加藤ヒロ 公式サイト

BLOG

2018.04.30

畑仕事。。

目が覚める。。

つい数時間前まで出張先の空港に到着してホテルを探して、やっと目的地であるホテルにたどり着いたばかりなのに。。

出張先の国の名前は、、、ああ、、思い出せない。。

到着してチェックインできないまま彷徨った街。。

やっと見つけたホテルで、チェックイン後にすぐに飲まされたウォッカに、そのまま気を失ったか。。。

朝、、目が覚めたのはいいが、、ここは、どこだ。。

中東とウクライナとかカザフスタンの近くだっけ。。

確か、、国の名前は、、、アリ、、なんだっけ。。ああ、、思い出せない。。

アリ、、アリ・ハリル。。

いやいや、、いくら解任騒動があったとしても、、、そんな名前の国はないはず。。


時差は。。。日本との時差は。。そもそも、、今、、何時だ、、?

ああ、、頭がいたいのと、、睡眠不足で、、何もかもがメチャクチャだ。。

そういえば、、今回の出張はクライアントの営業マンと一緒のはず。。

僕は、一体、、どこにいるのか。。

部屋中に目を凝らす。。

それでも一切時計の時刻が目に入ってこない。。

目を擦っても擦っても、、、今、何時か、、把握することができない。。。

次の瞬間、、、朝の朝食を済ませた僕は、今日の現場へと出発する集合場所に。。

気がつけば、、クライアントの超お偉いさんを前に、少数メンバーによる会議の真っ最中。。。

超お偉いさんの質問に、、訳が分からず答えられない僕。。

隣にいるちょっとだけ優秀な若手のバンカーが、解決策を模索してなんとかその場をやり過ごす。。

「こういう問題は、、やっぱり金融出身の人間しかわからないですよね〜。。」とお茶を濁す僕。。

「そりゃ、そうですよね〜。」と合わせるクライアントの中堅の事務局部隊の人たち。。

ああ、、、なんてことだ。。。

みっともない。

昨日の重いコンダラがもたらした肉体的な疲労は、悪夢という形で僕に影を落とした。。。

これ以外の夢にも、、似たような後味の悪い夢を覚えている限り3回は見た。。。。




リアルな朝に目を覚ましたのは7時。。

床に着いたのが9時半だったから、、睡眠時間は十分のはずだ。。

でも、、夢の中で何度も目を覚ました僕は、、、なんとなく眠れた気がしない。。

体は、、重い。。

筋肉痛が出てくれれればまだマシだが、、、まだ筋肉痛に発展する前の、、、筋肉痛の元が体中に蓄積し、筋肉痛という症状を発症させる前の極めて不快な疲労感に体はまだ包まれていた。。。




それにも負けず、、朝の散歩を済まし、朝食を終えてから野菜の苗の調達に出かける。。

毎年お世話になっている農園だ。。

帰ってきてから昼食もとらないまま畑仕事へ。。。

今日もまた、雄のキジの雄叫びは、、絶好調だ。

作業をしているうちに、肥料が切れているのに気づく。。

で、近くのホームセンターに買い出しに。。

有機苦土石灰を撒き、仮の畝立てを行い、そこに堆肥と肥料と鶏糞を散布して、自慢の小型自走式トラクターで畑を耕す。。

夕方5時を過ぎた。。

キジが本日最後の雄叫びをあげたところで、僕も作業終了。


いやあ、今日も働いた。。

こんなに働き者は、ちょっとした村の集落の若手ホープNo.1になれるぞ。。



ヘトヘトになった僕は、ギターさえ弾くことはできないくらい、腕はパンパンだ。。

もう、、弦を押さえても、ピックで爪弾くことなんて出来そうもない。。

ああ、、、明日は東京へと戻る。。

できるなら、、すっとここでこうして暮らしたいものだ。。
2018.04.29

山小屋にて

午前7時前に自宅を出発し、山小屋へ向かう。

途中で渋滞に巻き込まれたものの、思ったより早く目的地に到着することができた。

目的地に近づく道中、いつもなら4月中はまだ冬と春の間を彷徨う山の天気も、今年はフロントガラスから目に飛び込んでくる新緑の風景に、例年よりも10日ほど早く春が訪れたように思えた。

