加藤ヒロ 公式サイト

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2019.03.30

始まりと終わり。

春の選抜高校野球が開幕したかと思えば、あっという間にプロ野球までもが開幕を迎えた。今年もプロ野球速報を気にする毎日が続きそうだ。

春になると、こうして新しく何かが始まる。始まりがあるということは、終わりもあるということで、、3月末をもって2018年度という日本特有の会計年度が終了する。そして、1秒の空白を挟む余地も無いまま4月1日をもって新しい2019年度がスタートする。

僕が長年従事してきたM&Aアドバイザリーという仕事は、時間の経過だけで報酬をもらえたり、何かを大量生産して店頭で販売するようなベルトコンベア方式で常に売上が上がるような商売形態ではなく、その収入の多くを”M&A案件の成約”という不確実な事象に依存する成功報酬型のビジネスだ。ゆえに水もの商売の要素が強く、1年間かけて積み上げてきた売上が新年度が始まると同時に一瞬にしてすべてリセットされることに関して、「あ、あ〜、、僕たちの売上が〜。。。」と手を伸ばしたい気持ちに毎年のようになったものだ。そう懇願したところで、株主は一会計年度の利益を拐っていく。。これが、近代的な資本主義経済の宿命であり、売上ゼロからの1年間という旅が始まる。。。これを何十年も繰り返してきた。今のミュージシャンという立場で言えば、収入は水ものところではない。。ほとんど気体化してしまって、目に見えないことの方が多いような気がする。。。だから、年度が変わったところで、売上がリセットされても、そもそも僕自身がオーナーみたいなもんだし、あまりショックはない。早く気体から手に触れることができる水にしたいものだ。


僕の東京FM系列のラジオ番組「ヒロとハルキの大人のWonderland」も、この3月末の改編で番組終了となった。毎朝、車の中で聴いていた「中西哲生のクロノス」も同時に終了となったのは、少なからず僕を驚かせた。一度だけ生放送でゲスト出演させてもらったのはとてもいい思い出だ。その時のラジオ番組で僕に声を聴いてくれて、僕のライブにわざわざ足を運んでくれる方もいた。本当にありがたいことだ。改めて前身の「加藤ヒロのFighting on the Edge〜ぼくと音楽とビジネスと〜」から聴いていただいたリスナーの皆様に感謝申し上げる次第である。本当にありがとうございました!と。

まあ、おかげさまで、僕のラジオ番組は事前収録ということもあって、大きな事故もなく終えることができた。でも、経験不足から生放送だったらまずかったな、という言い間違いとかを最初の頃は時折ディレクターに指摘されて、それがとても勉強になった。いつか、生放送、、やりたいね。。

さて、終わりがあるということは始まりがある。愛知・ZIP-FMで4月7日(日)24時からスタートする「MIDNIGHT RUNWAY」という新番組。引き続きBrian the Sunのハルキと一緒にミュージックナビゲーターを務めることに。愛知以外の方にはradikoでしか聴けないけど、今までよりも一層パワーアップした番組になると思うので、是非とも楽しみにしていてほしい。


そして、視線を世間に向けてみれば、新しい元号の発表までもう間もなくだ。平成という時代が終わり、新しい元号の時代が始まる。こうやって、寸分も狂いなく全ての人に平等に流れていく時間という不可逆的な世界の法則を、人類は名前をつけ、色付けをしていく。きっと、後で振り返った時に、その世代を一言で説明するのに便利だからであろう。

それ自身は、別に悪いことではない。ただし、週も月も同じように時間に色付けをして、それらが過ぎ去っていく事実をもって感傷に浸る暇もないほど、忙しく慌ただしい毎日を送る現代人としては、いつまでも一つの時代の終わりを悲観し、感傷に浸っている時間はない。そう、感傷に浸るのは”束の間”がちょうどいい。新しい時代はすぐに始まるから、振り返ってばかりではなく、ちゃんと前を向いて行かなければならない。


新年度早々の3日に予定されている僕のライブ。。僕も前を向いて行かなければならないけど、、あまりにもハードル高すぎて前を向いたところで目を閉じたくなる。。。あと3日。。。最後のひと足掻きするしかない。。ああ、僕の新しいラジオ番組のテーマソングで新曲の「きみだけのランウェイ」というくじけそうな人を応援する曲を自分自身に聴かせる毎日。「云うは易く行うは難し」とは、このことだね。
2019.03.28

一週間、、季節に感謝!

