加藤ヒロ 公式サイト

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2018.12.15

ボヘミアン・ラプソディ

1ヶ月半から長くても2ヶ月。。。僕が髪を切りにいく時間間隔。

今回は、前回美容室に行ってからほぼ1ヶ月しか経っていないので、僕にしては早いタイミングでの散髪となるが、年内のスケジュールを考えると、今日行っておいた方が良さそうとの判断。

夕方の予約時間から2分遅れで到着。

いつも僕よりも少し年上の優しいお兄さんみたいなKさんがやってくれる。

Kさんは細身で長身で、時々声がひっくり返りそうな喋り方をする。

そして、とてもマニアックな拘りを持っている人だ。

今日もイアモニ(インイアモニター)の話で、「やっぱりイアモニはステージでもキラキラしているイヤホンをしている人がみると、ああ、この人はこれ狙ってるんだとわかるよね。そういうの、大事だよ。」というとてもマニアックな見解を語っていた。

そして、僕がフェイスブックで書く文章は、ビジネスマン的で誰からも校正が入りようのない、あまりにもきちんとしすぎた文章だと言った。もっと、いい加減な文章がちょうどいい、とKさんは言った。

Kさん自身、変わった人だと思う。

Kさんも音楽は大好きだし、自分でも楽器を弾く。だから、余計に色々と話が終わらない。

今日も話していると、僕が夜に話題の映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観に行くという事を伝えたら、「Queenのこと、好きなの?」と尋ねられた。

そういえば、僕はQueenのことを特段よく知っているわけではない。

僕がQueenの存在を強烈に意識したのは、記憶を辿れば2011年頃に放映されていたカップヌードルのCMでフレディ・マーキュリーが歌って踊る映像に出会った時だ。

もちろん、それ以前にもQueenの曲を耳にしたことはあるし、フレディ・マーキュリーだって知らなかったわけじゃない。

でも、あの映像が僕には強烈すぎた。こんなすごい人が本当にいたのかと思った。

そんなカップヌードルのCM映像のイメージだけを持ったまま、映画のタイトルにもなっている「ボヘミアン・ラプソディ」ですらどういう曲かをきちんと認識しないまま映画館に行くには極めて失礼にあたると思い、美容室から籠り場に戻ってすぐに僕はQueenの動画をチェックした。

「ボヘンミアン・ラプソディ」で動画を検索すると、とある映像が映し出される。

どこかのスタジアムに設置されたステージ。

大観衆を前にピアノを弾きながら「ボヘミアン・ラプソディ」を歌い始めるフレディ・マーキュリーの姿がそこにあった。

そして、別の動画も見てみた。

「ボヘミアン・ラプソディ」の曲の途中で曲調が大きく変化して、「ガリレオ!」とメンバーが何度も何度も叫ぶシーンがあるMVだった。

「変わった曲だなあ。歌い初めはすごくいいけど。」

そう思った。


その5時間後、僕は映画館の中の最もいい場所でスクリーンを見つめていた。

ネタバレするとよくないので、詳しくは書かないけど、映画の中で僕が今日籠り場でみた動画と同じシーンが映画のクライマックスのシーンとして映し出された。

本物の動画とそっくりに再現された映画の中のシーンは、ピアノの上に置いてあるビールやペプシのカップの位置まで正確に再現されていた。

僕の胸の中にいる無数の観衆がザワザワを騒ぎ始めていた。

夕方、何気なくみた映像の裏に、、そこに辿り着くまでにこんなドラマがあったのか、と。。

知っていたものの映画のストーリーのエンディングに対して、複雑な思いが交錯した。


映画は素晴らしかった。

僕の拙い映画鑑賞歴の中でも文句なしに上位に入るだけの価値のある映画だった。

僕が日本のニューミュージック音楽を聴いていた学生時代、海の向こうでは、Queenを筆頭に色んなアーティストが全世界を股にかけて躍動していたことを、僕はあまりにも知らなさすぎた。

言われてみれば、僕にとってレッドツェッペリンもジミヘンも、フィルコリンズも、プリンスも、ニルヴァーナも、それこそボンジョヴィやエアロスミスだって、Queenと同じくらいにしか分かっていない。

つまり、聴けば、ああ知ってる、というレベルだ。

フィルコリンズに至っては、トムコリンズと間違えそうになる。

「今日の映画で、自分の音楽が変わるかもね。」

美容室での会話の最後に、Kさんがポツリと呟いた。

Kさんらしい、、とてもマニアックな指摘だった。

僕にはまだまだ知らないことが多すぎることを改めて知らされた夜。

やることは沢山あると思った。

そして、やることがあることは幸せなことだとも思った。

それにしても、「ボヘミアン・ラプソディー」は、素晴らしかった。

少し時間をおいて、もう一度観てみたい作品だ。
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