半年ぶりに訪れた山小屋は、一つの冬を越す間に部屋の中と庭で、虫や植物たちが様々なドラマを繰り広げている。

玄関の扉を開けて中に入ると、部屋の中は虫たちの残骸がそこら中に落ちている。

いつもの光景だ。

まるで昆虫界の天下分け目の決戦でも行われたかのようだ。

昆虫の落武者たちは、決戦で傷つき、力尽きて、最期は床にその亡骸を横たえる。

そして、庭はといえば、雪が沢山降った年は、敷地内には朽ち果てた白樺の枝が散乱していたり、雪の重さに耐えきれなくなった家屋の付属品やら何やらがそこら中に散らばっているのだが、、、

今年は雪が殆ど積もらなかったせいか、積雪による被害はパッと見た感じ見当たらない。

犬の遊び場として作られた敷地内の芝生スペースも、今年はモグラの被害にはあっていない。

去年は、訪れたとたん芝生に無数のモグラの穴ぼこが出来ていることに呆然としたのを覚えている。

今年は、芝生スペースの雑草も大したこともなさそうだ。

ところで、予め言っておくが、僕の芝生へのこだわりは半端ではない。

かつては、まるでゴルフ場のフェアウェイのように綺麗に刈られた芝生スペースを春先から晩夏にかけてずっとキープしていた。

そのために、GWから9月の頭頃までは、必ずと言っていいほど毎週この山小屋に通い、到着するなり満タンに充電された自慢のバロネス製リール式芝刈り機を倉庫から引っ張り出し、片っ端から芝を刈っていたものだ。

数年前に、老犬となった愛犬に毎週長距離移動を強いることの体への負担を考え、山小屋に来る頻度を減らしてしまったのを機に、芝生の手入れを業者に任せるようになってから、芝生のこだわりは消えた。。

