加藤ヒロ 公式サイト

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2019.01.29

スイーツ。。

夕食の後のささやかな楽しみ。

そう、それはスイーツ。

毎日じゃないけど、時々スイーツ。

今日はあんみつ。

一塊になったこしあん、大粒のみかん二粒、四角い寒天、その上から黒蜜をかける。

あ、そうそう。あと、求肥も二切れ。

求肥は僕の大好物❤️。

えっ?求肥?

求肥ってこういう字なの?

僕の頭の中では、「ぎゅうひ」という言葉を初めて聞いた時から、「ぎゅうひ」は「牛皮」だった。

まあ、なんで牛の皮なんだろう、とは思ってたけど。

だけど「求肥」の方が、なにこれ?という感じだけど。

だって、肥やしを求めるって。

で、調べてみたら、求肥も元々は「牛皮」とか「牛肥」って書いたらしい。

今でも使ったりすることもあるらしいけど、仏教思想から獣食を嫌ったことから字を改めるようになったとかで。

へ〜。勉強になるなあ。

その反面、これまた僕の大好物の白玉は分かりやすい。

見るからに「白玉」だし。

ところで、白玉って何でできてるんだろ?

辞書によれば、白玉粉から出来てるって。。

いや、白玉粉って何よ。

これまた調べてみると、新粉も白玉粉も上餅粉も全部米粉。。

じゃあ、違いは何?

上新粉は、うるち米を粉にしたもの。

白玉粉も餅粉は、両方とももち米を粉にしたものらしいけど、白玉粉の方は石臼で水挽きして沈殿したものを、餅粉は水洗いしてそのまま乾燥させて粉にしたものらしい。

へ〜、勉強になるなあ。

まあ、細かい違いはわかったけど、、僕はやっぱり牛皮だな。

えっ?。。求肥も白玉粉から出来てるって?

なんだ。。じゃあ、結局は僕の好物は、、白玉粉ということか。
2019.01.27

NHKドラマでした。

昨日、NHK BSプレミアムにて22時からオンエアされたドラマ「ネット歌姫〜パート主婦が、歌ってみた〜」。

荻野目洋子さん主演で、旦那様役が高橋克典さん。

そのドラマ終盤でのカラオケ大会のシーン。

はい、映りましたね。

そう、カラオケ大会の審査員の役。

スーツ着て座ってますね。

あと、荻野目洋子さんが師匠と打ち合わせをするカラオケ部屋の壁に貼ってあるポスター。

ギターを抱えた僕のアーティスト写真が載ってます。

あと、荻野目さんが持っているスマホで、一瞬僕の「Fly into the Summer」のMVの映像が流れてましたよ。

そして最後のエンドロールで、僕の名前が。。

すごい。名前を出していただけるなんて。。

これで、ほんの数秒だけど、僕のNHKドラマデビューだ!、、な〜んてね。

見逃した方は、NHKのオンディマンドで観れるそうです。

ぜひ、、、僕の出演する数秒を見逃さないように。。。

ちなみに、ポスターで熱唱しているのは、僕のプロデューサーの安藤さん。

去年、ドラマの監督の秋山さんと一緒にカラオケボックスに行った時の写真らしい。。

僕はこのポスターが一番印象に残ったけど。。

あ〜、面白かった。









2019.01.26

江田島フェア

昨日の夕方に東京広島県人会事務局からメールが届く。

今週末、銀座にある広島のアンテナショップ「TAU」でのイベントの案内。

TAUは僕の会社がある東京駅エリアから比較的近いので、地下にある和食屋さんとか3階にあるイタリアンは何度か利用したことがある。

そのTAUで『がんばろう広島』〜江田島フェアin 銀座TAU 西日本豪雨災害復興チャリティーイベント〜えたじまブランドショップが開催されるとのこと。

江田島市は、広島県南西部の広島湾に浮かぶ江田島、能美島とその周辺に点在する島々から構成される。

そう、江田島なら僕だって何度も地図で見たことある。

でも、残念ながら、僕は生まれてこのかた江田島という場所には縁がない。

おそらく、記憶の中では、、島には一度も足を踏み入れたこともない。

そもそも江田島という言葉を発した回数だって、、、数えるくらいしかないはず。

それなのに、去年の暮れに広島で同級生がやっているスナックに行った時に、江田島市役所の人にお会いしてから、やたらと江田島づいている。

広島で会う人が何の脈略もなく突然江田島の話をしてきたり、いつもライブに来てくれる高校の後輩も聞くと江田島出身だったり。。

そういうことも何かの縁かも、、、ということで、今日時間をみつけて銀座のTAUまで出かけてみた。

銀座線の銀座駅で降りて、中央通りを歩く。

週末のこの時間の中央通りは歩行者天国。

その歩行者天国を歩く半分くらいは外国人観光客か。。

そんな人波をかき分けTAUに到着。

入ってみると、ショップの中は結構な賑わい。

すごいな、広島。。。頑張れ、広島。

店内は、いつも売っている広島の名産品以外に、江田島のおいしいものが狭いながらも色々と陳列されている。

完全天日干し製法により作られた「うどん」、江田島市の伝統食「おかずみそ」、江田島で生産・加工した純江田島産の「オリーブオイル」、江田島唯一の造り酒屋である江田島銘醸の「同期の桜(大吟醸)」、江田島産熟成さつまいもを使用した「もみぢ饅頭てくてく」などなど(TAUのHPから一部抜粋)。

お店の人も色々と説明してくれる。。

レンジに並んで少しばかりお買い物。

今回のフェアは、西日本豪雨災害で被災された住民の方々を支援するため復興チャリティーイベントとのこと。

あまり貢献できなかったけど。。

さて、江田島とのご縁って、、まだ何か続くんでしょうか。。

2019.01.25

お名刺、頂戴いたしました!

