加藤ヒロ 公式サイト

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2019.03.17
NEW!

こちら側とあちら側

南の海上を寒冷前線を伴う低気圧が通過した影響で、午後の遅い時間になってからの通り雨。

雨はすぐ止んだが、冷たく湿ったアスファルトから靴底から染み入る冷気に体は震え、まるで街全体が冷凍庫に包まれたかのように寒い。

僕は、乗ってきた地下鉄を表参道駅で降りて青山通りを外苑前に向かって舗道を歩いた。

途中、コーヒーショップで買った暖かいブレンドコーヒーも、5分も経たないうちに冷めてしまった。

人通りの多い舗道を歩き神宮前の駅を過ぎて、さらに進んでいくと神宮外苑のイチョウ並木が見えてくる。

この時期のイチョウ並木は、散り損ねた黄色い葉っぱを所どころ残したままで過ごした冬眠生活を終えようとしている頃か。

もうすぐ芽生える新芽は、その枝の節々で今か今かと本格的な春の到来を待ちわびていることであろう。

時刻はもうすぐ夕暮れ時。

左側の舗道から西方向に目をやると、ちょうど沈んでいく夕陽が舗道とテニスコートの間の垣根の隙間から綺麗なオレンジとなって目に入る。

ご存知の方も多いと思うが、このイチョウ並木通りは、片側2車線の比較的幅員が広い道路のため、両側の路肩にはいつも沢山の車が路上駐車している。

多いのはタクシー。

運転手さんの格好の休憩場所になっているようだ。

僕もその昔、仕事で忙しい毎日を送っていた頃、クライアントとの会議の後でここに自分の車を停めて、会議中に溜まったメールの処理、送られてきた資料のレビュー、秘書へのアポ取り依頼、そして複数のクライアントから会議中にかかってきた電話へのコールバック、、、などなど、平気で何時間も過ごすこともあったっけ。