ロシア民謡の「一週間」という曲。

僕らの世代であれば、子供の頃誰しもが一度は歌ったことがある曲だ。

日曜日に市場に出かけて糸と麻を買ってきて、月曜日にお風呂を炊いて火曜日にお風呂に入り、水曜日に友達が来て木曜日に送っていき、金曜日は糸巻きもせず土曜日はおしゃべりばかり。。。

なんとまあ、、忙しい一週間。。と思いきや、お風呂を炊いてその翌日にお風呂に入るくらいだから、時間的にはゆとりのある生活なのかもね。。。

今週の僕は、そんなロシア民謡みたいに歌にできそうなくらいの一週間。

まあ、幸せな一週間だ。。

月曜日はラジオ収録、火曜日はスタジオでリハ、水曜日はドラマの撮影、木曜日はレコーディング、金曜日はもう一度リハ。。。。。

仕事してねーな。。。

はい、してません。。。。すいません。

いや、これが仕事ですから!

ということで、少しずつ掻い摘んで日記風に。。


月曜日のラジオ収録は先日ブログに書いたので、まずは、火曜日のスタジオリハから。

今回は「In the Breeze」のアルバムツアーの若手中心のバンドメンバーとはまた一味違うファンキーなメンバーが集結。

メンバーのうちドラムのKennyとベースのLawrenceの二人は、約2年ぶりの再会。

スタジオのロビーで顔を合わせるなり、アメリカ式の抱擁で再会の喜びを分かち合う。

これで、2年間という空白の時間が一瞬で吹き飛ぶ。

やっぱ、いいね、、このノリ!

二人とも僕の新しいアルバムを聴いて、「この曲、ドライブにいいね!」とか、「メロディーいいね!」とか、「この曲のベース、すごく上手いね!ドラムも。」とか、とにかく全てをポジティブに褒めてくれる。

この明るさと、心優しい懐の深さに、僕はとても心癒されるのだ。

ますます来週のライブ本番が楽しみになってきた。

4月3日(水)の夜は、是非セルリアンタワーのJZ Bratまでお越しくださいませ。よろしくお願いいたします!


そして、水曜日のドラマ撮影。

ドラマ撮影って言うと格好いいけど、いつものように僕はちょこっと出させていただく役ですから。。

だからと言って手を抜くわけにはいかないので、起きた時から少し緊張気味。

早朝、俳優の南翔太君と一緒に車で鎌倉方面へ。

朝から天気は最高。

順調に高速を走っていき、目的地近くのインターチェンジで降り、鎌倉の中心街を抜けて由比ヶ浜に出る。

目の前に気持ちのいい相模湾が広がる。

波はとても穏やかで、キラキラと太陽の光を反射させている。

犬の散歩をする人、ジョギングする人、サーフィンを楽しみ人、、、そこにいる人たちが、そこにいるだけで幸せそうに見える。

それにしても、こんな平日の朝早くから犬の散歩したり、サーフィンしたり、、あれ、、みんな会社行かなくてもいいのかな。。

いや、、愚問だった。。。「そんなお前こそ、こんな平日の朝早くからジーンズ履いてドライブして、、会社行かなくていいのか?」と聞かれるだけだ。

しばし、翔太君と気持ちのいい海岸をドライブして、撮影現場に到着。

「はい、カメラ回して〜、はい、回った〜、はい、本番!!」と、監督とカメラマンがテンポよく声を掛け合う現場はリラックスしながらも、とてもいい緊張感に包まれている。

こんな中に僕がいていいの?って感じだけど、、いやいや、、いろいろと勉強になります。

秋山監督、ありがとうございます!ドラマの配信、楽しみにしております!


さて、本日、木曜日のレコーディングでは、4月からスタートする愛知・ZIP FMのラジオ番組「MIDNIGHT RUNWAY」のオープニング曲とエンディング曲の2曲を完パケ。

毎回そうだけど、今回も歌もギターも、とても勉強になりました。

それでも、最後は自分でもとても気にいった音色で仕上げていただきました!

我ながら、いい曲です!

みなさん、ぜひ楽しみにしていてください。

プロデューサーの安藤さんの前日の誕生日をケーキでお祝い。男ばかりの誕生日会。。。

おめでとうございます。


と、まあこんな感じで火曜日から今日までの日記になっちゃったけど。。元気に頑張っております!

なんかあっとう間に東京のサクラは満開に。。

いよいよ、春本番モードに突入!

写真は上から火曜日のスタジオリハ、水曜日のドラマ撮影現場からの鎌倉の海、木曜日のレコーディング現場。

鎌倉の空は海よりも淡い青。

つまりは、、これぞ春の色。。

空と海に、吹き抜ける風に、そして季節に、、感謝!

ありがとう!








