加藤ヒロ 公式サイト

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2018.12.19

束の間の、、昔めぐり。

大阪にて。広島で過ごした中学時代の同級生との再会。

何度か僕のライブにわざわざ足を運んでくれた際に軽く会話は交わしたけど、じっくりと話すのは卒業以来。

中学卒業以来ということは、、約35年ぶりということ。

一言で35年と言っても、多感な成長期を経て高校・大学を卒業し、社会人として荒波にもまれ、色んな出会いと別れを繰り返し、そして最愛の人生のパートナーと巡り合い、たどり着いた今に至るまでの月日は、僕の記憶の中にある同級生のイメージを180度変えてしまうくらいの可能性を内包している。

実際に彼のケースも、僕が抱く彼の中学時代のイメージを相当程度覆すもので、どちらかと言うと小柄だった彼は、中学卒業後にぐんと身長が伸びたらしく、少なくともその当時のイメージからは想像がつかないくらいに大人になり、年相応に歳をとり、顎にある少しばかりの無精髭が、その逞しさに拍車をかけていた。

酒を飲み交わしながらの昔話。彼とはクラスは違えど同じ野球部だったから、僕の記憶の中では、彼はいつもその体格に比して大きめのグローブでノックを受ける姿が焼き付いている。

彼曰く、当時の僕の印象は、野球とビートルズ。やっぱりそうか。。。当時の僕を知る友人は口を揃えて言う。「野球とビートルズ」。うん、、、響きは悪くないけど。。

そんな昔話に花を咲かせていると、無性に昔を辿ってみたくなった。

翌日の朝、予定通り広島へ。そして、広島駅からローカル電車に乗って中学の頃住んでいた街を訪れる。

子供の頃には無かった道路が作られ、その沿線には郊外型小売店舗が立ち並ぶ。その景色にも随分と慣れたものだ。

それでも一本路地に入れば、昔と変わらない街並みが微かに残っている。

中学校に到着。。。グランド。確かに大人の目線からすれば随分と狭く感じる。

僕が書いた「ポプラと見上げた空」の曲に出てくるポプラの木は、、、残念ながら伐採されてたけど。。

どうせなら、とちょっと遠いけど、通っていた小学校まで歩いてみた。

通学路の途中には、やはり子供の頃には無かった高速道路が走り、その橋桁に沿って新しい道が作られている。そこには田んぼがあった。稲刈りが終わった後の稲の切り株を足で踏むのが好きだったな。

そんな道を進んでいく。ところで、僕が通った小学校は山の中腹にあって、途中からかなりの坂道を登ることになる。

考えてみれば、僕は子供の頃から坂道ばかり登っていたような気がする。

この坂道は、周りの住宅自体はその多くが建て替えられていたけど、道路自体は全くと言っていいほど当時のままだ。

坂道の左側にはひし形の石垣を積み上げた土留めの苔生した高い壁。その苔は、僕が小学校の頃からずっと生き長らえてそこにいるようにさえ感じられる。

それくらい、何も変わっていない。

それにしても、、、この坂道はハードだ。息が上がり、、汗が滲んでくる。

こんな坂道を毎日登って登校していたかと思うと、自分のことながらとても感心する。

今の僕なら、それだけで登校拒否になりそうだ。

坂道を登りきると、眼下に校庭が広がった。

今見ても、立派な校庭だ。

休憩したかったけど、、、ヤバイ。。夕方の仕事の打ち合わせに間に合わない。。

と、そのまま山を下ってまたローカル線に乗り再び広島駅へ。。

ああ、、荷物抱えたままの昔巡りにクタクタ。。

今日は早めに、、おやすみなさい💤💤


写真は、ローカル線の無人駅から見る単線の線路。。

まだこんな風景が残っていることに、ホッとする。



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