さながら、僕の車は動く事務所だった。

そうそう、昔の僕はタバコを吸っていたから、ここに車を停めて外に出てイチョウ並木を見上げながら、よく一服してたな。

今じゃ路上喫煙で怒られるんだろうけど。

そのイチョウ並木通りの真ん中を過ぎたあたりで立ち止まり、反対側の舗道のベンチを眺める。

そういえば、僕の「Fighting on the Edge」という曲のミュージックビデオをここで撮影したなあ。

もう9月だというのに、真夏のように暑い1日だった。

まだあれから1年半しか経っていないけど、感覚的にはもう4〜5年くらい前のことのように感じるのは僕だけだろうか。

ビジネスマンとしての僕。。そして、ミュージシャンとしての僕。。

イチョウ並木のこちら側と向こう側に、異なる”僕”がいる。。

この場所で二つの異なる”僕”が、時間を超えてあたかもそこに同時に存在しているかのような映像を想像してみた。

こちら側には、スーツを着てタバコの灰をアスファルトに落としながら、難しい顔をして携帯電話で忙しそうに話す僕。

向こう側には、PV撮影用に黒いギターケースを片手に歩く僕。

どちらも本当の僕だけど、、いずれも過去の僕だ。

お互いの存在を認識したところで、それが自分であることに気づかないのではないかと思う。

そして、、今の僕が、またこちら側の舗道にいる。

街は、そんな時空間を超えて、何気ない一人の人間ドラマの舞台になっているんだと感じる。

街は、、少しずつ変わっていく。。

でも、変わっていく速さは、人間の方が圧倒的に早いように思う。

年を重ね、知らず識らずのうちに老いは進行し、その容姿も考え方も、そして生き様さえも変わっていくものだ。

この日は、神宮の野球グランドで、長年うちの会社で野球部の監督を務められた方の送別練習会をやるということで、僕も顔を出すことに。。

昔ならアンダーシャツとスライディングパンツの上にユニフォームを着こんで、野球用のスパイクを履き、大声を出してボールを追いかけるところ。。

でも、もう野球のボールなんて何年も握っていない。

それに、老眼が進行中で乱視が強めの僕にとってみれば、夕暮れ時の野球のボールは凶器にもなり得る危険な存在だ。。

だから練習には参加せず、革ジャンを着たままポケットに手を突っ込んでベンチでみんなの練習を見守る。

ここでポケットに手を突っ込んでいても、きっと炎上しないよね、、と思いながら。

それにしても、みんな若いなあ。。

おそらく誰もが年を取ってやらなくなった事ランキングの中に、”全力疾走”というのが上位に入るのではないかと思うが、、、僕も全力疾走やってないなあ。。全力疾走。

まず、足がもつれてコケるのが目に見えている。

下手するとアキレス腱だって切りかねない。。

ああ、やめておいた方がいい。

年と共に考え方は保守的になっていく、、というか、リスクマネジメント力が向上すると言った方が正しいかも。

野球の練習の後、みんなで飲み会へ。

うちの会社の野球部はOBもOGも野球しない人も参加OKだから、飲み会にはうちの会社を辞めていった人が沢山参加していた。

なんか同窓会みたい。

懐かしい顔ぶれで話は盛り上がり、それぞれそれなりに年を取り合った仲間同士で酔っ払い、そしてカラオケに突入、、ついに帰宅時間は午前様に。。

そして今日。。

はい、二日酔いでブログを書いております。。
2019.03.15
NEW!

消えた、すだちそば。

僕は、3年くらい前までは蕎麦を積極的に食べなかった。

いや、食べていたけど、必ずと言っていいほど、ミニ丼がセットのメニューが当たり前で、食べたいのは蕎麦ではなく丼の方で、丼を際立たせるだめの脇役としての蕎麦でしかなかった。