2019.03.26

寝れないんですけど。。。

日曜日の午後、大阪から名古屋に移動。

その日の夕方に予定されていたBrian the Sunのライブツアーの名古屋公演を観に行くためだ。

宿泊は前回と同じホテルを予約済み。

チェックインしてからすぐにライブ会場へと急ぐ。

地下に下りて楽屋に立ち寄り、Brian the Sunのメンバーに挨拶。

メジャー3rdアルバム「MEME」をリリースし、益々上り調子のBrian the Sun。

ライブも大盛況で、まさに勢いを感じるライブだった。

アンコールのMCで、ベースのハルキから告知が。

「4月から愛知のZIP-FMにてラジオの新番組を始めま〜す。ニュージックナビゲーターは僕、ハルキと加藤ヒロさんで〜す。」

ZIP-FMでは、パーソナリティーのことをミュージックナビゲーターといい、リスナーのことをZIPPIE(ジッピー)と呼ぶらしい。

とても地元に愛され地域に根付いているという印象を受ける。

番組タイトルは、「MIDNIGHT RUNWAY」。4月から毎週日曜日の24時からの30分間の番組。

僕の予定としても、名古屋ではラジオ以外にも4月19日(金)にSunset Blueというライブハウスでのライブ出演と、5月11日(土)、12日(日)に開催される栄ミナミ音楽祭への出演が決まっている。

ライブとラジオ番組の収録を考えれば、しばらくは月に何度か名古屋を訪れることになりそうだ。

まだ、名古屋の街のことはよく分からないから、これを機に色々なところに行ってみたいなあ。

Brian the Sunのライブの後、プロデューサーと食事を一緒にとり、ホテルへと戻る。

その前日、白熱の深夜のボーリング勝負もあって体は疲れていた。。

お風呂に入り、すぐにベットで横になる。

今日はぐっすり寝るぞ!と気合を入れて眠りにつく。。。

💤💤。。。う〜ん。。。

夜中、高くて硬い二つの枕の板挟み状態で、体を捩じらせながら魘されている自分に気づいて目が覚める。

時計を見ると、まだ夜中の3時だ。

トイレに行ってから再びベットで横になるが、、なぜだろう、、眠れなくなってしまった。。

寝なきゃ、寝なきゃ、、と思えば思うほど頭は冴えていく。。

そして、潜在意識の中に閉じ込められていた複数の”心配事”とか”やらければならない事”が次から次に僕に突きつけられる。。

会社のプロジェクトのこと、個人的な税金や資金繰りのこと、個人的な仕事の各種手続きのこと。。

そして、突きつけられた一つ一つの課題に対して、頭の中で脳が勝手にシミュレーションを始めてしまった。

ああ、、ダメダメ。。こんなところでシミュレーションなんか始めちゃ。。。。体は疲れているはずなのに。。

で、、そのまま時間だけが経過して、、、カーテンの隙間から空が白んでいく外の様子が。。。

ホテルは繁華街の近くにあるためか、ゴミ置き場をめがけて早朝出勤するカラスの群れの鳴き声が外で響き渡っているし。

やばい、、本当に朝になってしまった。。

まるで海外で時差ボケになってしまったみたい。。名古屋は海外じゃないのに。

その後、なんとか眠りに着いたけど、すぐに目覚まし時計が鳴る。。

朝ごはんはパスしてもいいから、もう少し眠りたい。。と、朝一番の仕事の電話会議の開始時刻ギリギリまで粘ってベッドにしがみつく。。

そして、、起床。。

ま、、ちょっとはマシだけど、、でも頭はちょっとボーとしてるな。。

チェックアウトしてからZIP-FMへ。

そう、今日は記念すべき新番組の初収録。

気を抜くと意識がどこかに飛んで行ってしまいそうだったので、集中して気合を入れて、、何とか録り終える。

初収録だけあって、アドレナリンが出たので乗り越えられたみたい。

収録が終わった途端、力が抜けてしまい、あくびの連続。。ああ、眠い。

夕方、東京での仕事の会議のため急いで移動、、と名古屋駅で予約した新幹線の出発までの10分間を過ごすのに待合室の椅子に座ったのが失敗だった。。。

ハッと気づいて時計を見るとまさに今、出発時刻ではないか。。

一瞬だけ寝てしまったようで、慌てて重い荷物とギターを背中に抱えたままホームに駆け上がる。。

しかし、わずか10秒ほど間に合わず新幹線のドアは無情にも閉まっていく。。

そう、僕は真面目だから「駆け込み乗車はおやめください」というホーム上のアナウンスに逆らうことができない性格。

こりゃ、まずいな。。次ののぞみは結構混んでそうだし。。

でも、乗ってみると、運良く空いた座席が見つかって座って東京へ。

ところが、新幹線の座席では思うように寝れない。。。なぜ??