さて、何かと忙しくなってきて。。。

昨日は、午前中に個人的な仕事の打ち合わせ。

昼食を食べる時間もないまま午後からラジオ収録。

夕方のギターレッスンまでの空き時間にプロデューサーの安藤さんと甘味処へ。

前に一度行った時、雰囲気も良くて美味しかったのでもう一度行ってみたかったお店。

お腹空いていたので、おしるこにゴマのおはぎを注文。

すると出てきたおはぎが超特大だった。。

やばい、、お腹いっぱいで食べすぎだ。

ギターレッスンの後は、知り合いの方が主催するとある演歌歌手のディナーショーへ。

場所は都内のホテルにあるレストラン。

会場内に四角くせり出したステージを囲むように6人掛けの長方形のテーブルがセットされている。

案内された席はステージ中央から右手側のテーブルの一番前。

僕の向かい側にはプロデューサーの安藤さん。

同じテーブルに他に知り合いはいない。

でも、僕と安藤さんの隣の席はまだ誰も来ていない。

予定時刻を少し回ってショーがスタート。

第一部は、僕のお知り合いの方のトークショー。

ショーが始まって15分くらい経った頃か。。

ステージの端を横切るように、ゆっくりと歩いて僕の隣の席のお方が到着。

かなり年配の優しそうな顔をしたご老人。

その姿に気付いたステージ上のトーク中の方が「あ〜ら、元◯◯の◯◯ちゃん、登場〜!」と。

そのお方、第一部が終わった休憩中に、僕に話しかけてきた。

「僕は今◯◯とかやってて、、」

ガヤガヤする会場だから、耳をちゃんと傾けないと聞き取れないけど、とても気さくな感じ。。

で、話している途中でスマホで登場された時に呼ばれていた◯◯ちゃん、という名前を検索。

写真を見ると、、やっぱり。。

元◯◯大臣のお方じゃあないですか。。。

そんなお方が僕に気さくに話しかけてくるなんて、とても不思議なディナーショー。

すると、名刺を差し出して、、みると肩書きは「元◯◯大臣」と。。

はっはー、、、ひれ伏すように、、お名刺頂戴いたしました!
2019.01.23

左手の薬指。。

左手の薬指といえば、そう、、誰しもにとって特別な指ですよね。

婚約指輪と結婚指輪をする大切な指。

ここに来て、僕の左の薬指に焦点が当たってます。。

僕たちギターを弾く人は、暇があればギターの指板を抑える練習、いわゆる弦を弾きながら運指の練習ということをする。

テレビを見ている時とか、リハーサルの前とか、準備運動みたいなもの。

もともと、左手の指の運びがスムースでなかった僕は、ギターを始めた頃は運指の練習をしすぎて、というより正確に言えば運指の練習を力を入れてやりすぎて、結構な頻度で腱鞘炎になった。。

そういう悪い思い出があるものだから、あまり運指の練習を好んでしてこなかった、、というのもある。

だけど、左の指がもっとスムースに動くようにならないとダメだと、ギターの師匠に言われてここ数ヶ月は集中的に練習。。

それでも、なかなか左手の運指が滑らかにならない。

その原因を突き詰めたら、なんとその原因は薬指にあったみたいで。。

運指の練習だけではスムースに動かすことができないので、ギターを置いて、普通に指を動かす練習を始めた。

問題点として、、とにかく、僕の左の薬指は単独で動かすことができない。

つまり、左の薬指を曲げると小指も中指も一緒に曲がってしまう。

それを薬指だけを曲げるように特訓中。。

あと、小指と中指も薬指が一緒についてこないように単独で曲がるようにこれも特訓中。

右手ならできるんだけどね。。

皆さんはどうですか?

右利きの人が、左の薬指だけ曲げることできますか?