でも、ある時を境にランチを中心に蕎麦を食す頻度が上がり、今では多い時には週に4〜5回蕎麦を食べることもある。

僕の籠り場の近くにも数件の蕎麦屋があるが、僕が決まって行く蕎麦屋は2軒しかない。

共通しているのは、蕎麦が細めで、汁が優しい味であること。

食べた後、胃にもたれるつけ汁のお店は二度と行かない。

これは、お店が悪いのではなく、僕の胃との相性の問題だと思っている。

ところで、そのお気に入りの2軒のうち1軒は歩いて5分もかからない場所にあるから、訪れる頻度は格段に高い。

もう1軒の蕎麦屋は、歩いて10分ちょっとかかる。

だから、その店の近くの銀行に行ったついでに寄る、といったケースに限られるので、自ずと回数は限られる。

さて、先日の話。

銀行に行く予定もないのに、わざわざ遠い方の蕎麦屋に出かけてみることにした。

その理由は、その蕎麦屋の名物メニューとも言える「すだちそば」を食べたくなったから。

「すだちそば」は、そばの上に20枚ほどの薄いスライス状のすだちが表面を覆うかのように敷き詰められたそばだ。

食べる時には、すだちをどかせて食べることになるが、その一手間でさえも煩わしいと感じることもない。

実に、すだちの爽やかな酸っぱさがそばに合うのだ。

その日、僕はいつものように開店直後のお店のカウンターに座った。

頼むメニューは「すだちそば」と決めているのに、わざわざメニューをみる。

で、一応メニュー見るふりだけして温かい「すだちそば」を頼もうと思ったら、、あれ?「すだちそば」がメニューにないぞ。。

冷たいそばの中にも見当たらない。。

何度見直しても見当たらない。。

おかしいな。。。

仕方がないので、温かい「梅しそそば」と「もずく酢」を注文。

やっぱり酸っぱいやつか。。そう、疲れてるからね。

それにしても、何故「すだちそば」がないのか。

一言、女将さんに「「すだちそば」は無くなったんですか?」と聞けばいいだけの話だ。

そう、簡単なこと。

でも、不思議なことに、その時、僕はそうすべきではない、と直感的に思った。

何故だかわからないけど、聞かない方がいい、と。

その直感の背景にある僕のシナリオは、、、こんな感じだ。


そういえば、前回も、前々回も、その前の前々々回も、ずっと僕は「すだちそば」を頼んでいる。


元来、僕がその店の「すだちそば」の虜になったのは、初めて食した時に感じた芸術的とも言える”繊細さ”だった。

その”繊細さ”とは、職人技とも言える透き通るようなすだちの”薄さ”にある。

しかも、その薄さはスライス状になったすだちがきれいな円形に表現され、寸分の狂いもないくらい均等にスライスされている。

そして、すだちのタネまでもが、その薄さと同じ薄さでスライスされているのだ。

その芸術性は、全面に敷き詰められたすだちを一枚一枚取り除き、すだち用の取り皿に積み上げていくとよくわかる。

すだちの薄さが均等だから、20枚ものすだちを積み上げたとしても、真っ直ぐな塔のように積み上げることができるのだ。

間違えて薄く切りすぎてしまえば、見事なすだちの円形が崩れるように縁が切れてしまったり、あるいは、斜めにスライスされることで不均衡に厚みが残ってしまったりするであろう。

そう。。少しでも斜めにスライスされたすだちが混じっていると、ここまで真っ直ぐな塔のように積み上げることはできない。

これを職人芸と言わずしてどうする、というくらい見事な”すだちスライス”なのだ。

もしかしたら、わざわざそういうスライスに失敗した”すだちスライス”は、客に出す前に選別し取り除くことで、そばの上に載せないようにしているのかも知れない。

それはそれで、お客に最高の選りすぐりの”すだちスライス”を出すことに徹底しているのだから、お店として素晴らしいと思う。

ところが、僕が異変に気がづいたのは、前々々々回に「すだちそば」を頼んだ時だった。

出てきた「すだちそば」の上に敷き詰められた”すだちスライス”は、いつも僕が目にしていた透き通るように美しい芸術的な”すだちスライス”ではなく、その半分くらいは
縁が切れて円形は崩れ、残りはどちらか側が分厚く決して均等とは言えない厚みの”すだちスライス”でしかなかった。

まるで、切り損ねたきゅうりの薄切りみたい。

それまでの芸術的な”すだちスライス”に魅せられていた僕にしてみれば、とても失望してしまう”すだちスライス”だった。

その時、僕は思った。。。「今日は、きっといつもの店主が体調を崩して、代わりの人がすだちをスライスしているんだろうな」と。

だから、この失敗スライスは、一時的なものでしかないはずだと。

その次、そして、その次にもこの蕎麦屋に来た時に僕は「すだちそば」を注文した。

まるでそのお店で働くきれいな女性店員さんをしばらく見かけなくなったから、その人に会いたい願望を叶えるために繰り返しお店に来るような感覚で「すだちそば」を注文した。

でも、僕が会いたい「すだちそば」は二度と僕の前に現れることはなかった。

そして、今回ついにメニューから「すだちそば」は消えてしまった。

メニューから消えたということは、かなり決定的だ。。

つまりは、僕は二度とあの芸術的な”すだちスライス”に出会うことができないのか。。

だけど、それを確定的なものにしたくない。。。

僕が感じた直感は、、それだ。。

認めたくないのだ。。

もう一度でいいから、あの芸術的な”すだちスライス”に会いたいのだ。

だから、わざわざ女将さんに確認することを直感的に躊躇ったのだ。

もしかしたら、僕と同じように失敗スライスに気づいた多くの常連客から、「最近すだちのスライス、あまりクオリティー良くないねえ」というクレームが入ったのかもしれない。

二代目にお店を継がせようとしている先代は、二代目があの芸術的な”すだちスライス”を習得できるようになるまで、修行期間として一時的に「すだちそば」をメニューから外したのではないか。。

そして、スライス練習用にと、すだちの産地である徳島県から賞味期限が迫った大量のすだちを格安価格で仕入れ、夜な夜な芸術的な”すだちスライス”を習得するための修行のために消費されているのではないか。

ところが、ちいさな蕎麦屋では、大量に安価で仕入れたすだちと、本来お客に出すための高級すだちを明確に区別するように保管するためのノウハウとシステムが確立されていなかったがために、それらがごちゃ混ぜの状態で厨房の中でところ狭しと山積みになっているのかもしれない。