寝れないんですけど。。

東京に到着してすぐに会議へ。

その後は、この週末から海外赴任する会社のメンバーの壮行会へ。

壮行会の開始早々、ビールを次から次に煽るように飲み干す。。半ばヤケクソだ。

これぞランナーズハイ状態か。。

壮行会の後もすぐに帰りゃあいいのに、行きつけのライブバーに顔を出して、2曲だけ練習させてもらってからの帰宅。。。

この日はさすがに、、泥のように寝ましたわ。
2019.03.25

いいじゃない、、休日だもの。

東京ローカルなので馴染みのない人も多いかも知れないが、僕が車で移動する平日の夕方は決まってTOKYO FMのスカイロケットカンパニーというラジオ番組を聴いている。

春分の日の夕方、祝日という事でいつもよりも1時間遅れて始まったスカイロケットカンパニーの番組冒頭、パーソナリティーのマンボウやしろ氏は声高らかに「春の到来」を宣言していた。確かにその日はうららかな天気と呼べるくらい暖かい日だったということもあり、本格的な春の到来を誰しもが疑いもなく確信していた。

その2日後の土曜日。。。僕は所用があって大阪に移動して迎えた朝。ランチにはまだ早いけどお腹空いたし、、と外に出てみると、、さ、さ、寒いじゃん!めちゃくちゃ風も冷たいし。。。春用のコートの襟を首元に両手で持ち上げるようにして北風吹き荒む中を歩く。

何だよ、これー、と誰かに当たりたくなり、何故か急にマンボウさんを恨む気持ちが沸き起こってきた。。あんな宣言するからだよ!言わんこっちゃない!・・・って、まあ、マンボウさんに罪は無いんだけど。。

そんな寒さの中、グランフロントのうめきた広場で生産農家さんの即席直売店が集まるマルシェが開催されていたので、そこに居るいつもお世話になっている居酒屋の高橋社長と女将さん、そしてお店のスタッフの皆さんを訪ねてみることにした。

空はどんよりと曇り、いつ冷たい雨が落ちてくるか分からないような空模様。。時折、ビュウっという音を立てて北風が頬を針のように刺していく。そんな中、出来るだけ無表情のまま襟の中に首をすぼめて歩く。

奮闘する皆さんに何か温かい物でも差入れを、、と思うが、マルシェがどんな感じなのか分からないので、とりあえず様子伺いも兼ねて手ぶらで行ってみることに。。すると、、、皆さん、、いました、いました。。。寒い中凍えながらも皆さん、頑張ってらっしゃいました。

テントの下の棚に並んでいたのは、高橋社長のお店に食材を提供されている高野キノコプラントさんの徳島産のプレミアム椎茸「天恵茹(てんけいこ)」。下の写真を見ての通り、手のひらくらいの大きさでとても肉厚。僕も何度も社長のお店でご馳走になってるシイタケだ。

「ヒロちゃん、中に入んなよ!」と高橋社長。お言葉に甘えてテントの下へ。すると、隣のプレミアム卵を販売している生産農家さんから温かいゆで卵の差入れが。ヒロちゃんも食べなよ、と遠慮なく頂く。うん、美味しい。黄身がとろけるように柔らかいし、寒空の下、何よりも温かい食べ物に感謝だ。

すると「ヒロちゃん、ビール飲む?」と社長。で、「天恵茹」とほうれん草のバター焼を頂きながら、ビールを飲む。。「ああ、美味しいなあ」。。。

・・・あれ?・・僕は何しに来たんだっけ?

まあ、いいか。。ビール飲みながら高野キノコプラントの高野社長としばし談笑。高野社長とは同い年。キノコの新種の菌の開発の話、食材流通が抱える様々な課題、色々と教えてもらいました。

で、僕も「天恵茹」をいくつか購入してから一旦自宅へ。高橋社長に「マルシェの後、店で飲んでるからよかったら来なよ。」と。で、夜、行きつけのライブバーのお店に行く約束をしていたので、その前に社長のお店に寄ってまたビールを頂く。こりゃ、今日は酔っ払いコースだな。。

夜になってから、「天恵茹」をお土産に約束のライブバーへ。そのお店の女性オーナーともちゃんもその大きさに驚いていた。そして、来る客来る客にまるで何かを自慢するように「天恵茹、すごいでしょ!」と見せていた。ま、何を自慢していた訳じゃないけど、すごいでしょ!と言いたくなる気持ちはよくわかる。。

そのライブバーで落ち合った先輩と飲んでいると何故かボーリング談義に。その先輩は無類のボーリング好きで、回数だけは相当なものだ。でも、どちらかと言えば本番に弱いタイプで、そのお店主催のボーリング大会では前評判が高い割に結果が残せていない。それが本人にとってかなり屈辱らしい。

僕はそんな先輩と何度かボーリング勝負した事がある。自慢じゃないけど、一度も負けていない。不思議とその先輩と勝負する時はスコアがいいのだ。で、ボーリング談義の末にお互いの心に火がついて、深夜になってから勝負する事に。。店を出るときに、今からボーリング勝負だとカウンターに陣取る常連客に伝えると、「えー、今からボーリング?」とみんな呆れ顔。。これ、もう大学生のような行動パターン。

少々酔っ払っているのはお互い様という事で、3ゲームの真剣勝負。いつもより集中力が欠けてストライクも中々出ないし、簡単なスペアもミスするし、、、スコアが伸びない。。一進一退の攻防の末、、かろうじて2勝1敗で僕の勝ち!でも、合計スコアで1ポイント負けたからなあ、、、今度こそ、白黒ハッキリと勝負つけなきゃ。

ああ、、久しぶりに深夜まで遊んじゃったよ。ま、いっか。。。休日だもの!