というよりも、自分で消すようにした。

正直、業者の芝の手入れには満足していなかった。

だから、ちょっとでもこだわりだすと、また自分で手入れを一からやってしまいそうで、、、あえてこだわりを捨てたのだ。

今日、到着するなり芝生の雑草を抜き始めた。

去年までならそれも業者に任せておくところだが、、なぜか今年は自分でやりたくなった。

やり始めると、もう止まらない。

もともと完璧主義者の僕は、本来であれば芝生には一本の雑草も許さない性格だ。

さすがに、昔のようにはいかないが、それなりに目に付く雑草は引っこ抜いた。

引っこ抜いている最中、すぐ近くでキジが雄叫びをあげる。

雄叫びをあげるのはオスの方だと聞いたことがある。

そして、僕のすぐ頭の上を鳥たちが歌を歌うようにさえずり、木々の枝葉を渡り歩いている。

見上げると空は薄い青で、晴れ渡っている。

さて、芝生には毎年砂入れを行うはずだが、、春が来て間もないので、業者がまだ砂を入れていないようだ。

だから、芝生の凹凸が激しい。。

それがとても気に入らないのだが、、仕方ない。。

勢いそのままに、今度は熊手を片手に芝生を掻き始める。

僕の山小屋エリアには、隣の土地に生えている数本の赤松から、秋が終わると頃に松の葉が雪のように降ってきては芝生に降り積もり茶色に染める。

この芝生の奥深くに堆積した松の葉を、熊手で掻いてやると芝生にとってはいいらしい。

そういえば、昔はかき集めた赤松の葉っぱの山に火をつけ、そのまま芝生の上を覆っている前年の芝の枯れ草をを焼いて野焼きのようなことまでやっていたっけ。

野焼きをやると、芝生の色がとても濃くなる気がするのだ。

今年は、、やめておこう。。。

そして、またキジが雄叫びをあげた。5分に一度くらいの雄叫びだ。

さあ、次の作業はエアリングだ。

これまた何年ぶりだろうか。

重いローラーにたくさんのトゲトゲが設置されたエアリングマシン。

僕は、年に一度使うかどうかわからないものを買ってしまうという癖がある。

ケルヒャーの高圧洗浄器、RYOBIのブロワーバキューム、油圧式の薪割り機、蒔を割る斧数本に、蒔の玉切り用のチェーンソー、、、挙げればキリがない。。

だから、僕の山小屋にはこれらのものを収納するだけの立派な倉庫が必要になる。

庭の隅から重いローラーを引っ張ってきて、ゴロンゴロンと芝生スペースに転がしていく。

転がすと、ローラーに取り付けられたトゲトゲがブチブチと音を立てて芝生の根を切っていく。

しっかし、、、ローラーはやたら重い。

これは、、巨人の星でいうところの「重いコンダラ」だ。。

思いこんだら〜♩という歌の始まりに出てくる、星飛雄馬がトレーニングで引っ張っているローラーをコンダラだと勘違いしている人がいたが、それは全くのデタラメである。

それはさておき、エアリングというのは、芝生の根を活性化させるためにも必要な作業で、ここ数年やっていなかった。おそらく、業者もここまではやっていなかっただろうと思う。

エアリングによって、無数に開いた穴に満遍なく肥料が入るようにこれまた滅多に使わない肥料撒き器で撒いていく。

本当は、エアリングしてから砂入れをやりたいところだが。

と、している間に12時を知らせるチャイムの音が聞こえた。。

さすがに、、重いコンダラは体に堪えたようだ。。。ももが結構張っている。。

雑草抜くだけでも腰にくるのに。。こりゃ、明日は筋肉痛だな。

水も飲んでいないし、、もうフラフラだ。。

そういえば、朝家を出てからずっと小便にさえも行っていない。

20度を超える陽気に、、、汗がメガネの内側にへばりつくように落ちてくる。。。

ああ、、もう限界だ。。

そして、またキジが雄叫びをあげてる。。。

キジの雄叫びの頻度は1分に一度のペースに上がってきてる。。

今日はもう、、この辺にしておこう。。。

夏になると、、青々と茂った芝生スペースで、僕のバロネス製リール式芝刈り機が唸りをあげるのが目に浮かぶようだ。。

そうなれば、、いいなあ。。



昼食後、ホームセンターに芝生用の砂袋6袋を買い込んで、芝生に砂入れを行い、、、今日は終了!

ああ、、疲れた。。
2018.04.28

GW初日

5月の1日と2日の平日を休めば9連休!

という今年のゴールデンウィークが始まったが、、僕はといえば、普段の一日と何ら変わりない過去10年で最もGWらしくないGW初日だった。

いつもと異なる点があったとすれば、4月とは思えない初夏のような陽気だったことと、、

誰かに狙われているような感覚を覚えたくらいか。。

いや、、狙われたというのは言い過ぎだが、、一日の間に複数の年配の”ご婦人”からの攻撃を受けたのだが。。

一つが、車でもう少しで正面衝突かというくらい前を見ないで突っ込んでくる行為。

もう一つが、道を普通に歩いていて正面からぶつかってくるという行為。。

これらに短時間の間に遭遇すれば、、誰かからの指令で僕を狙っているのかと、勘違いしてしまう勢いだ。

狙われるようなこと、したか。。??いや、、思い当たる節は無いし。。

偶然を祈るばかりだ。。

ところで、、以前に音楽をやっていなかった頃は、年明けから会社の決算が始まり、決算発表が終わると2月中旬から翌年の新卒採用の入社面接のプロセスが本格化する。

だから、2月〜3月にかけての週末は、ずっと朝から夕方まで面接、面接、面接の連続。。休憩時間もお昼ご飯の1時間だけ。。

今思えば、相当ハードな週末だった。

だから4月は週末を休んでも、3月までに蓄積された疲労感は取れることなく、、まさに癒しの時間を求めてヘッドスライディングするかのようにGWに突入していた。

典型的にはGW初日の前日の夜から東京を離れて、愛犬を連れて山籠りをしていた。

そして、そこで猫の額のような畑の、冬場は氷のようにカチカチに凍っていた土を耕し、畝を作り、藁を引き、苗を植え、種を蒔いて、まるで農家のような生活を経験することで、仕事のストレスを発散していた。