そんな二代目が、修行が嫌になって、もうすだちなんて見たくもない、というくらいのすだちアレルギーになってメニューから外したのかもしれない。

いや、実はこのお店、まだ誰も知らないすだちの不作を事前に察知して、大量に先物ですだちを仕入れてしまったところ、予想に反してすだちは豊作。大量のすだちの在庫を抱えることになってしまったが、自分の店で使用する分を取り分けすることを忘れてしまい、損切り覚悟で大量のすだちを処分してしまったのではないか。

いやいや、実は僕らの知らないところで、二代目がすだちと間違えて、大量に大分産のかぼすを注文してしまい、もはや当面は「すだちそば」ではなく「かぼすそば」で行こう、と決めた直後に僕がお店に行ったため、まだ「すだちそば」を削除しただけで「かぼすそば」を記載するのが間に合っていなかったメニューを僕は見ただけの話なのかも知れない。

いやいや、もしかしたら、この前の米朝首脳会議でなんらの成果が上がらなかったことが、このお店のメニューに影響しているのかも知れないし。。

んなバカな。。


なんて他愛もないこと考えながら、「梅しそそば」と「もずく酢」を頂きましたわ。。。


で、結局のところ、そのお店の”すだちスライサー”という調理器具が故障しただけの話だったとすれば、、僕が感動した職人芸のような芸術的な”すだちスライス”って何だった??ってことになるんだけど。。

今度、女将さんに聞いてみるか。
2019.03.15
NEW!

難色深まる

いささか難しい春は、悪いことに僕を数日前よりもさらに混乱させ、まる3日間もブログの更新を怠るという結果をもたらした。。。

と、村上春樹的には表現できるかも知れない。。

まあ、単なる「サボり」みたいなもんだけど。

さて、今日の予定は、はラジオの収録から打ち合わせ。

まずはラジオの収録で僕は一つの嬉しい出来事を体験する。

ま、これはまた後日ブログに書くことにするとして。。。

その後は、夜からギターの師匠と次回ライブの二人だけのリハ。

ギターの師匠が忙しい合間を縫って、わざわざ出来の悪い僕のために時間を割いてくれるとのこと。ありがたい。。

そこで、悶々としていた次回ライブで何をするか、を二人で膝を突き合わせて色々とすり合わせてみる。

まだまだ練習が必要だけど、当面のゴールが具体的にイメージできたのでとても気分が楽になった。

次回ライブまでもう3週間を切ったけど、残った時間でできる限りのことをやるしかない。

そう、、もう開き直りの世界。

そして、もう一つ今日は嬉しいことが。。

「次回のライブ、4枚チケットをお願いします。」という知人からの連絡。

僕は単純だから、ちょっとした事で機嫌がよくなる性格だ。。

ライブを控えている状況で、「ライブに行くよ」、という言葉ほど嬉しい事はない。

どれだけ苦悩の日々を過ごしていたとしても、その言葉だけで一気に救われる気持ちになるし、本番までにクリアしなければならない高いハードルも、「よし、頑張って超えてやる!」という気持ちにさせてくれる。

この前、テレビでショールームの前田裕二さんが幼少期に路上ライブで生計を立てていたという話の中で話していたことがある。

表現は正確ではないけれど、「人は、誰かが自分のために時間を使ってくれていることに対して、最も幸せを感じるものだ」という類のことだった。。

ライブに来てもらえるということは、少なくともその2時間くらいの時間を僕のために使っていただけるということで、、だから僕はそれを幸せに感じる。

なるほど、その通りだ。。

と、思いながら、ふと考えてみる。

さて、そのライブの2時間、僕は来てくれた人のために何ができるだろう、、と。

その人たちの時間を預かって、僕はどうやってその人たちに幸せを感じてもらうことができるのだろう。。

ただ好きなようにギターを弾いて歌を歌うだけの時間でいいのかな。。

今更ながらに、僕はライブに来ていただける人たちのために、その時間を使うということを、もっとちゃんと理解しなければならないのではないか。

当たり前だけど、、そんな簡単なことでさえちゃんと理解できていなかった自分が少し恥ずかしくなる。

誰がお客様であろうが、何人のお客様が来ようが、その時間にその場所で僕がギターを弾いて歌を歌うことは決まっている事実であって、それはあたかも誰も動かすことのできない所与の権利であり義務である、と無意識のうちに思っていたけど、、なんか違う気がするね。

もっと、、なんか違うものがある気がする。

僕がお客さんのためにその大切な時間を使うという考え方は、、少しハッとさせられるね。。

まあ、口で言うのは簡単だけど、、次回ライブは色々とやることが多いので、その分来ていただいたお客様にもたっぷりと喜んでもらえるように、、、あと3週間足らずの日々を、、過ごしてみるしかない。。

春という季節は、人を哲学的にさせるのか。。。

ん、、それは秋なのでは??

