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2021.02.10

開かずの踏切

2月10日。

なんと2月に入ってから、一度もブログ投稿をしていないではないか。

だからと言って「何かあったのか?」と言う問い合わせもない。

幸せなことに、僕はと言えば、失言でバッシングを受けることもない平凡な日常を送っている。

特段の事情がない限り、自宅と篭り場を往復する日々の繰り返しだ。

特段の事情と言えば、まもなく更新期限を迎える小型船舶免許の更新講習を受けに行ったことくらい。

その途上で、開かずの踏切が多いと有名なエリアで、実際に15分間も踏切で足止めを食らってしまった。

左から来る電車が踏切を通り過ぎて、もうすぐ通過し終わる頃に右から来る電車の矢印が点灯する。

そして、右から来た電車がまた通過し終わるくらいの見事なタイミングで、再び左からの電車の矢印が点灯する。

その繰り返しだ。

不幸なことに、その踏切が駅のすぐ近くにあるために、電車が加速途上であったり、あるいは停車の為に減速状態であったりと、踏切の通過にとても時間を要していたようだ。

通り過ぎていく電車の中は、ちょうど時差出勤ということもあってか、緊急事態宣言中とは思えないほど混雑しているのが見える。

こんな状況の中でも頑張って会社に行っている人は沢山いる。

そんな世の中、お偉い方々の失言問題が話題になっている。

どうやら失言というのは、当初の意図を捻じ曲げるような辻褄合わせの補足説明をするか、それが不可能であれば撤回し謝罪して幕引きを図るというが通例のようだ。

メディアをみる限りそう思わざるを得ない。

「いや〜、すいませんでした。自分の考え方が古くて本当に申し訳ない。それが失言に該当するという意識さえも欠けていた。考え方を根本的に改めて、色んなことを勉強して、二度とこういう考え方に基づく発言がないよう努力していきたい。」

と、おでこをペシンっと叩きながら謝罪のコメントをする人を僕は見たことがない。

一人くらいそういう人がいてもいいのに。

まあ、そういう発言をしたら、場合によってはもっと炎上するんだろうけど。

このご時世、何かトラブルが発生したときのメディア対応について助言するためのプロと呼ばれる人がいる。

政治家や大手企業の謝罪会見の際には、そのようなプロの方からアドバイスを受けることが多いと聞く。

推測ではあるが、プロの方のアドバイスは、依頼主にとって最もダメージが少ない形で鎮静化を図るにはどうすればいいか、という観点からなされるのだろう。

その結果、仮にその場はダメージ少なく幕引きできたとしても、きっと本質的には何も変わっていかないんだろうと思う。

でもそれは、アドバイスする人が悪いわけではない。

世の中の仕組みがそうさせていただけだ。

個人的には、問題発言した人をクビにするとかしないとか、あるいは問題発言をしなきゃいいとか、本質はそういう事ではないんだろうと思う。

一方で、思想の自由、言論の自由もあるから、一定の考えを押し付けることもよくないとも言える。

難しい問題だ。

だけど、一つだけ明らかなのは、何が大切な考え方なのかを議論できる仲間や、自分の考えに対して批判的な意見を述べてくれる人が周りにいなくなることが、とても不幸な環境であるということ。

自分が裸だということに気づかない王様になってはいけない。

また、誰かをそうさせてもいけない。

僕らは、居心地の良さばかりに甘えては生きていてはダメだ、ということを教訓にしなければならない。

開かずの踏切を、これから先もずっとずっと開かずの踏切であり続けさせてはいけない。
2021.01.31

張り替えの時期は過ぎていたようです。

「ツルッツルですね。」

その言葉で確信した。

本来であれば、去年の9月にやっていたはずだった。

というか、やるならその時期にその場所で、と心に決めていたからだ。

一昨年の9月の初旬のこと。

日本最大のストリートフェスとも言われる仙台での「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」のステージを終えた僕たち一行は、その会場の近くにある卓球専門店に駆け込んだ。

