだから、人間が留守の間に彼らが主権を取り戻してしまうのは自然の摂理とも言える。

傾いてカラカラに乾いたバードバスをまっすぐに直し、ジョウロで水を満たしてやる。

すると、シジュウカラがすぐそばにやってきて僕がジョウロで水を入れるのを太太しい表情で首を傾け見つめている。

こんなに野鳥が近くまで近寄って来るのは珍しい。

「早く、入れてくれよ。もう3日も水浴びをしていないんだ。早く水浴びをしたくてたまらないんだ。」

そうか、、理由はどうであれ、彼らの中にも僕の登場を待ちわびていたものがいたとすれば、それはそれで心が救われるというものだ。


翌朝、僕は大きな決意と共に戦闘態勢に入る。

この日の敵は芝生エリアに生い茂ったアブラナ科タネツケバナという雑草だ。

この雑草の厄介なところは、引っこ抜こうとするとタネの鞘が弾けてタネが飛び散ること。

自らの命と引き換えに種を後世に残す命がけの行為とも言える。

そんな種を残すことに一生懸命になっているタネツケバナを引っこ抜くのは非常に心苦しいのだが、引っこ抜けば引っこ抜くほどその勢力を拡大させてしまったために、今や大切な芝生エリアを占拠するまでに至ったタネツケバナの横暴を僕はこれ以上許しておくわけにはいかない。

僕は農作業用の手袋をはめ、地面に座り込んで汚れても構わない作業ズオンを履き、頭にはバンダナを巻く。

雑草を抜く作業には、それを何が何でもやり遂げるという、大きな決意が必要なのだ。

臨戦態勢の僕は、まずはタネツケバナが最も群生しているエリアから手をつける。

タネが飛び散らないように慎重に抜いていくが、幸いにもまだタネを飛び散らすほどタネツケバナは成熟していないようだ。

だからと言って乱暴に引っこ抜くと根っこが残ってしまうので、茎の真ん中あたりを優しく握り、根っこを揺らすように2、3度力を加えると比較的簡単に抜ける。

これがタンポポのように深い根っこを持った植物だったら本当に厄介だ。

このようにして、僕は一心不乱にタネツケバナを抜いていく。

山小屋の北側で、キジが鳴き声を上げる。「ギャーギャー!(ブルブル)」。

そして、南側からも別のキジの鳴き声が聞こえた。「ギャーギャー!(ブルブル)」。

もし、僕が生きているうちにキジにインタビューすることができるのなら、ぜひ聞いてみたいと思う。

「どうして、あなたは「ギャーギャー!」と二度鳴き声を上げた後、ブルブルと羽を鳴らすのですか?」

するとキジはこう答えるであろう。

「いやあ、どうにもこうにも「ギャーギャー!」って鳴くのって君には分からないだろうけど、結構力が必要な行為なんだ。そう、一瞬全身に力を入れないといけない。そうしないと「ギャーギャー!」って鳴けないんだ。その後の、ブルブルってのは、その力んだ体をリラックスさせるための行為なんだ。無意識のうちにね。いや、そうしないと僕たちは「ギャーギャー!」と鳴く前の状態に戻れないだ。だからブルブルっと羽を震わせるのさ。」

「ギャーギャー!(ブルブル)」と今度はもっと遠くの方から別のキジが雄叫びをあげた。

。。。

それにしても、タネツケバナは大量に生えている。

結構、抜いたと思っても、横からみればまだまだ大量に残っている。

まあ、彼らにとってみれば、子孫を残すチャンスは年に一度しかない訳だから、その与えられたチャンスを確実にものにするためには、これくらい大量に生い茂らないと割りが合わないんだろう。

そういえば、野生の動物も繁殖期は年に何度もある訳ではないし、犬だって通常は年に二度しかメスは繁殖期を迎えない。

後世に種を残していくには、それなりの知恵と工夫が必要なんだ。

一方で、人間はいつでもどこでも発情することができる特別な種類の生き物だと、その昔何かの書物で読んだことがある。

それは種を残すためにとても重要な要素であり、だからこそ、人間はここまで地球上を支配するまでになったと。

それなのに、今の日本の出生率は2.0を大きく下回り、人口の減少傾向に歯止めがかかっていない。

僕たちは種を残すという意識を、、もはや有していないのか。。。

そんな人間が今、タネツケバナが種を残すチャンスをことごとく奪い去っている。

。。。

そんな他愛のないことでも考えながらでないと、雑草抜きはやっていられない。

流石に疲れてきて、首を上げ視線を築山の方に向けてみる。

すると、そこには大きなキジの番いが悠然と歩いているではないか。

その距離わずか15メートル。

メスのキジは、僕の視線にすぐに反応して、そそくさと築山の茂みに身を隠したが、オスは僕の存在を知ってか知らずか、相変わらず悠然と振る舞うように、焚き火用のファイヤープレイスの石垣の上に立って世の中を見下ろしている。