ま、いいか。。。

こんな感じで、僕にとっていささか難しい春は、、より一層難しい春へとその難色の色合いを深めていくのでありました。。

つづく。。
2019.03.11

いささか難しい春の到来。。

なんとも居心地の悪い週末だった。

あまりの天気の良さに日中に寝室の窓を全開にしていたせいか、そこから舞い込んだと思われるたっぷりの花粉のせいで、一晩中くしゃみと鼻水が止まらない夜を過ごす。

頭も身体も疲れていていつもよりも増して睡眠を求めているのに、結局よく眠れないまま朝を迎える。

起きた後も、どこかフワフワとして、、まともに思考が働かない感覚だ。

ここのところ、色々とやらなければならないことが山積みとなり、何をいつまでにどの程度やっておく必要があるのか、ということを落ち着いて考える時間もなかった。

それが余計に僕を落ち着かなくさせていたことには気づいていた。

だから、、、せっかくの休日、なんとかして頭の中を整理してみた。

ところが、寝不足の頭は一向に働こうとしない。

仕方がないので、まずは何をやらないといけないのか、というTo Do事項をゆっくりと考えてみた。

大きなイベントとしては、まずは3週間と少しばかり後にやってくる4月3日のライブ。。

その準備がある。

そして、その先の名古屋でもライブか。。

いや、待てよ。

今月末には、まだレコーディングも残っている。

そこでは慣れないギターソロを録らないといけないから、これまたいつもより練習しなくてはならない。

そして、会社での仕事の打ち合わせの依頼も来ているし、来週はラジオの収録、その翌週にはあるお方からイレギュラーなイベントも依頼されているし、、、そういえば、アレもコレも、ああ、あんな事もやらないといけないじゃないか。。

村上春樹的な表現をすれば、「この状況は僕にとっていささか難しい局面を迎えたことを意味していた」という感じか。

まあ、でも漠然としているけど、一番大きなイベントはやっぱり次回のライブだな。

そこまでは整理できた。

ところが、それに向けてどの程度の準備をしておけばいいのか、、ということが寝不足のせいか、具体的にイメージできない。

いや、これは寝不足のせいではなく、単に僕がどの程度のことを準備しておけばいいのか、ということ自体を理解していない可能性が高い。

今までのライブであれば、セットリストを基に準備をすれば大丈夫だったし、それにとって本番での大凡のイメージがつけることが出来た。

次回のライブは、セットリストは一応できてはいるか、その中身が自分にとって未知の世界が多いのだ。

つまりは、やったことのないカバー曲とか、、自分の新曲とか。。そういうやつ。。

だから、いつまでにどの程度まで行けばいいのか、という時間と距離感覚が上手く掴めないでいる。

今までやったことのない事にチャレンジすることが多すぎる、とも言える。

次のライブは、そういう位置付けのライブなのである。

そう、、結構なチャレンジを孕んでいるのだ。

ああ、、やらなきゃな。。でも眠いし💤💤

そんなフワフワと宙に浮いたような週末。。

で、何故かまたまた寝不足気味の月曜日。。

午前中の雨はお昼前には上がり、午後からは日も差していた。

気温も急上昇して、さながら春の陽気といった感じ。

僕の頭も、まだフワフワは続いている。。

これが、、、春ってやつなのか。

当分、こんな感じかも。
2019.03.09

ポイントカードはありますか?