2019.03.23

高級フレンチ「ひらまつ」にて。

先月の僕の誕生日、東京は広尾にある「ひらまつ」という高級フレンチレストランを訪れた。

昔であれば、仕事の接待で高級レストランに行くことは決して珍しいことではなかったが、仕事の第一線を退いてからはめっきりその回数も減ってしまった。

まあ、この日は人生で一度しかない50歳の誕生日。美味しいフレンチとワインでお祝いする事くらい許されるであろう。

当日の料理には、ひらまつの2代目シェフが広島のご出身だということもあり、広島の食材が沢山使われていた。僕が広島出身であることを告げると、この3月に広島の食材をメインに使用した広島フェアのようなお食事会があるので是非よろしければ、というお誘いを受けた。

で、先日、そのお食事会に行ってきた。

このような高級レストランに2ヶ月続けて行くことは、いささか気がひけるものが無いわけではないが、去年の豪雨災害の復興支援も兼ねているという趣旨にも賛同して出席してみることに。行くと決めた以上、ここぞとばかり、いつもよりもたっぷりとお腹を空かして行くことにした。

さて、当日お店に到着すると正面玄関の扉の向こうに背広をバチっと決めた方が。。。湯崎広島県知事だ。

来客する一人一人に頭を下げて、ご挨拶をしているではないか。僕もお店の方を通じて知事に紹介される。でも、何と言っていいか分からないので、「こんちには、加藤ヒロです。」と聞こえないような声で呟くのが精一杯だった。まあ、知事としても、僕の声が聞こえていたとしても「誰だ?加藤ヒロって?」という感じであろう。

テーブルに案内され、着席。見ると、僕の右斜め3メートル先に、湯崎知事が背をむけてテーブルについている。

そして、知事のご挨拶と乾杯で食事会は定刻にスタート。湯崎知事は、多くの生産者の方が昨年の豪雨災害で廃業まで考えざるを得ない状況にあったが、力を合わせて何とか復興の道を歩んでいることを説明されていた。

その廃業危機に追い込まれながら色んな人の尽力もあって酒蔵を続けることになったという東広島は安芸津にある柄(つか)酒造さんの於多福純米大吟醸 初しぼり復興1号仕込みで乾杯。とてもフルーティーな味わい。いくらでも飲めてしまいそう。

お料理は、広島の生産者の方が心を込めて作ったトマト、グリーンアスパラガス、パセリ、柑橘類といった食材を使って、目でも舌でも大変楽しむことができた。

その中でも僕のお気に入りは、三次市の三良坂フロマージュさんのリコッタチーズ。誕生日の時も美味しいと思ったけど、改めて頂くとチーズの柔らかなとろみと優しい香りが心地よく、とてもワインに合う。これは是非皆さんにもお試し頂きたい絶品だ。

そして、もう一つのお勧めがメインの比婆牛。比婆は、比婆山一帯でそのむかし目撃情報が多数寄せられた未確認生物「ヒバゴン」で一躍有名になった(少なくとも僕たちの間では)場所。広島県の北東部にあって、昔は比婆郡として存在したが、今は合併して庄原市となっている。

比婆牛は、日本和牛4大ルーツの一つである岩倉蔓を起源とし、庄原産の素牛を地元で飼育した牛を比婆牛ブランドとして認定された和牛肉をいう。この歳になると脂っぽい肉は胃にもたれがちだが、比婆牛は無駄な脂肪が少なく繊細なサシが入って上品な味わいが特徴だそうで、確かにペロリと平らげてしまった。

食事会が始まった頃、まだ全体的にぎこちない空気が漂っていたが、少しずつ賑やかな会話と共に和やかな空気へと変化していった。最後の方では、マダムの方が違うテーブルの知らないお客さんにも声をかけていた。温泉旅館の浴衣に例えると、決して他人に不快な思いをさせることのない範囲で、全員が平等に帯を緩め、前を適度に乱しているくらいの和んだ雰囲気だった。

その中でも、知事だけは最後まで帯の緩みと浴衣の乱れは一切なかった。そう、知事はお酒が入っても威厳と品格を保つ必要があるのだ。それを見ていて、「僕は、、知事はなれないな」と心の中で思った。いや、そうでなくてもなれないけど。

この日、広島の関係者の方は、知事を含め3名来席されていた。湯崎知事と広島県事務所長、そしてレストランにイチゴを納めている農家の方。

農家の方は、スーツにネクタイ姿で、僕の左斜め前の丸テーブルにこちら向きに座り、氷点下になればイチゴは枯れてしまうとか、いかにイチゴの栽培が難しいか、そして農業自体が利益を上げるのがとても大変なビジネスである、ということに熱弁していた。

