加藤ヒロ 公式サイト

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2018.04.21

永遠の少年

「50歳代はいいよ。人生で一番楽しいよ。」

と、60歳代に入ったばかりのサムさんは、ハイボールのグラスに残った氷をカランと音をたてて言った。

僕が今年49歳になったと告げた時のサムさんのリアクションだ。

サムさんとは、年に数回、大阪の飲み仲間が集う時にお会いする。

僕が大阪でライブをやる時も観に来てくれる。

僕はサムさんが言うように、なぜ50歳代がそんなにいいのかが、すぐには理解できなかった。

50歳代といえば、会社内での職位も上になり、若い頃のように誰かから管理監督されるような環境も和らぎ、多くの家庭では早ければ子供も親の手を離れる年頃である。

その上、一般的な民間の事業会社では、給与もそこそこ貰える年齢となる。

気持ちにゆとりが生まれ、時間もできる。自由度が増える。そういうことなのか、とひとしきり考えた後でサムさんに聞いた。

「なぜ、50歳がそんなにいいんですか?」

「食えてるってことが、幸せなのさ。」

サムさんは、カウンター越しに揺らめくタバコの煙を見つめて、誰に話しかけるでもない表情でつぶやいた。

僕が知る限り、サムさんは数年前に早期退職をして、今では週に2〜3日アルバイトのような立場で会社の手伝いをしている。

それ以外は、競馬をやったり、お酒を飲んだり、ギターを弾いたりして過ごしているらしい。

きっと、サムさんにとっての50歳代は、会社を辞める前のサラリーマンとしての集大成となった数年間と、60歳の定年を前に自ら会社を去った後の、まるでフリーターのような数年間が混在しているはずだ。

そのどちらがサムさんはいいと感じたのか、それも僕にはわからなかった。

「食えるってことだけで、幸せなんですか?」

「そうさ。」

「それが50歳代がいいということと何が関係するんですか?」

僕は食い下がって聞いてみた。

「輝けるんだ。50歳代は。」

僕はそれ以上の質問をやめた。

サムさんにとっての50歳代は、他のどの年代よりも輝いていた。

それ以上の説明はいらない。



ところで、僕が来年50歳になるなんて、、、未だに自分でも信じられないものがある。

僕が思い描いていた50歳は、大人で、紳士的で、ゆとりがあって、心が広くて、優しくて、包容力を身につけた人だと思っていた。

それを比べると、今の僕はまだまだ子供で、やんちゃで、包容力も何もなくて、ずる賢いだけの子猿のようだ。

ずっと頭の中にあった50歳像とは、正反対のような存在だ。

そんなことを思いながらも、心のどこかで歳をとることの意味を真剣に考えていた。

50歳を超えて歳をとるということは、人間なら誰しもが死というものに着実に近づいていく階段を上るという感覚を覚えるのではないだろうか。

つまり、人生は永遠ではなく、限られた時間の中で与えられた舞台だということを身をもって感じ、そして、その舞台で残りの人生をどう生きるか、というテーマに直面するのだ。

今はまだ僕は40歳代というだけの理由で、そういうテーマについて真剣に考えることはない。。

でも、おそらく来年以降はそういうことを僕も考えるようになるのだろう。。

そういうことを考えるのが50歳代であり、そういうことを考えるからこその輝き方があるのが50歳代なのかもしれない。



ふと思った。

歳をとっても、、僕はずっと少年でいたい、と。

その理由は自分でもわからないし、至って子供じみた発想であることも分かっている。

でも、どこまで許されるのかわからないけど、、いれるまでは、、ずっと少年でいたいと。

永遠の少年。。

いい響きの、、僕の大好きなフレーズだ。。
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