金曜日は、母校の京阪神地区の同窓会。

いつも僕のライブに来てくれる後輩が事務局を務めてることもあり、今回は僕が諸先輩方の前で歌わせて頂くことに。

会場は、綺麗な夜景の見える中華レストラン。

音響機材が無いので、僕が持っている小さめのアンプを持参することになっていた。

えーと、アンプとマルチエフェクターとマイクとマイクスタンドと、、、準備は出来ていると勝手に思い込んでいたんだけど。。

お昼前、夜の本番に備えて、頭の中で機材の接続を確認してみる。。

あ、、マイクのケーブルがない。

よし、ランチの後にそのまま楽器店に寄って買ってくればいいや、と行きつけのカフェレストランで早めのランチを済ませ、楽器店へ。

家から一番近い楽器店は徒歩5分の距離。

でも、品揃えが偏っているから、お目当ての品物がない場合には、徒歩15分くらいの大きな楽器店に行かなくてはならない。

マイクケーブルくらいは一番近い楽器店で売っているけど、開店時間までまだ少し時間があったし、前日の就寝時間が遅くちょっと寝不足気味の目を覚ます意味でもちょっと歩こうか、と気持ちの良い空の下、大きな楽器店へ向かう。。

「ポイントカードはありますか〜」
「ないです。」
「すぐに作れますけど、どうしますか〜。」
「いえ、大丈夫です。」

という会話を交わし、難なくマイクケーブルをゲット。

よし、これでOKと余裕しゃくしゃくで軽い足取りで家へ。

帰宅して頭の中での接続シミュレーションだけだと不安だから、実際に接続してみる。

すると、事前に新しく購入していたマイクスタンドに、マイクを支えるマイクホルダーを取り付けようとした時に問題が発覚。

マイクホルダーのネジのサイズが5/8で、マイクスタンド側が3/8。

これじゃサイズが合わず取り付けられないじゃん。

ネットで調べるとサイズ調整用の変換ネジというものがあるらしいことが判明。

それを買いに行かなきゃ。

と、近くの楽器屋へ。。。

ところが、品揃えがそれほど多くないそのお店では、「置いてないっすね〜。」

仕方なくさっき行った大きい楽器屋へもう一度。。

全く、、最初から実際に接続のシミュレーションしておけば、一度ですんだのに。。

売り場の店員に尋ね、奇跡的に一つだけ残っていた変換ネジをゲット。

「ポイントカードはありますか〜」
「ないです。」
「すぐに作れますけど、どうしますか〜。」
「いえ、大丈夫です。」

30分前に交わした会話を再現しながら変換ネジをゲット!

帰り道、、寝不足からか頭が朦朧としてきて。。

今度こそ、これで大丈夫だろう、と接続を確認。

あれ?

今度はシールド(ギターとエフェクターをつなぐケーブルのこと)が2本必要なところ、1本しか見当たらない。。

まじか。。。

今度は、近くの楽器屋へ。。

「ポイントカードはありますか〜」
「ないです。」
「すぐに作れますけど、どうしますか〜。」
「いえ、大丈夫です。」

どこの楽器屋も同じだな。。

この時点でもう疲弊気味。。

時計を見るともう14時を回ってるし。。万歩計の歩数は10000歩を超えてるし。。

今度こそ、と接続を確認して同窓会の会場となる中華レストランへ。

本番、朦朧とした頭で歌詞を飛ばしながらも、、歌わせて頂きました!

皆さま、どうもありがとうございました!

そして、まっさん、いつもありがとう!