その声は、料理とワインが進んで、その方の額の色が、まるで熟した綺麗なイチゴの色のように赤らんでいくにつれて、周りに響くようにどんどん大きくなっていった。

そして、メインの肉料理が終わり、デザートが出てくる頃には、その額からは赤みが少し引いていて、最初の頃の適度な声のボリュームにまで戻っていた。

食事会の終わりに、そのイチゴ農家の方のご挨拶があった。その方、なんと呉の建設会社の方で、数年前に社内ベンチャーとしてイチゴ栽培事業を始めたんだとか。

僕はてっきり、祖父の代から三代続くイチゴ農家の方が、普段は着ることのないスーツに身を包み、広島から東京は広尾にある「ひらまつ」まで来られて、こりゃ一世一代の大仕事だ、とばかりにテーブルで熱弁をふるわれていたのかと勝手に思い込んでいたが、どうやら違ったらしい。

でも、イチゴ愛はそれに匹敵するくらいの情熱を感じた。もちろん、残留農薬がゼロだという農家の方が当日持参されたイチゴは絶品だった。

最後のデザートまで、もう入らないっていうくらいお料理もワインもたっぷりと堪能してお開きに。

ああ、、もう当分は高級フレンチはお預けだな。満足満足。
2019.03.17

こちら側とあちら側

南の海上を寒冷前線を伴う低気圧が通過した影響で、午後の遅い時間になってからの通り雨。

雨はすぐ止んだが、冷たく湿ったアスファルトから靴底から染み入る冷気に体は震え、まるで街全体が冷凍庫に包まれたかのように寒い。

僕は、乗ってきた地下鉄を表参道駅で降りて青山通りを外苑前に向かって舗道を歩いた。

途中、コーヒーショップで買った暖かいブレンドコーヒーも、5分も経たないうちに冷めてしまった。

人通りの多い舗道を歩き神宮前の駅を過ぎて、さらに進んでいくと神宮外苑のイチョウ並木が見えてくる。

この時期のイチョウ並木は、散り損ねた黄色い葉っぱを所どころ残したままで過ごした冬眠生活を終えようとしている頃か。

もうすぐ芽生える新芽は、その枝の節々で今か今かと本格的な春の到来を待ちわびていることであろう。

時刻はもうすぐ夕暮れ時。

左側の舗道から西方向に目をやると、ちょうど沈んでいく夕陽が舗道とテニスコートの間の垣根の隙間から綺麗なオレンジとなって目に入る。

ご存知の方も多いと思うが、このイチョウ並木通りは、片側2車線の比較的幅員が広い道路のため、両側の路肩にはいつも沢山の車が路上駐車している。

多いのはタクシー。

運転手さんの格好の休憩場所になっているようだ。

僕もその昔、仕事で忙しい毎日を送っていた頃、クライアントとの会議の後でここに自分の車を停めて、会議中に溜まったメールの処理、送られてきた資料のレビュー、秘書へのアポ取り依頼、そして複数のクライアントから会議中にかかってきた電話へのコールバック、、、などなど、平気で何時間も過ごすこともあったっけ。

