加藤ヒロ 公式サイト

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2018.05.29

距離感

人と人との距離には、幾つかの対人距離というものがあるらしい。

親密距離は、とても親密な人同士が取る距離で0〜45㎝。相手の体温や匂いが分かる。恋人とか家族で自然と取られる距離か。

次に、個体距離で45〜120㎝。自分の独立性を保つために他人との間に取る距離。友人との間で取られる距離だとか。

さらには、社会距離というのは120〜360㎝で会社での同僚との会話や公式なコミュニケーションの場で取られる距離らしい。なるほど、会議室での人との距離も、もしかしたら面接の時の距離もこれくらいかも。

あとは、公衆距離といって演説や公演の時の距離。



20歳代の時にニューヨークで6年間過ごした後で日本に帰ってきて、改めて感じたことがある。

日本では、結構他人でも体を押し付け合う。

上記で言えば親密距離だ。

もちろん、ニューヨークで地下鉄通勤だった僕は、ラッシュ時には満員電車を何度も経験した。

日本のように時刻表に忠実に運行することのないニューヨークの地下鉄は、ラッシュアワーでは平気で途中で止まっては動き、止まっては動き、、

そんな朝は、やっと辿り着いた途中の停車駅から、また大量の人が乗り込んでくる。。。

それでも、ニューヨークの人達は、必要以上に体を他人に押し付けたりすることはなかった。

可能な限り、どんなに満員電車であっても、他人との距離を必ず取ろうと周りの人全員が心がけていたので、それが可能だったのだ。。

なにせ、通りで歩いていてお互いの進路を少しでも妨害しそうになった時には、必ず人々は "Excuse me” と言葉を交わす。

とても紳士的であり、礼儀正しいと思う。

さて、僕は今からちょうど20年前の1998年に日本に帰ってきたわけだが、バスや電車の中では他人同士でも体を押し付け合う慣行にとても違和感を覚えた。

と、いうよりも、好き好んで押し付けているというよりは、押し付けさせられているという方が正しい。

もはや、親密でもないのに、親密距離と取ることの苦痛さは、慣れるのに時間がかかった。

時には、親密距離はもはやマイナスの値に振れているのではと思うくらい。。

今では、、まあまあ慣れてしまったけど。。


ところで、人との距離はこのように色々あるのだが、最近僕はあるものとの距離感に戸惑いを思え始めている。

それは、、自分のスケジュールとの距離だ。。

昔は、頻繁に自分のスケジュールを確認していた。

その距離は、親密距離のようなもの。。

まずスケジュールを確認しなければ、次に自分が何をしなければならないのかの判断がつかなかったのだ。

そして、その日の予定のみならず、翌日とその翌日くらいの大凡の予定を頭に叩き込んでいたものだった。

忙しい時には会議と会議の間に休憩時間もなく、昼食を取る時間さえもない日も珍しくなく、先を見越して行動する必要があったからだ。。


今となっては、そこまで会議が連続することは逆に珍しくなってしまった。。

だから、一度みたスケジュール表を間違えて勝手に思い込んでしまったり、曜日感覚がずれてしまったり、、という事象が起きている。

例えば、、、今日僕は午前11時から鍼治療の予約をしていた。いや、はずだった。。

予約は、人に頼んでやってもらったのだが、なぜか僕は11時からと思い込んでいた。

なぜならば、午前中の鍼治療は大抵の場合は11時だったからだ。

そして、今日。。

11時に鍼灸院に着くために籠り場を出ようと準備が整った時に、ふと自分のスケジュールをPCで確認してみたら。。。

あれ??今日鍼って10時じゃん。。

さらに、前日にお願いしておいた今週水曜日の会食のレストランの予約は、曜日を間違えて今日の夜の予約をお願いしているし。。

これは、、ボケの症状か。。。

こうして、どんどんスケジュールとの距離が遠ざかって行く。。

もはや公衆距離のようだ。。

せめて、、明日の朝8時半過ぎから始まるTOKYO FM「クロノス」の生ゲスト出演の時間だけ間違わないように家を出発することを、、、祈るばかりである。

"Excuse me” と言って、、前に誰もいないなんてこと、、ないようにね。


<参考>東レエンタープライズ株式会社 人材サービスサイト(https://haken.toray-enter.co.jp/teco/detail/id=1283 )
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