その夜に予定していた温泉宿での卓球大会に向けての道具の仕入れのためだ。

そこで僕は生まれて初めてラケットを買い、入門者用のラバーを貼ってもらった。

それから1年。

自分で言うのも何だけど、卓球の腕前はその頃に比べると格段に上達した(と思われる)。

と言うか、その頃の卓球の腕前が下手すぎた、と言う方が正確だろう。

そろそろ入門者用のラバーではなく、もう一段レベルアップした初中級者レベルのラバーに張り替えたいと思っていた。

ラバーが分厚くなれば、その分スピードとスピンは上がるがコントロールが難しくなる。

上等だ。

もっと早いスマッシュを打ち込んでやる。

そんな思いを胸に、9月には再び定禅寺ストリートジャズフェスティバルに出て、ライブの後にその卓球洋品店を訪れてラバーを張り替える目論見だったのだ。

が、、新型コロナの影響でフェスは中止となってしまい、結果的にかれこれ1年半近くもラバーを張り替えることなく同じラバーのままラケットを使い続けている。

張り替えと言えば、ひと昔前なら障子とか、壁紙とかしか思いつかなかった言葉だけど、今や僕の中では張り替えは卓球のラバー以外には何も思いつかない。


よく使うレコーディングスタジオの近くに卓球専門店がある。

また、それとは別に昭和を彷彿とさせる卓球場まである。

だからレコーディングの合間、エンジニアのS君がミックス作業をしている間に安藤さんと二人で抜け出して卓球場にいそいそと出かけて汗を流すことがある。

で、先日のこと。

その卓球用品店を訪れた時の店員の一言が冒頭のセリフ。

使わなくても半年おきには張り替えた方がいいとのこと。

どうも今まで温泉宿に置いてある、もうラバーが半分剥がれた様なラケットで卓球をやっていた僕らとしては、そんな発想は全然なかったですけど。

と言うことで、念願の初中級者用のラバーに張り替え。

使ってみるとスピンがよくかかるし、球の感触も全然違う。

これまた楽しくなりそうだ。

半年後は、もう一段分厚い12mmのサイドテープが貼れるくらいのラバーに張り替えできる様に頑張ろう。

もちろん、仙台でね。

2021.01.23

宜しくお願いしますわ!

とうとうラジオの収録もリモートへと変更された。

去年の春と夏に続いて、3度目のリモート収録シーズンにインした事になる。

もしかしたら、春までスタジオ収録は無理かも。。。

思い返せば、去年の春はやったことのないリモート収録に、バタバタと苦労して、あれこれ機材を買い揃えてみたりして。。。

でも、僕は元々デモ音源を録るだけの機材を一通り揃えていたので、何も買い足す必要が無かったことに後になって気づく。

まあ、その頃に買い揃えていた機材は、ラジオ収録というよりは自室から配信をやるためだったからね。

たどり着いた結論は、iphoneで動画撮るのが一番手軽で画質・音質も良かったってこと。

無駄遣いが無かった訳じゃないけど、それなりに勉強にはなった。

世の中便利になって、「ずっとリモート収録でもいいんじゃないの?」なんて思った時期もあったけど、やっぱりスタジオで顔を合わせてやる掛け合いは、リモートだと中々上手くいかない。

通信速度の問題とかじゃない。

そう、相手のとの阿吽の呼吸とか、共有する空気感みたいなもの。

仕事でも、大事な会議だとそういうのって少なからずあるような気がする。

弾き語りだって、スタジオで生でやる方が全然楽しい。

ハルキ君的にはスタジオには魔物が棲んでいるらしいけど。

あーあ、これでまたしばらく味仙の台湾ラーメンも、街角の味噌煮込みうどんも、コメダのコーヒーもお預けだ。

あ、コメダのコーヒーは飲めるな。。でも、なんか違うんだよな。

名古屋じゃなきゃダメな気がする。

そう、その場所じゃなきゃダメってこと、あるよね。

だから早くスタジオ収録が復活されますように。

ずっと熊を背負ってやるのも大変だから。

宜しくお願いしますわ。


2021.01.15

おやおや。。

おやおや、なんとまあ、気がつけばもう2021年に突入して2週間が経過しているではないか。

年明け早々の9日(土)に、ほぼ1年ぶりとなるライブハウスでのライブをやったので、その準備もあって知らない間に時間が経っていたということもあるが、ライブが終わってもう1週間。

