加藤ヒロ 公式サイト

BLOG

2019.02.13

とある小さな街の夜

僕にとって大阪は住んでいる街ではないし、そんなに頻繁に夜の街を出歩く機会もある訳じゃない。

だから、自ずと出かけるお店は限られてくる。

G’s Barは、その限られたお店の一つ。

大阪の中心地から少し離れた郊外の小さな街の駅前にある。

そのG’s Barにて。

iQOSの見えない煙の匂いが漂うカウンターの一番奥の席に二人で並んで同時にビールグラスを傾ける。

少しタイミングをずらしてビールグラスを置いたシゲさんは、遠くを見る目で呟いた。

「最近、ちょっと凹んでんだよなあ。」

シゲさんがそういう弱音を吐くのは珍しい。

シゲさんは、僕がまだ学生だった20歳の頃からずっと可愛がってくれている8つ上の会計士の先輩だ。

僕が専門学校で会計士の勉強をしていた頃、会計士として監査法人で働きながらアルバイトで簿記の講師として授業を担当していたのがシゲさんだった。

僕が会計士試験に合格してからは、当時バブル絶頂期だったこともあり、シゲさんとは毎晩のように飲み歩いた。

僕にとってお酒の飲み方を教えてくれたのは、この頃シゲさんであるが、そのお酒の飲み方が一般常識から実にかけ離れていることに気づいたのは、ずいぶんと後になってからのことだ。

今では、昔に比べれば二人とも大人しくなった。

そう、バブル時代は永遠に幻想のまま記憶に残っていればそれでいい。

そんな昔から今日までの日々を振り返るようにシゲさんが言った。

「20年くらいお世話になっているクライアントのオーナーがどうやら重い病気にかかったらしいんだ。」

シゲさんが少しうつむくような姿勢で僕の方をちらりと見た。

痩せこけた頬とその殆んどが白くなった短髪のシゲさんの横顔が目に映る。

そうだよなあ。僕も来週で50歳になるんだから、シゲさんだって歳を取るよなあ。

「癌ですか?」

「そうらしい。もう80歳も超えてるからなあ。あの人には色んなことを教えてもらったなあ。」

時の流れは、空気と同じくらい当たり前のような存在で僕たちを包み込んで、その流れに乗って気づかないうちに人は歳をとる。

そして、何かをきっかけにしてその時の流れの速さに改めて気づかされる。

、、というのがシゲさんの心境なんだろう。

シゲさんと僕。。おっさん二人が並ぶカウンター。

その隣にはiQOSをふかす常連のおっさん連中が数人で騒いでいる。

それにチラリと目をやるシゲさん。

こうして騒いで笑って酒飲んでいるのが、なんだかんだと言って、楽しんだろうな。

シゲさんの横顔がそう語っていた夜。

そんな、ありふれた、、とある大阪の小さな街の夜。

「時代」という言葉が使われなくなって、、久しい夜のことでした。
2019.02.12

みかん製のオレンジ

三連休の真ん中の日曜日。

先週に引き続き朝から晩まで自宅のソファーに座りっぱなしの、ぐうたらな一日を過ごす。

テレビは朝から情報番組の連続。

でも、やっている内容がどれもこれも同じネタの繰り返し。。

まあ、しょうがないか。

これだけのネット社会。なんらかの事象が起きたことは誰しもが知っているから、番組としても触れない訳にはいかないだろうし。。

それにしても、色んなニュースがある中で、個人的にはフォーカスのポイントがズレてしまっているような気がする内容も多いなあ、と感じる時がある。

具体的にどれ、とは言わないけど、、何ていうんだろう、、問題の本質的な所在はさておき、どうも枝葉で起きていることについて報道されているというか。。

これこそ「枝葉のルールの是非を言い争っている」って状況。。そう、つまりは「みかん製のオレンジ」ですよ。

そうだなあ、、例えば全然違う話だけど、食べ過ぎ飲み過ぎで、とある市販の胃腸薬を飲んだけど全然効かないが故に会社に行けず休んでしまった、、というストーリーがあったとすれば、誰が悪いのか!という議論の中で、効かない胃腸薬が一番の悪者としてフォーカスされてしまっているような感じかな。

