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2019.04.08

春の散歩。最有効使用と現実の世界。

最高気温が20度を超えた日曜日の東京。

朝早く目が覚めて、家の中でグダグダしていたらまた眠たくなってきたので1時間ほど二度寝する。。。二度寝。。なんて気持ちがいい響きなんだろう。。。これぞ休日の特権と言っていい。そんな二度寝にGood-byeして朝食を採り、リビングのテラスの扉を開けて外の空気を吸い込む。天気もいいし、桜もまだギリギリ見頃だし、それから、最近運動不足気味だし、、、という事で、一人で散歩に出かけてみることにした。

とりあえずの目的地は、普段歩いていくことのない地下鉄の駅。歩いて20分くらいかかる。車通りのある桜並木の道路を5分ほど歩いてから、左に曲がり閑静な住宅街の中を歩く。早足でどんどん歩いて先に進んでいく。汗ばむほどの陽気とはこの事で、暑くて着ていたスエードの春物の上着を脱いで長袖のトレーナー1枚になってみた。すれ違う人の中にはTシャツ姿の人もいたが、僕にはこれくらいがちょうどいい。

住宅街の車通りのほとんどない小さな交差点を超えた辺り。30メートル先の電柱で匂いを嗅いでいた白い小型犬が振り返って僕をじっと見ている。誰と勘違いしているのかわからないけど、じっと立ったままこっちを見てる。「あ、、加藤ヒロだ。。」と犬は思っている。。。って、そんなわけはない。僕は速度を緩めることなく、その小型犬の脇を通り抜ける。と同時に、犬は人違いに気がついて、再び電柱の匂いを嗅ぐことに夢中になる。

古いマンション、庭に鬱蒼と木が生い茂る一軒家、最近新築されたであろう分譲住宅、テニスコート、トラックが並んで駐車している月極駐車場、雑草の生えた空き地。。。普段歩くことのない住宅街の街並みはとても新鮮に映る。誰がどうやってこんな建物を建てたのか。。なんでこんなデザインなのか。。どうして空き地のまま放置されて誰も建物を建てようとしないのか。。目に映る光景に余計なお世話だと言われかねないような自問自答を繰り返しながら歩いていく。

そうこうしているうちに駅が近づいてきた。駅が近くなると、急に店舗が増えてきた。居酒屋、ラーメン屋、ドラッグストア、銀行、スーパーマーケット、コンビニ、パチンコ店にファーストフードのチェーン店。。土地の分類から言えば、いわゆる商業地域と呼ばれる場所だ。この駅の周りは、住宅地域に比べてより新しい建物と古い建物が奇妙に混在していて、散歩をしていても何故か落ち着かない雰囲気を醸し出している。駅の真上には近代的な高層オフィスビルが建っているのに、そのすぐ脇にかなり古い一軒家が何十件も建っているような場所だ。バス通りには、今にも崩れそうな、、一見すると廃屋と間違えてしまいそうな建物まである。そして、その建物が不動産屋さんだったりする。人に不動産の斡旋をする前に、自分の不動産をちゃんとした方がいいんじゃないか。。。

ところで、不動産の鑑定評価の世界では、「不動産の最有効使用」という考え方がある。不動産の鑑定評価を行う上で、その不動産の効用が最高度に発揮される可能性に最も富む使用方法を前提として鑑定評価を行うという考え方である。ところが、現実の不動産の使用方法は、必ずしも最有効使用によるものではなく、不合理なまたは個人的な事情による使用方法のために十分な効用を発揮していない場合がある、というのが定説らしい。

僕は、駅の近くの建物を最有効使用の原則に照らして眺めてみることにした。バス通りに面した建物は、明らかに容積率を最大限に活用できていない2階建ての古い店舗が多い。ここも、あそこも、そこも、その向こうの建物も。。もう、現実の世界は最有効使用の建物を探し出すのが難しいくらいだ。こんな建物ではなくて、もっと高い建物を建てればいいのに、、と思うが、実際にはそうはいかない。建て替えるにもお金がかかる。建て替え中も住む場所がない。昔、建てた時には許容される容積率はもっと低かった。。今、この状態に至っている様々な事情があるのだ。不動産を保有する方の高齢者比率が上がれば上がるほど、今の自分を取り囲む生活インフラを自ら積極的に変えていこうという考え方の人はむしろ希なんだろうと思う。だから現実の世の中では、短期的な時間軸の中で最有効使用を追求する動きというものは読み取りにくい。

そう、そうやって個別の不動産についての最有効使用を論じたところで空虚な世界を彷徨うだけだ。実際には、色んな不動産が集まって地域というものを形成する。そして、地域はその規模、構成の内容、機能等にわたってその地域の特性を有している。これもまた不動産鑑定の世界の定説だ。僕は、その地域のすべての不動産が最有効使用の状態で存在している姿を思い浮かべてみた。。が、うまく思い浮かべることが出来なかった。。。そこにあるのは、個々の不動産が自らの利益のためだけに他の不動産を押しのけるように競い合って存在する軋轢だらけの世界だけだった。

実際の世界は、自ずから自然の論理でなるようにして成り立っている。それが均衡のとれた現実の世界なのだ。その現実の世界は常に不完全であり、未熟なものだ。だから、もっと良くなる可能性を秘めている。いや、その可能性に溢れている。。。だからこそ、僕たちは夢も希望も追いかけることができるのだ!

なるほど、、そういうことなんだ。。。この街で夢と希望を追いかけることが出来るんだ。。

と、難しいことを考えていたら、その次の駅まで歩いてた。。歩数計は10,000歩を超えてたわ。
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