今年もできれば、その農作業はやりたいとは思うが、、、今はヘッドスライディングしようにも、ホームベースも見つからない状況に、、しばらくずっとダイアモンドをぐるぐると回り続ける日々が続きそうだ。

でも、、少しずつ、少しずつだけど、、僕の中で何かが動き始めていることは、、確かだ。

何がどんな動きするのか、、想像もつかないのだけども。
2018.04.28

肩書き、のちGW

月曜日の朝、四半期に一度開かれる社内定例会議からスタートした今週は、ここ数ヶ月の中でも最も忙しい一週間となった。

時間的に忙しかった訳ではない。

夜の睡眠時間も十分にあった。

忙しいというのは、どちらかといえば、一週間の中にあらゆる要素がギュッと凝縮されたことに起因する。

つまりは、、言い換えれば、、僕は一体どういう仕事をして生きているのか、ということを一言では中々説明出来ない、、、ということを一週間かけて説明するには模範的な一週間だった、ということだ。

会社内での会議に加え、クライアント営業のための会議に案件相談の打ち合わせ。

その合間を縫っての鍼治療。。

そして、ラジオ番組の収録。

自分個人のビジネスに関するメールと電話のやり取り。

そして、そして、、今日はアルバムのレコーディングだった。

どうやら、僕の肩書きは、①会社の代表取締役社長としての経営者、②まだ現役プレーヤーとしてのインベストメント・バンカー、③グループ企業の重要意思決定委員会メンバー、④個人会社の役員、⑤ラジオパーソナリティー、⑥ミュージシャン、くらい行けそうな感じだ。。