首から胴体にかけての深い青と緑、そして少し赤みを帯びた配色が、人工的に作り出すことが出来ない芸術品のように映る。

そして、胴体から突き出た大きな尾は、ピンとまっすぐに斜め上方向に伸びている。

「ところで、君はさっきからここで一体何をしているのかね?」

キジは僕の方を向き、インタビューを始める。

「僕は今、タネツケバナという雑草を抜いているんです。」

「前から一度聞いてみようと思っていたけど、なんでいつもそんなに雑草ばかり抜いているのかね?私には、その必要性が全く理解できないのだよ。」

「それは、僕がこの芝生スペースを大事にしていて、芝生スペースは芝が敷き詰められて雑草一つない状態というのが最高だからなんです。」

「へえ。それはつまり、、君にとって「最高の芝生」というものはとても重要なものなんだね。」

僕は一瞬、回答に詰まる。。

「最高の芝生」は僕にとって、そこまで重要なものなのだろうか。。

そう考えているうちに、キジは西側の方へ向きを変え歩き始め、姿を消した辺りでもう一度「ギャーギャー!(ブルブル)」と雄叫びを上げて完全に僕の元から去っていった。

。。。。

粗方のタネツケバナを抜き終えたはずだが、きっと抜け忘れているタネツケバナが予想以上に沢山残っていることだろう。

僕は思いついたように薪ストープ用の大きめの着火剤を火挟で掴んで、それに火をつけた。

そして、勢いのある火を、芝生スペース一面に広がる去年の枯れた芝草に近づけて着火する。

乾ききった枯芝はすぐに燃えて、僕が抜き損なったタネツケバナを炎で包んだ。

よしよし、燃えろ燃えろ。

きっと、こうすることで火には弱い抜き損ねたタネツケバナのことだから、すぐに枯れてしまうだろう。

僕は着火剤を何個も燃やし、その度に枯れ草に火をつける。

ちょうどいい風が吹くと、火は勢いよく燃え広がる。

知らない人が見ると、ちょっとした放火魔かと思うかも知れない。

。。。

こうして、戦いは終わった。

まさに、芝生スペースは全体的に黒く焼け野原と化した。。

それは終戦という言葉がピタリと当てはまる光景だ。。

タネツケバナよ、、しばしのお別れだ。

また来年の戦いを楽しみにしている。。

2018.12.01

冬支度。。

この季節は、鮮やかな紅葉の季節から急激に色の無い世界へと切り替わる。

標高も700メートルを超えた辺りから、道路脇の風景も、その色の無い風景へと変わっていく。

ついこの前まで緑の葉で覆われていた木々の枝からは、紅葉を終えた後のほぼ全ての枯れ葉が散り去り、その所々に散り時を逃したか、あるいは散ってなるものかと枝にしがみついているのか、わずかに残る茶色い枯れ葉たちが散見されるのみ。

その散り損ねた枯れ葉達も、もうすぐやってくる木枯らしに吹かれ、いとも簡単にヒラヒラと散っていくことだろう。

深い緑色の針葉樹葉も、夏頃と比べればかなり薄い茶色にまで色褪せてしまっている。

もう、山の風景は来たるべき積雪の季節を準備OKで待っている感じだ。

その景色を見ているだけで、どことなく寂しい気持ちになる。


山小屋に到着すると、その敷地内は茶色い大量の赤松の葉に覆い尽くしていた。

まるで、ビロードの絨毯を敷き詰めたよう。

山の木々がやがて降り積もるであろう雪に備えて準備をしているのと同様に、僕の山小屋も、冬を越すための準備に入る。

例年だと11月の中旬ごろまでにはその準備作業を終えるが、今年は冬がやってくる時期が遅れていることもあり、例年よりも3週間ほど遅れての準備となった。

準備と言っても、冬場の氷点下にまで下がる気候に備えて、敷地内にある水道が凍らないように水抜きをしたり、家の中の床暖房が切れないように確認したり、まあ、、大した作業ではない。。。

どちらかと言えば、また春まで元気でね、という挨拶の意味合いの方が強い。

頻繁に山小屋を訪れていた昔は、過ぎ去ってしまった秋の置き土産の後片付けが大変だった。

秋の置き土産とは、敷地内の吹き溜まりに山のように溜まってしまった落ち葉のこと。

以前は、それらをかき集めて同じ敷地内にある炉で燃やしていたけど、東日本大震災以降は落ち葉を燃やすのが禁止になったらしい。

だから、燃やすことができない枯れ葉は、業者に処分してもらうか、あるいは、最近はもうそのまま放ったらかしにしている。

あとは、畑の後片付け。

9月、通常よりも1ヶ月遅れて種を蒔いたダイコンとカブは、予想通りその実を実らせるまでには至らず、ここ数日間続いている朝晩の氷点下にまで下がる冷え込みに、もうその成長を止めて佇んでいた。

結局、収穫していなかったネギを数本と、小さな実をかろうじてつけたカブを数株収穫してお持ち帰り。

これで、畑も来年の春まで休憩だ。

来年も、よろしく。


帰り道、お気に入りの温泉宿へ。

その温泉宿、標高1700メートルの場所にあるので、敷地内には最近降ったであろう雪がそのまま残っていた。。

どうりで、僕の山小屋の空気の10倍はキーンと張り詰めている感じ。

ここの温泉は、大浴場以外に名物の薬湯がある。

ここの薬湯はとても身体が温まるけど、薬効が強すぎるので注意書きが書いている。

特に普段入り慣れてい無い人は、宿泊客でも1日3回まで、1回あたり長時間入ってはダメだと。。

僕が洗い場で身体を洗い、大浴場の大きな浴槽で温まった後、再び服を着て廊下を歩いて薬湯へ移動。

薬湯で十分に温まってから、また服を着て大浴場の脱衣所に戻る。

誰もいなかったはずだけど、薬湯に行っている間に日帰り入浴のお客さんが入ってきていた。

中からは二人連れのオジさんの大きな声が。。。

どうやら、温泉についてのうんちくと、ここの温泉の感想などを言い合っている模様。。

そして、浴室から脱衣所に出てきてバスタオルで身体を拭きながら「あー、気持ちよかった」と。

確かに、、気持ちいいんだけどね。

でも、、ここの大浴場は温泉ではなく、普通のお水を沸かしただけのお風呂なんだけどね。

人間モニタリングで、「もし、由緒ある温泉が本当は普通のお湯だったら。。」という企画。。

やってみると、多分、全員がこうなるんだろうね。

ま、気持ちは分かりますけど。



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