誰も飲み過ぎ食べ過ぎの張本人の責任については、あまり触れることなく。。。飲み過ぎ食べ過ぎは所与だと。。

まあ、、僕は評論家じゃないから、それ以上は言えないけどね。

ところで、そういう情報番組で色んなニュースを嫌という程繰り返し目にした三連休明けの今日、続々とショッキングなニュースが。。

女子テニスの大坂選手がコーチとの関係を解消したり、(僕は存じ上げなかったけど)通称青汁王子と呼ばれている方が脱税容疑で逮捕されたり、極め付きは水泳の池江選手が白血病だなんて。。

神様はなんという運命を彼女に背負わせるのだろうと。。

でも、世の中には病氣と戦っている人は池江選手だけでなく、たくさんいる訳で。。

だからこそ、やっぱり池江選手には本当に病氣に打ち勝って欲しいと思う。

僕も、応援したい気持ちになる。

何ができるんだろう、、と、、、考えさせられる。。。

頑張れ!池江選手。
2019.02.10

ちょっくら掘りに。。

例えば、宝石。

欲しいと思えば、お洒落な街のオシャレな宝石店に行けば簡単に手に入る。

欲しい宝石の種類も、グレードも、自分の欲しい宝石のデザイン・品質・グレード感、値札に書かれた数字、そして自分の懐具合に照らして許容されるべき予算感、そうした様々な複数の要素が最も均衡するポイント付近に位置する品物を見定めた上で購入する。

それが賢い買い物だ。

そして、僕はずっと欲しいものをそうやって買って来た。いや、正確に言えば、買うことによって手にしてきた。

さらに言えば、そういう欲求を満たしてくれるだけのあらゆる選択オプションを提供してくれる沢山の宝石店が、東京だけでも数え切れないくらい存在している。

だからこそ、僕たちは賢い買い物を不自由なくすることができる。

実に恵まれた世界だ。

今やモノに対する嗜好は国境を越え、海外のものであっても現地に行かなくても買うことさえできる。

先進国を中心としてグローバルに発展してきた高度な経済社会の賜物だ。

素晴らしい。

本当に素晴らしい時代になった。

ところが、どうだろう。

ひとたび自分の欲しい宝石のデザインや、グレードや、品質といったものが、お店で売られているものではなく、自分だけのオリジナルのモノを求めるとうになったらどうだろう。

欲しいモノの定義が変わったら、という仮説だ。

日本中、いや世界中の宝石店を回っても、自分だけのオリジナルの宝石なんて見つからない。

世界で一つしかない宝石だとしても、それが自分の手によって作り出されたものでなければ満足出来ないとすれば、、、だ。

解決する方法はただ一つ。。

自分で作るしかない。

自分で作るとなれば、分業化が進んだ現代社会では、卸売業者から宝石の原石を買い付けるところから始めるのが妥当だろう。

それが合理的なやり方だ。

ところが、オリジナルの定義を、自分が発掘してきた原石から作ったもの、という風に捉えたとすればどうだろう。

そうなれば、もう自分で鉱山に行って、自分で原石を掘り当てるしかない。

そして、自分でデザインし、加工し、最終製品に仕上げるのだ。

実際には、鉱山の世界では採掘権とか、そういう権利がなければ原石を自分で掘り当てることさえ出来ないかもしれない。

何かと厄介な世界だ。


さて、この話を音楽に当てはめてみたらどうだろう。

歌いたい曲は、カラオケボックスに行けば、何万という曲のリストの中から選ぶことができる。

お金さえあれば、際限なく、何曲でもどんなジャンルの曲でも、好きなだけ歌うことができる。

でも、歌いたい曲が自分だけのオリジナル曲だとすれば、、、。

そう、自分で曲を作るしかないのだ。

僕が曲を書き始めた当初は、身の回りにある、直ぐでにも手に入る素材を使えば、ある程度欲しいものができた。

簡単なアクセサリーくらい、誰にでもその気になれば作ることができる。

でも、それを人に売ることは出来ない。と、いうよりも買ってくれる人なんて中々いない。

そして、自分が欲しいと思う曲が、宝石で言えば、サアイアとかダイアモンドとか、誰もが羨むくらいのものになればなるほど、自分の身の回りにあるものを使って間に合わせで作ることなんて不可能になる。