これに、農家と漁師と小説家が加われば、もう最強だ。。

いや、、加わることはないけど。。

あ、、⑥鍼治療患者を忘れていた。。。

ともかく、、、睡眠時間は十分とはいえ、疲労は溜まっているようだ。

今日のレコーディングメニューには、第一線で活躍されているフルート奏者の方のレコーディングもあった。。

フルートの、、まるでジブリ映画を思わせるような優しく、そして純朴な音色に、、僕は睡魔の束の間の餌食となった。

その前に、2時間を超える僕のギター録りで、数え切れないNGの繰り返しと録り直し。。

心身共に疲労がピークに達したのは、、まるでギター合宿に連れて行かれたような特訓の後だったからか。

楽器演奏の未熟者の僕にとって、、レコーディングは何よりもスパルタな特訓だと今でも思う。

午後21時前、レコーディングメンバーと一緒に牛タンと麦とろご飯でお腹を満たした僕は、その満腹感からまたもや睡魔の餌食に。。

その後、前回レコーディングした曲のTD(トラックダウン)が終了。

これで、アルバム曲10曲のうち7曲のレコーディングが完了。。

あと3曲の目処は、、、、さて、何時つくのでしょうかね。。。

明日からGW。。

息抜きでもするか。
2018.04.25

出会い

人生は出会いで出来ている、、と誰かが言った。。

誰だかは知らないが。。

昨日、オンエアされた僕のラジオ番組。

ゲストはユーグレナの出雲社長。

ユーグレナは、世界で初めてミドリムシの培養技術を開発した会社だ。

その出雲さんが言っていたのは、出会いの大切さ。

自らが持つ能力を高めるのは、実は自分自身では限界があると。。

まったく違う考え方とかバックグランドを持つ他人が、自分の能力を高め、そしてその能力を発揮するヒントを与えてくれるというもの。

これを、「オープンイノベーション」という言葉で表現していた。

かくして、目に見えないミドリムシは、思いもよらなかった石油会社の人のアイデアと開発努力によって、近い将来飛行機を飛ばすまでの存在になるかもしれない。

出会いは、往々にして偶然だ。。

でも、そんな偶然の確率を上げる努力はできる。

出雲さんは、いつでもどこでも誰にでもミドリムシの話をする、と言っていた。

あらゆる可能性を高めるためだ。

それを聞いた他人が、今までに思いつかなかった新しいアイデアをもたらしてくれるかもしれないと。。

出雲さんのミドリムシの話を聞いて、僕は曲を書いた。

題して「ミドリムシの歌」。

ミドリムシをテーマにして曲を書く、という人は出雲さんにとっても初めてのような反応だった。。

そのミドリムシの歌が誰かと出会う日がくるのか、、僕にはさっぱりわからない。。。



ところで、出会いは何も人間同士の話ではない。

人とモノ、何でもいいが、、、例えば、人とレストラン、食べ物、、そういうものも出会いの対象だ。

出会いの中にも、思ってもいなかった出会いもあれば、何度トライしても出会うことができないものもある。



最近の僕にとって、思ってもいなかった出会いの一つは、東京・青山にある洋食レストラン「HENRY食堂」との出会い。

フラッと歩いていた道で見かけたお店。

初めて見た時には入らなかったけど、、その後、再びその道を通った時に入ってランチを頂いた。

その店長、村上祐也さんがこれまた面白い人だった。

その村上さんには、来週と再来週の放送回のゲストに登場してもらった。

来週と再来週のオンエアを楽しみにしておいて欲しい。

一方、なかなか出会いたくても出会えないもの。。。

僕の”籠り場”の近くにある、つい最近まで知らなかったけど、かなり有名なインド料理の店。

お店が小さいせいか、いつも人が並んでいる。

今日こそ、、と思っても、、入れない。。

いや、並べばいつか入れるのだが、、、僕はレストランの行列には並ばないポリシーを貫くことが多い。

今日の夕方、、空腹の僕はダメ元でそのインド料理のお店を覗いてみた。。

おや、、誰も並んでないぞ。。。

ドアを開けてみると、、カウンターに一人分の空席が。。

ラッキー❤️❤️

今日、やっとそのインドカレーに出会えた。。

カレーも美味だったが、、ナンが美味しかった。。

僕が食べている間、何人もの人が扉を開けては満員のお店の状況に諦め顏で去っていった。。

どうやら、、タイミングとしては紙一重だったようだ。。

美味しい料理は、、美味しい。。

美味しいものとの出会い、、楽しいし、嬉しい。。

そう、、人生は美味しいものとの出会いで出来ている、、とも言える。。。

ごちそうさまでした❤️
2018.04.22

F5ボタン

IT技術の進歩が人類にもたらしたものは計り知れない。

そして、それが人々の日常的な心理状況にかなりの影響を与えるようになったことは、IT技術の進歩がもたらした利便性の向上という効能の副作用なのかもしれない。

インターネットを通じて、人々はあらゆる情報に日常的にアクセスできるようになった。

昔なら分厚い辞書の小さな字を目を凝らして英単語の意味を調べたり、古い本棚から埃を被ったずっしりとした百科事典を取り出して、重いページをめくり物事の意味を調べる必要があったところ、インターネットを使えばものの1分も経たないうちに欲しいものの情報をあらゆるソースを用いて教授してくれる。

それも、何か調べ物がある時にインターネットにアクセスして情報を得る、という点においては、人々とインターネットには相対する相互の関係、つまり、そこには双務性のような関係が成立している。

もっとわかりやすく言えば、誰かが何かを急いで調べたい時に、インターネットにアクセスするという行為に対して、インターネットはその調べ物の答えを即座に提供してくれるという、いわば「これください。」「はい、どうぞ。」という会話のようなものが成立しているのだ。

また、あらゆる情報が飽和状態でネット社会に存在しているという事実を、人々はその全てを正として受け入れることを強要されることもなく、インターネットから欲しい情報を取り出し、あるいは、偶然目にしてしまった情報でさえも、それを正しい情報として受け入れるか否かの選択権を人々が保持しているという点で、どちらか一方が支配的関係にあるような片務性を見出すことまではできないのだと思っている。

そういう意味では、人々はインターネットと適度に共存することで、いわゆる健全な世の中をこの20年余りで作り上げてきたんだと思う。



一方で、電子メールというものは、時にその双務性という関係を脅かすツールであることが知られている。つまり、仕事でもプライベートでもメールを送った方が、とある義務を全うしたと見做され、それを適正に受信し開封して内容を確認することを怠った側に非があるような社会的なルールが出来上がってしまった。これは、どこか人間的なコミュニケーションの本質から逸脱するルールを、致し方なくではあるにしても社会が容認してしまったような気がしてならない。