なんて時間の早いこと。

緊急事態宣言が出たものの、お陰様でライブ自体は急遽全て配信に切り替えて無事に終了。

でも、2月に企画していたバースデーライブは、どうやらこの調子だと難しそう、ということで早々に中止を決定。

お客さんの前で生でやるライブは、どうやら春以降になりそう。。。

そうこうしているうちに、僕の3枚目のフルアルバムのリリース時期が来てしまう感じなので、次のライブはリリースライブになるかもね。

今年は豪雪被害も出てるし、新型コロナもあるし、世界情勢は不安定だし、暗いニュースばかりだけど、春になればちょっとは光が見えるのかなあ。

去年は春が来たタイミングで、世の中が一気に暗くなったから、せめて今年は今よりも明るくなる春であってほしい。

そんな願いを込めながら、春の曲、書いてます。

写真は、先日のニューイヤーライブの一コマ。

みんな、早く会えるといいね。
2021.01.02

2021年 新年のご挨拶

皆さま、

新年明けましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞ宜しくお願い致します。

2020年はまさに過去に経験したことのない年となってしまいました。私も観客を動員してのライブ活動が制限される中で、主にアルバムリリースに向けて楽曲制作に勤しんだ年となりました。様々な活動の自粛が続く中で、役者としてのお仕事を頂くことができ、夏には積水ハウス「みんなの暮らし Seven Stories」のWeb動画(https://www.sekisuihouse.co.jp/kodate/yumekojo/kanto/)
にアートギャラリーオーナー役の柴門さんとして出演させて頂きました(映るのちょこっとですが)。

また、映画「渋谷行進曲」にも出演させて頂くと同時に、この映画ために書き下ろした「赤い薔薇」を主題歌として採用頂きました。残念ながら映画の公開イベントは年末の1回のみの開催となり、残りの上映会は春以降に延期となってしまいましたので、改めて皆さまには告知をさせて頂ければ幸いです。

https://youtu.be/VcrNDWdjrB4 ←「渋谷行進曲」予告PR動画です

まだまだ元の生活に戻れる日は先になりそうですが、私も許される範囲で少しずつライブ活動を再開していければと思っています。そこで、『加藤ヒロ New Year Live スタートライン 2021』と題しまして、新年早々東京・下北沢「風知空知」にてライブを開催させて頂きます。会場は新型コロナの感染対策を十分に取らせて頂いた上で、収容人数を制限させて頂きます(当日の会場チケットはまだ若干名余っておりますが、どうぞご無理されませぬようお願い致します)。また、会場にお越しになれない方のために、生配信でもライブをお届け致します。セットリストには、渋谷行進曲の主題歌『赤い薔薇』をはじめ、ステイホーム期間中に制作した曲など、新旧の曲を織り交ぜてお届けする予定です。

新年最初の3連休の初日、1月9日(土)の夕方です。配信チケットをお買い上げ頂いた方には、一定期間アーカイブでもご覧頂けます。

どうぞ宜しくお願い致します。

それでは、皆さまにとって2021年が良い年になりますように。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

2021年元旦 
加藤ヒロ

2020.12.31

変わるもの、変わらないもの。さらば、2020年!