だから、そんな時はやはり自分の足で鉱山に原石を掘りに行かなくてはならないのだ。

去年、「In the Breeze」のアルバムを作っている途中で、僕は原石を掘りに行く旅に出た。

まずは、身近な鉱山の浅い場所から掘ってみた。

決して珍しい原石ではないけど、掘り当てた石を周りの人の力を借りながら、加工して磨き上げ、一つの曲へと仕上げた。

それが、「いつか笑えるよ」という曲だった。


さて、今年に入ってからの話。

どうやら僕はもっと遠い、いや少し掘り当てるのに時間を要するかも知れない鉱山に、新しい原石を探しに行く旅に出なければならいみたいだ。

今の自分の持ち合わせでは、決して作ることの出来ない曲が目の前にあって、それを完成させるためには、新しい原石を採掘する必要がある。

それくらい、今までの自分では書けない歌詞が当てはまる曲になりそうだし、どうせならそれに挑戦してみたいと思う。

と、いうことで、ちょっくら石を掘りに行ってきますわ。

どこに埋まっているか、本当に掘り当てられるのか、、、わからないけど。

そして、いつ、帰って来れるかもわからない。

な〜んて、やはり便利な世界。

山はしょっちゅう帰って来れる場所みたいですわ!
2019.02.09

名古屋進出!

春節を迎えて一段と皇居近辺をはじめ地下鉄の中までも海外からの観光客が増えた。

銀座あたりはもう国際都市を思わせるくらい。

訪日外国人の推移を見ると、2017年には28.7百万人となり、この水準はわずか4年前の2014年のほぼ倍に相当する数字。

2018年はさらに増加し、今後も訪日外国人数は増えると予想されている。

加えて、世界の中でも外国からの観光客数が多い国として上位にランクされているという日本も立派な観光大国の仲間入りか。

特に、ある調査によれば日本はリピートの訪日観光客比率がとても高く、訪日外国人のアンケートでも満足と回答する比率がとても高いとか。

元々、僕たち日本人は日本は経済大国として世界でもとても知られた存在だと勝手に思い込んでいる節があるが、実は海外からみえばまだまだ日本は未知の国であるに違いない。

僕もニューヨークに行った時、意外と世界地図の中で日本がどこかと正確に答えられる人が少なかったりしたことに驚いた記憶があるが、海外からみれば所詮はそんなもの。

僕だって、同時はミャンマーってどこ?って聞かれても多分正確に答えられなかったと思うから人の事は言えない。

そういう極東の小さな国にこぞって海外から人が来るというのは、SNSの発達が果たしている役割はとても大きいと思うし、日本人としても本当に感謝しないといけない事なんだろうと思う。

インバウンドの経済効果は、もはや日本の経済の柱となりつつあるとってもいいかも知れないし、これからもっとリピート訪日客が増えれば増えるほど、その効果は地方へと波及していくであろう。

受け入れる側も、考え方を変えていかなければならない時代がもう来ている気がする。

日本人もつい30〜40年前は海外旅行は手軽に誰でも行けるものではなかった時代があって、その時代に欧州のとある国に旅行に行った人が、「レストランで食事をしているだけで、周りから東洋人がいるという目でジロジロを見られた。」と語っていたのが懐かしい。

そんな時代から、バブル景気と円高の恩恵もあって、沢山の観光客が欧米を中心に色んな国を訪れることが当たり前になった。

我々日本人にもそんな時代があったということだ。


さて、僕も昔は少なくとも2ヶ月に一度は海外出張に行ってパスポートが色んな国のスタンプだらけになっていた。

でも、最近はといえばめっきり海外に行かなくなってしまったから、パスポートはそれはもう綺麗なままだ。

海外に行けないなら、せめて、、と言うわけではないが、去年の秋くらいから国内の地方にいく機会が増えた。

それに乗じて、、という訳ではないが、いよいよ僕も大阪、広島に次いで名古屋に進出することが決定!

まずは第一弾として、公式サイトのNEWSに記載の通り、来週バレンタインの日に名古屋のZIP FMの番組に生ゲスト出演させてもらいます!

実はZIP FMでは去年の秋頃から僕の楽曲「いつか笑えるよ」がオンエアされていて、なんとチャートインまでされちゃったりして。。

年末のチャートでは、あのDA PUMP「U.S.A.」に後一歩まで迫るところまで行った時は、思わず「打倒!U.S.A.!」なんて心の中で叫んだりして。。

なんて、、、無理に決まってるし。。

案の定、消えちゃいましたよ。。チャートから。。早々に。

でも、来週のゲストに僕の名前、載せていただいてます!

https://zip-fm.co.jp/info/guest/index.asp?DispDate=2019/02/09

ありがとうございます!

