加藤ヒロ 公式サイト

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2019.04.28

新しい趣味。。

以前にもブログに書いたことがあるが、僕は活字を読むのが嫌いだ。

子供の頃から読書なるものを趣味として捉えたことは一度もない。

大人になっても新聞は見出ししか読まなかったし、書類も許されるならば要約された箇所だけを読むことを好んだ。

そんな僕がM&Aの契約を弁護士と一緒になって交渉し、度重なる修正版をレビューするという作業が、如何に苦痛であったか、、きっとお分かり頂けるであろう。

今にして思えば、よくやっていたと我ながら思う。

いや、よくやったと振り返る今を思えば、その仕事が長続きしなかったことに不思議はない。

まあ、、嫌なものは長続きはしない、、というシンプルな哲学だ。

ところで、僕は活字は嫌いだったけど、漫画となれば話は別だった。

子供の頃からコミック本は暇さえあれば読んでいたし、大学生時代の弄ぶくらいにあった時間を潰すことができたのも漫画のおかげだ。

そして、大人になってからも漫画雑誌をこよなく愛した時期が長かった。

ニューヨークで過ごした20歳代は、日本語を話すことはあっても読んだり書いたりする機会は殆どなかったので、いつも日本語に飢えていた。

だから、当時愛読していた「ビックコミックスピリッツ」の発売日ともなると、仕事終わりに早足で5番街近くの紀伊国屋まで歩いて買いに行き、待ちきれず帰りの地下鉄の中でワクワクしながら読んだものだ。

ニューヨークの紀伊国屋で売られてる漫画の週刊誌は、日本で売られている値段のおそらく倍以上したであろう。

当時の貧乏生活の中では相応の負担にはなったが、それが僕にとっては数少ない娯楽の一つだったのは間違く買うことに躊躇することはなかった。

30歳を前に日本に帰国してからは、他にもっと楽しい娯楽がいっぱいあったからか、いつのまにかあれだけ愛読していた漫画さえも読まなくなった。

雑誌も、新聞も、小説も読まない。

書類も、、出来るだけ読まない。。

僕はいつしか仕事で必要とされる最低限のレベルを維持する程度に、活字とは完全に距離を置いた人生を送ることになった。



そんな生活が20年近く続いただろうか。。

去年の春先に曲がぱったりと書けなくなった時に、プロデューサーの安藤さんから小説を読むことを勧められた。小説だけでなく映画や演劇、たくさんのアーティストのライブを観劇することも含めて、だ。

手っ取り早く始めることができたのが読書だった。

勧められた村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」から読み始めることにした。

「さらっと読めるよ」と言われたわずか160ページの小説本を読むことが、読書に慣れていない僕にとっては、長い長い坂道を少しずつ登っていくような、、決して楽ではない、どちらかと言えば苦痛を伴う作業に思えた。

地下鉄の窓ガラスに映るつり革につかまりながら単行本を読む自分の姿に違和感を覚えた。。

それは、昔の僕には考えられない光景だった。

何日要したかは覚えていないが、「風の歌を聴け」を読み終えた。。

とても心に残る作品だったので、その後は次から次へと村上春樹の単行本を買ってきては地下鉄や新幹線で読むようになった。

「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険(上)(下)」「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド(上)(下)」「ノルウェイの森(上)(下)」「ダンス・ダンス・ダンス(上)(下)」「国境の南、太陽の西」「ねじまき鳥クロニクル(第1〜3部)」「スプートニクの恋人」と、数えてみれば9作品15冊の単行本を読んだことになる。

読書好きの人には、大したことのない数かもしれないが、僕にとっては想像以上に沢山の本を読んだ気分だ。

「ねじまき鳥クロニクル」は、第1部から第3部までの三部作だが、第3部だけでも600ページもあった。

今にして思えば、「風の歌を聴け」の160ページを数週間もかけて読んだ自分が実に初々しい。

そして、今月から「海辺のカフカ」を読み始めた。

村上春樹以外には、レイモンド・チャンドラーの「さらば愛しき人よ」を読んだだけだ。

特に村上春樹の小説にこんなにハマるとは思いもしなかった。

ハルキストの方々からはたかだか一年くらい読んだくらいで、、と怒られるかもしれないけど、戦争時代の悲惨な状況の描写、人間の心の弱さや逞しさと言った心理を描いた繊細な表現、大人のドロドロとした人間関係といったものから、もっと大きな社会経済、政治的な問題提起や時空を超えた人々の存在意義など、普段考えることがないような事物について立体的に考えさせられることが、とても面白いと感じている。