人の言葉や気持ちは、その人に届けられて初めて意味をなすのであって、一方が都合のいいように情報発信をしてしまえさえすれば、あとはどう処理されようが、それを受信されようがされまいが、結果は問わないといったコミュニケーションのスタイルは、ともすれば誰も足を止めないストリートで弾き語りしているミュージシャンのように思える。つまり、自己満足が横行してしまう、ということである。歌っている曲が駄作であるとすれば、それは押し付けがましいありがた迷惑にまでなってしまう。

僕が、、そのような駄作ばかりを歌い自己満足し、ともすれば人に聞きたくない歌を聴かせているとすれば、、、ゾッとする話である。そういうミュージシャンになっているのかどうなのかは、、、自分では判断できないのが怖いので、、僕はストリートをやる勇気がない。。。

また、電子メールというものは、誰かからのメールが送られて来ることを期待する時、そして、そのメールの内容が自分にとってとても大切なものである場合、それを受信するまでずっと待っていなければならないという、これまた精神衛生上はあまり好ましくない状況も作り出す。

M&Aの契約交渉を夜通し徹夜で海外とやり取りしていた頃は、相手からのマークアップ(こちらの契約の提案に相手側が手直しをいれたもの)をまだかまだかと眠い目を擦りながら待ったものだ。

あと1時間後に送るとか、明日の朝までに送るというやり取りがあればいいが、取締役会を翌日に控えたような、契約締結のデッドライン(期限)が迫る中での緊迫した契約交渉は、どういう反応を相手側がしてくるのかに神経をすり減らしながら、寿命を何年もすり減らすような感覚に見舞われたものだ。

「プリーズミスターポストマン」というビートルズがカバーした往年の名曲がある。

郵便配達のおじさんに僕宛の手紙がないか、ずっと彼女からの手紙を待っている、という曲だ。

電子メールが普及していなかったその時代はある意味その方が良かった。

便りを家の前で待つのは、郵便配達のおじさんが配達にくる時間に限っていればよかったし、そして、何よりも郵便配達のおじさんがいるので、待っている手紙が来ないことの苛立ちをぶつける相手がいたこと自体が恵まれていた。

電子メールの場合、PC画面の前で誰に苛立ちをぶつける術もなく、、F5ボタン(受信トレイの更新ボタン)を連打したものだ。



ところで、僕がそのM&Aの仕事をバリバリとやっていた頃、夜疲れ果てて床に就くときに、何かうまいアイデアがどこかから降臨することを期待しながら眠りについたがよくあった。

M&Aの買収スキームを構築する際に行き詰まった時、相手との交渉が決裂しそうになった時、クライアントが難しいイシュー(問題点)に直面して、それに対するソリューションを早期に提供しなければならない時、あらゆる局面で神のお告げにも似た何かが自分に降りてきてくれることを願った。

そして、不思議なことに、一晩寝てから朝シャワーを浴びている時に、妙案が降って湧いてくるという事を何度も経験した。

僕は、それを一種の睡眠学習的な、、つまり、寝る前にインプットしたあらゆるデータを就寝中に脳が潜在意識の中で処理して、翌朝には回答を出してくれるというメカニズムなんだとばかり思っていた。

それは、そういう神がかり的なアイデアや問題解決にむけた妙案が降臨してくれなくなれば、もうこの仕事はできなくなるのだろうか、と思っていた。

今は、昔のようにフルタイムでM&Aの仕事をやっているわけではないが、ある意味、以前にも増して、何かが降臨してくれないと困るような状況になっている。

端的にいえば、それは曲のテーマであったり、歌詞のイメージやフレーズであったり、メロディーであったりする。

これまた、IT技術がもたらした電子メールの副作用とは全く関係のないものでなのであるが、、電子メールが普及しようがしまいが関係のないところで、いつ来るのか、いや、来るのか来ないのかさえ分からない神様からの”メール”を、僕は今日も今か今かと待ち続けなければならないことになるとは、、思いもしなかった。。。