それでは、名古屋に行ってきます!
2019.02.06

初めてのネイル

髪が鬱陶しいくらいに伸びてきたので、いつもの美容室に行く。

そして、いつものようにKさんが笑顔で出迎えてくれる。

「こんにちは〜。」といつものひっくり返りそうな優しい声。

この日は、前からKさんと約束していたネイルをやってもらう予定。

いつもより20分くらい長くかかるから、と言われていた。

ネイルと言っても、目的はギターを弾くためのネイルコーティングのこと。

僕は爪が薄くて弱いので、指でストロークすると知らない間に人差し指の爪が見事に削れていたことがあって、それ以来爪でストロークはなるべくしないようにしている。

でも、ピックを使わないで押尾コータローさんのように手でバンバン弾いてみたくてKさんに話をしたら、「今度、僕がやってあげるよ。」と優しいお言葉が。

で、この日、髪を切る前に右手の親指と人差し指と中指の爪にネイルを塗ってもらう。

塗ってもらってネイルを硬化させるために、紫外線を当てる。

その紫外線は、とても小さな懐中電灯のようなライトを使って塗った部分を照らす。

「一つの指に3分くらいかな。」とKさん。

僕が指先に紫外線を照射している間、Kさんは髪を切る。

「もうそろそろいいですかね?」と、Kさんにチェックしてもらうも、「うーん、まだかな。」とKさん。

「もう5分くら経ってますけどね。」

「もっとライトを近づけた方がいいよ。熱を感じるくらい。」

「え?どんなに近づけても熱なんて感じないですけど。。」

さらに10分経っても、いっこうに固まらないネイルに、Kさんも首をかしげる。

3回くらい上塗りしたいのに、最初に塗ったやつが乾かないから、どうしようもない。

スタックだ。。

「電池かな。。」とKさん、ライトの電池を交換する。

すると、それまでの10倍くらいの紫外線が照射されるじゃあありませんが。。

Kさん、そうですよ。電池でしたよ。全然違いますよ。交換前の紫外線、、消えそうな虫の音みたいに弱々しかったですよ。

で、結構な時間をかけてなんとか上塗りしてはライト照射、また上塗りしてはライト照射を繰り返して、、ようやくネイルの硬化が完了。

早速帰ってギターを爪でストローク。

うん、痛くない。これは、いい。。


翌日、心なしかネイルが浮いてきて、触っているとボロボロとネイルが剥がれていく。

その10分後には3本ともネイル、、剥がれちゃった。。

やっぱ、電池交換前の紫外線かな。。原因は。

Kさんに伝えると、、「来週、リベンジさせて。」と。。

はい、またお願いします。。

でも、やっぱりストロークはピックだな。。

押尾コータローさん的なストロークは、、僕には無理でした。。。
2019.02.05

バーニー・ウイリアムス

日曜日。。

窓から柔らかい冬の日差しが差し込む中、1日中ソファーに座って過ごす。

テレビを見たり、ipadで遊んだり、ストラトを手にアンプに接続しないギターを弾いたり、本を読んだり、、そして気づかないうちに寝てたり。。

僕がそんな風に1日中家の中で過ごすことは稀だ。

年に数回しかない。

そんな数回の中の1回がこの前の日曜日だった。

テレビのNHKでは、2003年にアメリカのメジャーリーグに渡った松井秀喜のドキュメンタリー番組をやっていた。

その頃のヤンキースのメンバーは、僕がまだニューヨークに居て毎晩のようにテレビでヤンキースを応援していた頃の主力選手が残っていて、松井選手と一緒に地区シリーズを戦う映像はとても懐かしい。

監督のジョー・トーレに主力選手ではデレク・ジーター、バーニー・ウイリアムス、ホルヘ・ポサダ、デービッド・ウェルズ、、そして、僕がニューヨークにいた頃にはまだヤンキースにいなかったロジャー・クレメンス。。。

まあ、この面々を見れば、当時のヤンキースは強くないわけがない。

昔を思い出させてくれる映像がテレビの画面でしばし流れる。。

ところで、僕が音楽を始めることとなった背景には、実は様々な要因が存在しているのだと自分では思っている。

もっとも一番影響が大きかったのは、憧れていた秦基博さんのように歌いたい、と思ったことことだが、実は上述のヤンキースの選手のキャリアも僕の音楽人生に少しだけ影響している。