ちなみに、僕は、左も右も、人差し指と中指をくっつけて、同時に薬指と小指をくっつけて、二本組の指を使ってVサインを作ることができない。

バルタン星人みたいに。

人差し指と中指はくっつけることができても、そこに薬指が付いてきてしまう。

そもそも指を動かす腱に問題があるのかな。。

今更ながら、こんなことやっているなんてとっても恥ずかしいけど、、やらないといつまでも経ってもギターが上達しないので、、、

特訓、頑張ります!
2019.01.22

目の前に。。

広島でのライブを終え大阪に移動し、週末はそのまま大阪にてのんびりと束の間の休息。

そして、また次のライブに向けて始動です。

本日、車で帰京。

帰り道の高速から目の前に富士山が浮かび上がる。

雲の上に見える頂上、、やっぱり富士山は雄大だなあ。

今はとてもじゃないけど手が届かない遠い存在。。

でも、いつか自分もあそこに。。。という象徴的な存在。

それにしても、この時期に富士山の頂上付近がこんなに冠雪が少ないなんて、やっぱり今年は変な感じ。

なんか毎年毎年、今年は異常だとか言っているけど、もう異常が正常になりつつあるような気が。。

過去の常識にとらわれず、何が起きても驚かない世の中になってしまったか。。。

だから僕らも手が届かないものと決めつけることなく、、ね。

さあて、明日からまた色々と、、頑張りましょう!
2019.01.20

ノスタルジックな夕暮れ

深夜、広島でのライブ後の打ち上げを終えてホテルに帰還。
そのままベッドに雪崩れ込む。

朝、目を覚まし、シャワーを浴びて着替えてからチェックアウト。
ホテルのロビーで1時間ほど仕事の打ち合わせを行い、本通り近くのインド料理屋へ。
ここのインド料理レストラン、先月広島に来た時に立ち寄った場所。
カレーが美味しいし、ナンも油っこく無くて胃に優しい感じでお気に入りに。

お腹を満たしてから、いざ大阪に向け出発。
車の荷台にはメンバーの楽器やら機材類がギュウギュウに詰め込まれている。
来る時も荷物一杯で、それでも効率的に積み込めば、天井までのスペースに少しは余裕があったはず。
でも、帰りは駿汰のドラム機材が無い分だけ荷物は減っているはずなのに、何故か天井までギュウギュウだ。
積み方にノウハウがあるんだよね。こういうのって。
誰が積んだんだろ。。。まさやかな?
と、いうのは冗談として、僕のバンドメンバーは皆んな心優しくてフットワークも軽いから、機材の積み下ろしは率先して全部やってくれる。
大体僕は見てるだけ。。。とても頼もしくて有難い。

さて、高速を走ること2時間。時刻はまだ14時。
まだ時間もあるし、久しぶりに岡山に寄っていくか、と高速を降りる。

僕が岡山で暮らしたのは、3歳から小学校3年生の途中の約5年間。
そう、いわゆる幼少期と呼ばれる時期。
その頃を過ごした街を訪れるのは、僕がニューヨークに行った年だから26年ぶり。
暮らしていたのは約40年以上も前だ。
変わってるだろうなあ。

車でその頃住んでいた街の中をゆっくりと走る。
思いのほか道幅が狭い。
こんなに狭かったっけ?
子供の頃空き地だった場所にはマンションが建ち、古い家は建て替えられ、その頃の街並みの面影は半分以上失われていた。
僕が住んでいた3階建てのアパートはまだ建っていたが、非常階段はサビまみれになって、人が住んでいる気配は消えていた。そう、廃墟だ。
でも、斜向かいのお風呂屋さんは健在だった。住んでいる家を建て替える間は、その風呂屋の2階に住んでいた時期もあった。
子供の頃、髪を切ってくれていた美容室もまだあったし、よく太巻きを買いに行ったり、週刊チャンピオンを読みに遊びに通っていたお寿司屋さんもまだあった。

その頃は僕らを含めてその周辺には子供が沢山いて、そして僕たち子供を街ぐるみで見守っていてくれていたように思う。だから、近所のおばちゃんの家に上がり込んだり、喉乾いていたらジュースをくれたり、おやつをくれたり、とあるおじちゃんはよくアイスを買ってくれたりした。
そのおじちゃんの事を僕たちは「ゴリラのおっちゃん」と呼んでいた。

そんな思い出を辿ろうと、車を停めて散歩を、、と思ったけど、東京と違って田舎ではコインパーキングというものが中々見つからない。
やっとちょっと離れた場所で小さなコインパーキングを見つけて車を停めてから、僕が通っていた小学校まで歩く。
小学校前にあったある会社のビルの入り口付近の軒下では、毎年ツバメが巣を作っていた。
ツバメの雛が巣から落ちて大騒ぎになったこともあった。
そのビルの前にたどり着いて入り口付近の軒下を見上げる。。
するとそこには木製の板が設置されていて、今でもツバメが毎年そこに巣を作っている事が伺い知れた。
ずっとずっと、あれから40年以上も毎年繰り返されている小さな生命の営みを思うと胸が熱くなる。

小学校を後にして子供の頃よく遊んだ公園まで行ってみる。
その公園に昔からあった石碑は、その姿を寸分も変える事無く、その場所に佇んでいた。
何もかもが懐かしい。

近くの電気屋も、八百屋も、ボーリング場も無くなっていて、すっかり街並みは変わってしまっていたけど、実際に歩いてみると端々に昔の思い出がそのまま残されていた。

夕方、懐かしい街を後にして、西の空に傾く夕日に手をかざしながらハンドルを握り再び高速へ。
順調に走り大阪に到着。

どこかノスタルジックな気持ちになった夕暮れでした。




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