さながら、僕の車は動く事務所だった。

そうそう、昔の僕はタバコを吸っていたから、ここに車を停めて外に出てイチョウ並木を見上げながら、よく一服してたな。

今じゃ路上喫煙で怒られるんだろうけど。

そのイチョウ並木通りの真ん中を過ぎたあたりで立ち止まり、反対側の舗道のベンチを眺める。

そういえば、僕の「Fighting on the Edge」という曲のミュージックビデオをここで撮影したなあ。

もう9月だというのに、真夏のように暑い1日だった。

まだあれから1年半しか経っていないけど、感覚的にはもう4〜5年くらい前のことのように感じるのは僕だけだろうか。

ビジネスマンとしての僕。。そして、ミュージシャンとしての僕。。

イチョウ並木のこちら側と向こう側に、異なる”僕”がいる。。

この場所で二つの異なる”僕”が、時間を超えてあたかもそこに同時に存在しているかのような映像を想像してみた。

こちら側には、スーツを着てタバコの灰をアスファルトに落としながら、難しい顔をして携帯電話で忙しそうに話す僕。

向こう側には、PV撮影用に黒いギターケースを片手に歩く僕。

どちらも本当の僕だけど、、いずれも過去の僕だ。

お互いの存在を認識したところで、それが自分であることに気づかないのではないかと思う。

そして、、今の僕が、またこちら側の舗道にいる。

街は、そんな時空間を超えて、何気ない一人の人間ドラマの舞台になっているんだと感じる。

街は、、少しずつ変わっていく。。

でも、変わっていく速さは、人間の方が圧倒的に早いように思う。

年を重ね、知らず識らずのうちに老いは進行し、その容姿も考え方も、そして生き様さえも変わっていくものだ。

この日は、神宮の野球グランドで、長年うちの会社で野球部の監督を務められた方の送別練習会をやるということで、僕も顔を出すことに。。

昔ならアンダーシャツとスライディングパンツの上にユニフォームを着こんで、野球用のスパイクを履き、大声を出してボールを追いかけるところ。。

でも、もう野球のボールなんて何年も握っていない。

それに、老眼が進行中で乱視が強めの僕にとってみれば、夕暮れ時の野球のボールは凶器にもなり得る危険な存在だ。。

だから練習には参加せず、革ジャンを着たままポケットに手を突っ込んでベンチでみんなの練習を見守る。

ここでポケットに手を突っ込んでいても、きっと炎上しないよね、、と思いながら。

それにしても、みんな若いなあ。。

おそらく誰もが年を取ってやらなくなった事ランキングの中に、”全力疾走”というのが上位に入るのではないかと思うが、、、僕も全力疾走やってないなあ。。全力疾走。

まず、足がもつれてコケるのが目に見えている。

下手するとアキレス腱だって切りかねない。。

ああ、やめておいた方がいい。

年と共に考え方は保守的になっていく、、というか、リスクマネジメント力が向上すると言った方が正しいかも。

野球の練習の後、みんなで飲み会へ。

うちの会社の野球部はOBもOGも野球しない人も参加OKだから、飲み会にはうちの会社を辞めていった人が沢山参加していた。

なんか同窓会みたい。

懐かしい顔ぶれで話は盛り上がり、それぞれそれなりに年を取り合った仲間同士で酔っ払い、そしてカラオケに突入、、ついに帰宅時間は午前様に。。

そして今日。。

はい、二日酔いでブログを書いております。。
2019.03.15

消えた、すだちそば。

僕は、3年くらい前までは蕎麦を積極的に食べなかった。

いや、食べていたけど、必ずと言っていいほど、ミニ丼がセットのメニューが当たり前で、食べたいのは蕎麦ではなく丼の方で、丼を際立たせるだめの脇役としての蕎麦でしかなかった。

でも、ある時を境にランチを中心に蕎麦を食す頻度が上がり、今では多い時には週に4〜5回蕎麦を食べることもある。

僕の籠り場の近くにも数件の蕎麦屋があるが、僕が決まって行く蕎麦屋は2軒しかない。

共通しているのは、蕎麦が細めで、汁が優しい味であること。

食べた後、胃にもたれるつけ汁のお店は二度と行かない。

これは、お店が悪いのではなく、僕の胃との相性の問題だと思っている。

ところで、そのお気に入りの2軒のうち1軒は歩いて5分もかからない場所にあるから、訪れる頻度は格段に高い。

もう1軒の蕎麦屋は、歩いて10分ちょっとかかる。

だから、その店の近くの銀行に行ったついでに寄る、といったケースに限られるので、自ずと回数は限られる。

さて、先日の話。

銀行に行く予定もないのに、わざわざ遠い方の蕎麦屋に出かけてみることにした。

その理由は、その蕎麦屋の名物メニューとも言える「すだちそば」を食べたくなったから。

「すだちそば」は、そばの上に20枚ほどの薄いスライス状のすだちが表面を覆うかのように敷き詰められたそばだ。

食べる時には、すだちをどかせて食べることになるが、その一手間でさえも煩わしいと感じることもない。

実に、すだちの爽やかな酸っぱさがそばに合うのだ。

その日、僕はいつものように開店直後のお店のカウンターに座った。

頼むメニューは「すだちそば」と決めているのに、わざわざメニューをみる。

で、一応メニュー見るふりだけして温かい「すだちそば」を頼もうと思ったら、、あれ?「すだちそば」がメニューにないぞ。。

冷たいそばの中にも見当たらない。。

何度見直しても見当たらない。。

おかしいな。。。

仕方がないので、温かい「梅しそそば」と「もずく酢」を注文。

やっぱり酸っぱいやつか。。そう、疲れてるからね。

それにしても、何故「すだちそば」がないのか。

一言、女将さんに「「すだちそば」は無くなったんですか?」と聞けばいいだけの話だ。

そう、簡単なこと。

でも、不思議なことに、その時、僕はそうすべきではない、と直感的に思った。

何故だかわからないけど、聞かない方がいい、と。

その直感の背景にある僕のシナリオは、、、こんな感じだ。


そういえば、前回も、前々回も、その前の前々々回も、ずっと僕は「すだちそば」を頼んでいる。


元来、僕がその店の「すだちそば」の虜になったのは、初めて食した時に感じた芸術的とも言える”繊細さ”だった。

その”繊細さ”とは、職人技とも言える透き通るようなすだちの”薄さ”にある。

しかも、その薄さはスライス状になったすだちがきれいな円形に表現され、寸分の狂いもないくらい均等にスライスされている。

そして、すだちのタネまでもが、その薄さと同じ薄さでスライスされているのだ。

その芸術性は、全面に敷き詰められたすだちを一枚一枚取り除き、すだち用の取り皿に積み上げていくとよくわかる。

すだちの薄さが均等だから、20枚ものすだちを積み上げたとしても、真っ直ぐな塔のように積み上げることができるのだ。

間違えて薄く切りすぎてしまえば、見事なすだちの円形が崩れるように縁が切れてしまったり、あるいは、斜めにスライスされることで不均衡に厚みが残ってしまったりするであろう。