まだ、、M&Aの契約交渉をやっていた時の方が楽だったのかも。。なぜなら、、それには期限があって、お互いに最後は妥協してでも終わらせることのメリットがあったから。。

音楽に、、妥協はなく、、僕は今日も心の中でF5ボタンを連打している。。
2018.04.21

永遠の少年

「50歳代はいいよ。人生で一番楽しいよ。」

と、60歳代に入ったばかりのサムさんは、ハイボールのグラスに残った氷をカランと音をたてて言った。

僕が今年49歳になったと告げた時のサムさんのリアクションだ。

サムさんとは、年に数回、大阪の飲み仲間が集う時にお会いする。

僕が大阪でライブをやる時も観に来てくれる。

僕はサムさんが言うように、なぜ50歳代がそんなにいいのかが、すぐには理解できなかった。

50歳代といえば、会社内での職位も上になり、若い頃のように誰かから管理監督されるような環境も和らぎ、多くの家庭では早ければ子供も親の手を離れる年頃である。

その上、一般的な民間の事業会社では、給与もそこそこ貰える年齢となる。

気持ちにゆとりが生まれ、時間もできる。自由度が増える。そういうことなのか、とひとしきり考えた後でサムさんに聞いた。

「なぜ、50歳がそんなにいいんですか?」

「食えてるってことが、幸せなのさ。」

サムさんは、カウンター越しに揺らめくタバコの煙を見つめて、誰に話しかけるでもない表情でつぶやいた。

僕が知る限り、サムさんは数年前に早期退職をして、今では週に2〜3日アルバイトのような立場で会社の手伝いをしている。

それ以外は、競馬をやったり、お酒を飲んだり、ギターを弾いたりして過ごしているらしい。

きっと、サムさんにとっての50歳代は、会社を辞める前のサラリーマンとしての集大成となった数年間と、60歳の定年を前に自ら会社を去った後の、まるでフリーターのような数年間が混在しているはずだ。

そのどちらがサムさんはいいと感じたのか、それも僕にはわからなかった。

「食えるってことだけで、幸せなんですか?」

「そうさ。」

「それが50歳代がいいということと何が関係するんですか?」

僕は食い下がって聞いてみた。

「輝けるんだ。50歳代は。」

僕はそれ以上の質問をやめた。

サムさんにとっての50歳代は、他のどの年代よりも輝いていた。

それ以上の説明はいらない。



ところで、僕が来年50歳になるなんて、、、未だに自分でも信じられないものがある。

僕が思い描いていた50歳は、大人で、紳士的で、ゆとりがあって、心が広くて、優しくて、包容力を身につけた人だと思っていた。

それを比べると、今の僕はまだまだ子供で、やんちゃで、包容力も何もなくて、ずる賢いだけの子猿のようだ。

ずっと頭の中にあった50歳像とは、正反対のような存在だ。

そんなことを思いながらも、心のどこかで歳をとることの意味を真剣に考えていた。

50歳を超えて歳をとるということは、人間なら誰しもが死というものに着実に近づいていく階段を上るという感覚を覚えるのではないだろうか。

つまり、人生は永遠ではなく、限られた時間の中で与えられた舞台だということを身をもって感じ、そして、その舞台で残りの人生をどう生きるか、というテーマに直面するのだ。

今はまだ僕は40歳代というだけの理由で、そういうテーマについて真剣に考えることはない。。

でも、おそらく来年以降はそういうことを僕も考えるようになるのだろう。。

そういうことを考えるのが50歳代であり、そういうことを考えるからこその輝き方があるのが50歳代なのかもしれない。



ふと思った。

歳をとっても、、僕はずっと少年でいたい、と。

その理由は自分でもわからないし、至って子供じみた発想であることも分かっている。

でも、どこまで許されるのかわからないけど、、いれるまでは、、ずっと少年でいたいと。

永遠の少年。。

いい響きの、、僕の大好きなフレーズだ。。
^
TOP