なんというか、一冊読んだ後、しばらくの間、その小説から伝わるメッセージとその意味するところの本質を自分なりに捉えたくて、あれこれ答えを探している自分がいる。それが余韻というものなんだろう。

言ってみれば、そういう余韻を楽しむのが読書の面白いところだと思うようになったし、その余韻欲しさにページをめくり、最後まで読み切ってしまうのだと。。

まあ、今一緒にラジオをやっているのはBrian the Sunのベースのハルキだし、それ以外にも角川春樹さんや、昔阪神にいて西武に移籍した吉武春樹選手、テレビでよく見ていたハルキ・ホーガンと、ハルキという名前には親近感が元々あったからね。

まだまだ村上春樹の読んでいない作品はあるし、、他の作家の小説も少しずつ読んでいきたいと思う平成最後の春なのでした。。。

これはもう、、読書は僕にとって趣味と言っていいでしょう!

。。。。。

。。いや、ハルキ・ホーガン、、スルーしないでね。
2019.04.26

やってきました。。

ついにやって来ました、、10連休。

個人各々が取得する夏休みとか冬休みといった有給休暇を除いて、一斉に金融機関からお役所まで休む休日としては史上最長か。。

僕は元々週末大好き人間。。

そして、祝日大好き人間。。

あ、、みんなそうか。。

数年前までの会社勤めの仕事中心の生活をしていた頃は、毎週毎週とても週末が待ち遠しかった。

週末にキャンプとかゴルフとか釣りとか、犬と一緒にディスク大会に出るために遠征したりとか、、とにかく朝から晩まで遊ぶ事で全てのエネルギーを発散して、ヘロヘロになって月曜日の朝に出社していた。

そして、火曜日から水曜日にかけて体力を少しずつ回復させ、木曜日と金曜日には体調を整えてから再びエネルギー消耗の為の週末に突入する。

そういうサイクルを送っていた。

今考えても、素晴らしいサイクルだった。

ところが、今のような音楽を中心とした生活になってからは、会社勤めの人が感じるほどの平日と週末の境界線がなくなった分、僕にとっての週末・祝日大好き症候群は影を潜めている。

そう言ってしまうと、毎日が週末みたいな悠々自適のような生活を送っているのか、と怒られてしまうかも知れないが、実はそうではない。

毎日が、平日でもなく週末でもない、という表現が正しいだろう。

つまり、曜日感覚が薄いのだ。

これは、社会人としてはあまり喜ばしい事ではない。

かろうじて決まった曜日に開催される会社の会議で曜日感覚を維持しているようなもの。

定年後の人も「Everyday Sunday」と言われるような生活だから、こんな感じなのかな。

土曜日の朝に「おい、いつまで寝てるんだ。学校に遅れるぞ。」と言って孫を起こしてしまうおじいさんのよう。

うう、、そうはなりたくない。

と、言いながら、この時期の僕はちゃっかり曜日感覚を保っている。

そう、、阪神の試合がない日で月曜日と認識。。。

なんちゃって。。

でも、阪神の場合は、オールスター過ぎくらいにはもう優勝の可能性が消えちゃうことが多いから、短い期間しか使えない。。。

まあ、兎にも角にもどうやら僕は定年がない人生を選んでしまったみたいだ。。だから、生涯現役で頑張るしかない。

ずっとずっと、続けること。。

うん、それが大事なんだ。。。何事も。

え、、M&Aの仕事を半分辞めてるお前が言うなって??

はい、すいません!