そう。。少しでも斜めにスライスされたすだちが混じっていると、ここまで真っ直ぐな塔のように積み上げることはできない。

これを職人芸と言わずしてどうする、というくらい見事な”すだちスライス”なのだ。

もしかしたら、わざわざそういうスライスに失敗した”すだちスライス”は、客に出す前に選別し取り除くことで、そばの上に載せないようにしているのかも知れない。

それはそれで、お客に最高の選りすぐりの”すだちスライス”を出すことに徹底しているのだから、お店として素晴らしいと思う。

ところが、僕が異変に気がづいたのは、前々々々回に「すだちそば」を頼んだ時だった。

出てきた「すだちそば」の上に敷き詰められた”すだちスライス”は、いつも僕が目にしていた透き通るように美しい芸術的な”すだちスライス”ではなく、その半分くらいは
縁が切れて円形は崩れ、残りはどちらか側が分厚く決して均等とは言えない厚みの”すだちスライス”でしかなかった。

まるで、切り損ねたきゅうりの薄切りみたい。

それまでの芸術的な”すだちスライス”に魅せられていた僕にしてみれば、とても失望してしまう”すだちスライス”だった。

その時、僕は思った。。。「今日は、きっといつもの店主が体調を崩して、代わりの人がすだちをスライスしているんだろうな」と。

だから、この失敗スライスは、一時的なものでしかないはずだと。

その次、そして、その次にもこの蕎麦屋に来た時に僕は「すだちそば」を注文した。

まるでそのお店で働くきれいな女性店員さんをしばらく見かけなくなったから、その人に会いたい願望を叶えるために繰り返しお店に来るような感覚で「すだちそば」を注文した。

でも、僕が会いたい「すだちそば」は二度と僕の前に現れることはなかった。

そして、今回ついにメニューから「すだちそば」は消えてしまった。

メニューから消えたということは、かなり決定的だ。。

つまりは、僕は二度とあの芸術的な”すだちスライス”に出会うことができないのか。。

だけど、それを確定的なものにしたくない。。。

僕が感じた直感は、、それだ。。

認めたくないのだ。。

もう一度でいいから、あの芸術的な”すだちスライス”に会いたいのだ。

だから、わざわざ女将さんに確認することを直感的に躊躇ったのだ。

もしかしたら、僕と同じように失敗スライスに気づいた多くの常連客から、「最近すだちのスライス、あまりクオリティー良くないねえ」というクレームが入ったのかもしれない。

二代目にお店を継がせようとしている先代は、二代目があの芸術的な”すだちスライス”を習得できるようになるまで、修行期間として一時的に「すだちそば」をメニューから外したのではないか。。

そして、スライス練習用にと、すだちの産地である徳島県から賞味期限が迫った大量のすだちを格安価格で仕入れ、夜な夜な芸術的な”すだちスライス”を習得するための修行のために消費されているのではないか。

ところが、ちいさな蕎麦屋では、大量に安価で仕入れたすだちと、本来お客に出すための高級すだちを明確に区別するように保管するためのノウハウとシステムが確立されていなかったがために、それらがごちゃ混ぜの状態で厨房の中でところ狭しと山積みになっているのかもしれない。

そんな二代目が、修行が嫌になって、もうすだちなんて見たくもない、というくらいのすだちアレルギーになってメニューから外したのかもしれない。

いや、実はこのお店、まだ誰も知らないすだちの不作を事前に察知して、大量に先物ですだちを仕入れてしまったところ、予想に反してすだちは豊作。大量のすだちの在庫を抱えることになってしまったが、自分の店で使用する分を取り分けすることを忘れてしまい、損切り覚悟で大量のすだちを処分してしまったのではないか。

いやいや、実は僕らの知らないところで、二代目がすだちと間違えて、大量に大分産のかぼすを注文してしまい、もはや当面は「すだちそば」ではなく「かぼすそば」で行こう、と決めた直後に僕がお店に行ったため、まだ「すだちそば」を削除しただけで「かぼすそば」を記載するのが間に合っていなかったメニューを僕は見ただけの話なのかも知れない。

いやいや、もしかしたら、この前の米朝首脳会議でなんらの成果が上がらなかったことが、このお店のメニューに影響しているのかも知れないし。。

んなバカな。。


なんて他愛もないこと考えながら、「梅しそそば」と「もずく酢」を頂きましたわ。。。


で、結局のところ、そのお店の”すだちスライサー”という調理器具が故障しただけの話だったとすれば、、僕が感動した職人芸のような芸術的な”すだちスライス”って何だった??ってことになるんだけど。。

今度、女将さんに聞いてみるか。
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