それは、2003年当時ヤンキースの4番を打っていたバーニー・ウイリアムス。

僕が彼をテレビで初めてみたとき、彼は1番打者で、長い足とスピード感あふれるプレー、そして体のバネに持ち前のパワーを武器にレギュラーの座を掴もうとしていた頃だった。

当時の専門家に言わせれば、バーニーは足の速さもパワーもメジャーにしては中途半端、という評価だったらしいが、全盛期には立派な成績を収め、ヤンキースの歴代の名プレーヤーの仲間入りをして引退した。

引退後には、彼がつけていた背番号51は永久欠番にもなった。

僕も意外だったけど、バーニーは僕と同い年(正確にはバーニーとは日本でいう同じ学年)。

まだ僕が音楽を始める前のこと。

なぜか日本のテレビで、バーニー・ウイリアムスが野球選手を引退した後にミュージシャンとして活躍している、というニュースを見たのだ。

その頃は、「へ〜、バーニー・ウイリアムスってやるなあ。でも、野球選手の後はミュージシャンって、、そんな生き方もあるんだなあ。。」と感心したのを今でも覚えている。

その数年後に、僕が音楽を始めてのめり込んで行く過程で、バーニー・ウイリアムスの存在がどこかで脳裏をかすめたのは確かだ。

「バーニーだってやっているし。ミュージシャン。」

月日は流れ、一応僕もミュージシャンとして名乗るようになった。

バーニーと同じだ、、と思っていたけど、、なんとバーニー・ウイリアムスは、子供の頃からクラシックギターを弾き、現役時代の2003年、、奇しくも松井秀喜が入団した年の夏にメジャーレーベルからアルバムをリリースしている超実力者だった。。。。

すげえ。。

レベルが違った。。

バーニー先生、ごめんね。

僕と一緒にして。。
2019.02.03

ライブ観戦続き。。

しばらく連絡がない人に連絡をすると、結構な確率で「すいません。インフルエンザで自宅療養しておりました。」という返信が。。

そして、しばらくブログの更新がないと、「インフルエンザで自宅療養しておりました。」という更新とともに復活宣言されるブログも。

そして僕も、、しばらく更新がなく、、。。

でも、はい、大丈夫です。インフルエンザではありません!

ただの怠け者でした。。

金曜日の夜は、渋谷へ斎藤誠さんのライブへ。

正直言って斎藤誠さんのことは詳しく存じあげなかったのですが、、、いやあ、すごい人でした。

Martin Club Japanの動画等でマーチンの色んなギターを試奏されているお方ではありませんか。

そして、ご自身ソロで長年に渡りご活躍されている一方で、サザンオールスターズのギターサポートメンバーとしてもご活躍で、大晦日の紅白歌合戦にも出演されていたそうで。

金曜日は、そんなお方のアコースティックなライブ音源をそのままレコーディングしてしまおう、という企画。

奏でるギターの音やコード進行、歌声、全てが独特の世界観があって、2時間半たっぷりと浸らせていただきました。

そして、演者としても沢山勉強になりました。

写真では分かりづらいけど、マーチンのギターが10種類以上ずらりとステージに並ぶ中、1曲ごとにギターを取り替えてはチューニングしながらのまったりとしたライブ。

楽しかった。

僕はどちらかと言えばギブソン派なので、マーチンのギターは殆ど弾く機会がないんだけど、やっぱりマーチンのギターもいいなあ。。

欲しくなっちゃった。

そして、土曜日の夜は僕のボーカルの師匠のTokyo Funky Dollsのライブへ。

久しぶりにステージの近くで観れて楽しかった。

さらに月曜日には、僕のライブでサックスのサポートしてくれた寺地美穂さんが所属するサックスユニット「Sax Triplets」のオリジナルアルバムリリースライブに行ってきます。

色んな人のライブは本当に勉強になるし、何よりも曲作りでどことなく自分の殻の窮屈さを感じ始めている僕にとっては、新しいヒントを探す冒険でもあります。。

ライブ観戦が続きます。

それでは、インフルエンザや風邪にはお気をつけて。

僕もだけど。



^
TOP