準備の段取りを甘くみていた罰が下った日、、でした。







2019.03.06

レコーディングという名の修行

レコーディング。

僕の収録は、都内某レコーディングスタジオの広い部屋の中に設置されたブースのようなスペースにて、予定通りの時刻に開始された。

この日の僕のノルマは、午後から2曲分のギター録りと1曲分の歌録り。

午前中は、まさや君のベースのレコーディング。

僕が到着した時には、レコーディングを終えたまさや君がいつもの陽気な笑顔を浮かべながら、余裕シャクシャクで談笑している。

恐らくは、この日の僕のパートは、ギターの上手い人であれば、チャチャチャっと1時間もかけずに終わらせることが出来るような内容であろう。

僕だってブログでは格好よくチャチャっと終わらせて「レコーディング終了!」と涼しい顔の写真付きでスマートに書きたいところだけど、、、そんなに現実は甘くない。

未熟な僕にとってみればレコーディングはいつも苦難の連続。。

そう、、修行なのだ。。

弾いてはミスして録り直し、そしてまたやり直してはミスして録り直し、、この状況が続く。。

もちろん事前に個人練習はやってくるんだけど、、レコーディング本番となると全然違うんだよね。雰囲気も。

よくあることだが、僕の未熟さ故に、録り始めの頃に比べて、最後の方はギターが上手くなってたりする。

そう、自分でもそう感じる時がある。

だから、大抵の場合は最初に録った部分をまた最後に録り直したりする。。

だから余計に時間がかかる。

この日もそう。

あんなに苦労して録った最初の部分を、最後はチャチャっとOKが出たりする。。

そして、やっとの思いで1曲分のギターを録り終える。。

この時点でずっと力みが消えない僕の右腕にはすでに張りを感じる。。

次は気分転換も兼ねてギターではなく歌録り。

ところが、力みで硬直した体からはまともな声が出てこない。。

だめだコリャ。。

それでも何とか押し切るように歌録り終了。

元気めの曲だったからまだ良かったかも。

バラードだったらアウトだった。

この頃、コントロールルームでは夕食の出前をどこに頼むか、という重要な議論が取り交わされていた。。

え、、もうそんな時間。。?

いつの間にか、時刻はとっくに夕方から夜へ。。

そして、次の曲のギターを録る準備が整ったところで夕食が到着。

この日はインドカレー。

スタジオのスタッフの人が買いに行ってくれたらしい。

夕食を終え、再びブースにてギター録り。

またしても試練が。。。

人差し指で複数弦を押さえるバレーコードとその録り直しの連続に、左手までも悲鳴を上げ始める。

特に、この日の使用ギターはいつも使っているギターではないから、微妙に弦の押さえ具合の感覚が違うから余計だ。。

で、何とか僕のパートは終了。

夜になってサックスの寺地美穂さんが登場。

僕のレコーディングのパートが終わるのを控え室でずっと待ってくれていた。。

申し訳ない。

こうやって沢山の人の力を借りながらやっているわけですよ。。

本当にありがたい。

で、この日のレコーディングは全て終了!

修行でボロボロになった僕の心を癒してくれるのは、寺地さんの元気な笑顔だけですよ。

また、頑張らないとね。





2019.03.03

3月3日

3月3日といえば、、そう、世間的に言えば「ひな祭り」の日。。。

だけど、我が家にとってみれば、、この日は15年連れ添った愛犬チェリーの命日。

ちょうど2年前の今日、天国に旅立っていった。

僕は欧州出張中で、チェリーが逝くその場に立ち会うことができず、知らせを聞いて急いで出張先から自宅に戻り、冷たくなったチェリーと対面したのがその翌日の3月4日。。

雲ひとつないくらいに晴れ渡り、わずか1週間日本を離れていた間に急に春の到来を告げるような柔らかい日差しが降り注いでいたっけ。。

写真は2015年5月終わりの休日に撮ったお昼寝中のチェリーと僕の愛用するギター「ギブソンJ-45」とのツーショット写真。

ちょうどこの頃に、長年続けてきた会社の役職から身を引かせてもらって音楽活動を本格化し始めた。。

音楽活動って言ったって、どうやればいいのか、どうやって前に進んでいけるのかさえ分からないまま、ただガムシャラに曲を書いては毎週のように小さなライブハウスで歌っていた。

この先どうなるか全くわからない状況で、不安だらけの日々の連続。。。

でも、一度きりの人生、やりたいことをやろうと心に決めて未知の世界に踏み出した頃。

今でも先がよく見えているわけじゃないし、不安になる時もあるけど、やりたいことをやらせてもらっていることが一番の幸せだと自分に言い聞かせている。

まだ道半ば、、というよりも、まだ今でもスタートラインに立っていないという意味では、当時とほとんど変わっていないのかも知れないけど、少しは音楽の神様が遠くの方で振り向いてくれる程度にはなったかな。。

まだまだだけど。。。

これからも、チェリーのことを思い出して心から歌い続けるよ。

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