いつもよりもやけに静まり返った住宅街。

車をコインパーキングに停め、足早に篭り場へと向かう。

昨日までの曇り空とは打って変わって朝から青空が広がる。

時折吹き付ける風はとても冷たく、そして乾いている。

見事なまでの、そしてこれ以上ない典型的な冬晴れの朝だ。

大晦日の今日、世界は2020年の終わるを迎える。

明日になれば2021年となり、あの想像だにしなかった新型コロナウイルスのパンデミックに振り回された年が終わる。

終わると言っても西暦の数字が一つ増えるだけで、一体何が変わるというのだろう。

2021年の元旦を迎えたとしても、きっと近所のパン屋さんはパン屋のままで、時々見かける野良猫は野良猫のままだ。

新型コロナウイルスは依然として世の中に蔓延してその猛威を振るい、内戦で多くの民衆を傷つけている国では砲弾が飛び交うかもしれない。

森林は消失を継続し、二酸化炭素は膨張を止めない。

そして、きっと、、、僕も僕のままだ。

人目を気にしてばかりで、プライドが高く、そして誰よりも傷つくことを恐れる自分勝手な、、僕のままだ。

ギスギスした世界。

SNSで誹謗中傷が飛び交う世界。

勝者が更なる勝者を生み出す仕組みが完成間近となった高度資本主義経済の世界。

何も変わらない。

そう、何も。

変わるものがあるとするならば、年が変わる節目に新たな心持ちでスタートを切るという気持ちになることだ。

昔から繰り返されたきたしきたり。

年忘れの宴を経て、新年の抱負に人々はその希望を託す。

もっともっと人に優しくなることだったり、誰かを愛することの大切さだったり。

ただただ、そのことだけを願う。

色んな人がいる。

色んな考え方がある。

正解なんてない。

2020年12月21日、土の時代は終わり、風の時代が始まったと聞く。

大きく片方に振り切られた振り子は、そろそろ振り戻しの時期を迎えるのかもしれない。

2021年は、僕個人にとっても幾つかの変化をもたらす年になることを予感する。

きっと節目の年になるだろう。

何も変わらない世界でも、一人ひとりは変われるはずだ。

お世話になった全ての方々へ。

2020年、ありがとうございました。

そして、来年も宜しくお願いします。

加藤ヒロ
2020.12.20

安心してください、やってますよ!

ガランとした木造建の大きな家屋。

天井は一般的な住居に比べて格段に高い。

壁の両側にある窓は、換気のために常に開け放たれ、冬至を目前にした乾いた冬の風が容赦なく室内に吹き込んでくる。

その年季の入った板張りの床の上に、頬を伝った汗が滴り落ちる。

シャツは汗まみれになり、まるで真夏の灼熱の太陽の下で自転車を立ち漕ぎしている時のようにぴっちりと背中に張り付く。

今日もまた、誰もいない卓球場で死闘を繰り広げてしまった。

プロデューサーの安藤さんと僕の中で、最近最も盛り上がっているイベントだ。

50歳を超えたおっさん二人が2時間、まともな休憩をほぼ取ることなく卓球に打ち込む姿は、どうやら側から見ればかなり奇妙に映るらしい。

初めての卓球場では、そのお店の人から「あなた達、大丈夫ですか?ちゃんと休憩してくださいね。」と心配されることもある。

尤も音楽プロデューサーとシンガーソングライターを夫々肩書きにもつ二人が、音楽イベント以外でここまで盛り上がっていいのか、という本質的な問題がないわけではないが、このご時世、人様にご迷惑をおかけすることなく楽しめる遊びとして、卓球はその要件を満たすことは間違いない。

まさか自分がここまで卓球に夢中になるとは思いもしなかった。

始まりは去年の9月。

仙台の定禅寺ジャズストリートライブの時に、たまたま僕が出演したステージのすぐ近くに卓球用品の専門店があって、そこでマイラケットを買い、ラバーを貼ってもらったのがきっかけだ。

そのまま卓球台のある温泉宿に直行し、卓球に没頭した夜が今となっては随分昔のように思える。

それ以来、1〜2ヶ月に一度のペースで安藤さんとラケットを交えている。

最初は勝負にならないくらい下手くそだったので、去年の11月に当時母校で卓球の先生をしていた同級生に習いに行ったことがある。

僕らが在校生だった頃の卓球場は、旧講堂と呼ばれる場所にあったが、どうやら今は変わってしまったらしい。

どこに行っていいかわからないので、正門付近で待っていると、ニコニコしながら体格のいい人がやってきた。

「お疲れ様です!」

ちょうど引退を表明したばかりの元広島カープの岩ちゃんだ。

その日、僕は同級生から卓球の基礎をみっちりと叩き込まれたけど、結局岩ちゃんには勝てなかった。

それから1年。

怒られるかもしれないが、この1年間のラーニングカーブの角度では、もしかしたら歌よりもギターよりも卓球の方が上かもしれない。

それくらい、フォアのスマッシュの精度は上がった。

最近はバックハンドに磨きをかけている。

いや、磨きをかける前に、ちゃんとしたバックハンドの打ち方をもう一度同級生に習いに行きたいところだが、新型コロナの影響もあり今年は広島には帰れそうにない。

コロナが落ち着いたら、真っ先に習いに行くことにしよう。

そして、最近卓球の次に盛り上がってるのは、、、競馬かな。。

おいおい、音楽はどうした⁉︎

・・・。

音楽?

「安心してください。やってますよ!」
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