加藤ヒロ 公式サイト

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2018.04.22

F5ボタン

IT技術の進歩が人類にもたらしたものは計り知れない。

そして、それが人々の日常的な心理状況にかなりの影響を与えるようになったことは、IT技術の進歩がもたらした利便性の向上という効能の副作用なのかもしれない。

インターネットを通じて、人々はあらゆる情報に日常的にアクセスできるようになった。

昔なら分厚い辞書の小さな字を目を凝らして英単語の意味を調べたり、古い本棚から埃を被ったずっしりとした百科事典を取り出して、重いページをめくり物事の意味を調べる必要があったところ、インターネットを使えばものの1分も経たないうちに欲しいものの情報をあらゆるソースを用いて教授してくれる。

それも、何か調べ物がある時にインターネットにアクセスして情報を得る、という点においては、人々とインターネットには相対する相互の関係、つまり、そこには双務性のような関係が成立している。

もっとわかりやすく言えば、誰かが何かを急いで調べたい時に、インターネットにアクセスするという行為に対して、インターネットはその調べ物の答えを即座に提供してくれるという、いわば「これください。」「はい、どうぞ。」という会話のようなものが成立しているのだ。

また、あらゆる情報が飽和状態でネット社会に存在しているという事実を、人々はその全てを正として受け入れることを強要されることもなく、インターネットから欲しい情報を取り出し、あるいは、偶然目にしてしまった情報でさえも、それを正しい情報として受け入れるか否かの選択権を人々が保持しているという点で、どちらか一方が支配的関係にあるような片務性を見出すことまではできないのだと思っている。

そういう意味では、人々はインターネットと適度に共存することで、いわゆる健全な世の中をこの20年余りで作り上げてきたんだと思う。



一方で、電子メールというものは、時にその双務性という関係を脅かすツールであることが知られている。つまり、仕事でもプライベートでもメールを送った方が、とある義務を全うしたと見做され、それを適正に受信し開封して内容を確認することを怠った側に非があるような社会的なルールが出来上がってしまった。これは、どこか人間的なコミュニケーションの本質から逸脱するルールを、致し方なくではあるにしても社会が容認してしまったような気がしてならない。

人の言葉や気持ちは、その人に届けられて初めて意味をなすのであって、一方が都合のいいように情報発信をしてしまえさえすれば、あとはどう処理されようが、それを受信されようがされまいが、結果は問わないといったコミュニケーションのスタイルは、ともすれば誰も足を止めないストリートで弾き語りしているミュージシャンのように思える。つまり、自己満足が横行してしまう、ということである。歌っている曲が駄作であるとすれば、それは押し付けがましいありがた迷惑にまでなってしまう。

僕が、、そのような駄作ばかりを歌い自己満足し、ともすれば人に聞きたくない歌を聴かせているとすれば、、、ゾッとする話である。そういうミュージシャンになっているのかどうなのかは、、、自分では判断できないのが怖いので、、僕はストリートをやる勇気がない。。。

また、電子メールというものは、誰かからのメールが送られて来ることを期待する時、そして、そのメールの内容が自分にとってとても大切なものである場合、それを受信するまでずっと待っていなければならないという、これまた精神衛生上はあまり好ましくない状況も作り出す。

M&Aの契約交渉を夜通し徹夜で海外とやり取りしていた頃は、相手からのマークアップ(こちらの契約の提案に相手側が手直しをいれたもの)をまだかまだかと眠い目を擦りながら待ったものだ。

あと1時間後に送るとか、明日の朝までに送るというやり取りがあればいいが、取締役会を翌日に控えたような、契約締結のデッドライン(期限)が迫る中での緊迫した契約交渉は、どういう反応を相手側がしてくるのかに神経をすり減らしながら、寿命を何年もすり減らすような感覚に見舞われたものだ。

「プリーズミスターポストマン」というビートルズがカバーした往年の名曲がある。

郵便配達のおじさんに僕宛の手紙がないか、ずっと彼女からの手紙を待っている、という曲だ。

電子メールが普及していなかったその時代はある意味その方が良かった。

便りを家の前で待つのは、郵便配達のおじさんが配達にくる時間に限っていればよかったし、そして、何よりも郵便配達のおじさんがいるので、待っている手紙が来ないことの苛立ちをぶつける相手がいたこと自体が恵まれていた。

電子メールの場合、PC画面の前で誰に苛立ちをぶつける術もなく、、F5ボタン(受信トレイの更新ボタン)を連打したものだ。



ところで、僕がそのM&Aの仕事をバリバリとやっていた頃、夜疲れ果てて床に就くときに、何かうまいアイデアがどこかから降臨することを期待しながら眠りについたがよくあった。

M&Aの買収スキームを構築する際に行き詰まった時、相手との交渉が決裂しそうになった時、クライアントが難しいイシュー(問題点)に直面して、それに対するソリューションを早期に提供しなければならない時、あらゆる局面で神のお告げにも似た何かが自分に降りてきてくれることを願った。

そして、不思議なことに、一晩寝てから朝シャワーを浴びている時に、妙案が降って湧いてくるという事を何度も経験した。

僕は、それを一種の睡眠学習的な、、つまり、寝る前にインプットしたあらゆるデータを就寝中に脳が潜在意識の中で処理して、翌朝には回答を出してくれるというメカニズムなんだとばかり思っていた。

それは、そういう神がかり的なアイデアや問題解決にむけた妙案が降臨してくれなくなれば、もうこの仕事はできなくなるのだろうか、と思っていた。

今は、昔のようにフルタイムでM&Aの仕事をやっているわけではないが、ある意味、以前にも増して、何かが降臨してくれないと困るような状況になっている。

端的にいえば、それは曲のテーマであったり、歌詞のイメージやフレーズであったり、メロディーであったりする。

これまた、IT技術がもたらした電子メールの副作用とは全く関係のないものでなのであるが、、電子メールが普及しようがしまいが関係のないところで、いつ来るのか、いや、来るのか来ないのかさえ分からない神様からの”メール”を、僕は今日も今か今かと待ち続けなければならないことになるとは、、思いもしなかった。。。

まだ、、M&Aの契約交渉をやっていた時の方が楽だったのかも。。なぜなら、、それには期限があって、お互いに最後は妥協してでも終わらせることのメリットがあったから。。

音楽に、、妥協はなく、、僕は今日も心の中でF5ボタンを連打している。。
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