でも、音楽は、、続けるよ。
2019.04.24

知的で、創造的で、自由な世界。。

就寝するとき、人によって直ぐに寝れる人と、中々寝付けない人がいる。

もちろん、日によって違いはあるのだろうけども、直ぐに寝れるタイプの人は、ほぼ毎日例外なく秒速で寝ることができるという話を聞いたことがある。

若い頃は、そんな人が羨ましかった。

というのも、僕の場合、寝るときに頭の中で色んなことを考え始めると、もしかしたら明け方近くまで起きていたのではないか、というくらい眠れない日が多かった。

実は寝ている時間が一番脳をフル稼働させているのではないか、と思うくらいだ。

思い返せば、その前兆は幼少時代からあったように思う。

子供の頃は、将来のことを案じたり、難しいことを考えるなんてことはないので、寝床について寝るまでの間に僕は楽しい妄想の世界に浸ることにしていた。

多かれ少なかれ、大抵の人は元来妄想癖なるものが備わっているのではないかと思う。

僕がその眠りにつく前に見ていた妄想の世界の舞台は、どこかの中世のヨーロッパの街。

街の北側中央部に大きなお城があって、そのお城の背後にはマッターホルンのような高い山がそびえ立っていた。

そして、お城の南側には街を南北に貫く一本の石畳の道路がまっすぐに伸びていて、そこには、たくさんの人、自動車、馬の往来があった。

そんな街の片隅にあるリキュールを売るお店で僕は子供ながらに働いていた。

何故だかわからないが、数名の学校のクラスメートもその街に暮らしていた。

そんな妄想がそのまま眠りの世界にまで入り込んできて、その中世のヨーロッパの街を舞台にした夢を見ることもあった。

3日続けて、同じシチュエーションの夢を見ることもあった。

そんな幼少時代の経験があるからなのか、僕にとって寝る時間は休む時間ではなく「考える時間」であり「妄想する時間」だった。

その妄想の夢の世界では、普通では考えられないことも出来たし、また何をやっても許された。

背中に生えた翼で空を飛べたし、乗っていた飛行機が墜落したことは何度もある。

拳銃で撃たれたこともあるし、人食い猫に首元をピチャピチャと舐められたことだってあった。

禁煙を始めた頃には、久しぶりのタバコを手にしながら、肺の奥まで思い切り煙を吸い込んでは意志の弱さに落胆した。

その世界は、ある意味究極の自由があり、厳格なルールに束縛されることもなければ、倫理的な理性さえも求められることもない。

まさに誰しもが憧れる「夢の世界」であり、バーチャルリアリティの「究極の自由の世界」でもあるのだ。



それがある時を境に、僕は横になったら秒速で寝てしまうタイプに変わってしまった。

覚えている限りでは、ちょうど35〜36際の頃に会社を共同で設立した頃だ。

人生の中で誰よりも働き、仕事に全力を捧げた頃だ。

日中は止まることなく動き回り、分単位の会議が続いた。

タバコを吸っている時間だけが唯一の休憩時間だった。

そんな生活に身体も心も休息を求めていたんだろうと思う。

それ以来、僕は就寝の際し難しいことを考えることもなく、また、妄想にふけることもないままそのまま眠りに落ちるようになった。

なんとなく夢を見る機会も子供の時よりも減ってきた気もする。



先日のZIP-FMのラジオ番組で、自分の好きなもの、ハマっている事などを紹介する企画がスタートした。

その企画の初回放送で僕が紹介したのは、スマートウォッチだ。

もともとは、携帯電話ではなくいつも身につけることができる万歩計が欲しくて購入したもの。

つい最近始めたばかりだが、それによりとても興味深いデータと向き合うことになった。

それは睡眠に関するデータだ。

個人差はあるらしいが、通常のサイクルとしては眠りについて浅い睡眠から深い睡眠へと移行し、そして浅い睡眠に戻ってからレム睡眠へと移行するらしい。

研究によれば、人はこのレム睡眠のときに夢を見ることが分かっている。

一般的に成人のレム睡眠は、全体睡眠時間の20%程度で、新生児だと約50%がレム睡眠らしい。

成長するにしたがってレム睡眠の比率は下がっていくようだ。

スマートウォッチで計測した睡眠データを見ると、僕の場合レム睡眠は全体の15%を下回っている。

なるほど、、データが示す通り、僕は「究極の自由の世界」から少し遠ざかっているみたいだ。。

残念。。

もし、自分に与えられた時間を、①現実の世界、②レム睡眠の世界、③深い眠りの世界、に自分の意思で自由に振り分けることができるとすれば、、どうだろう。。

痛みや苦痛を伴う現実の世界か、自由な夢の世界か、記憶も何も残らない無の世界か。。。



インターネットで調べていて、こんな記事を目にした。

レム睡眠の時間は、人間にとって最も知的で洞察力に富み、創造的で自由になれる時間。

起きているのは、食べる、子孫を残す、天敵と戦うといった生存に必要な務めを果たすため。

もしかしたら、人はレム睡眠のために生きているのかも知れない、、と。。。

この現実の世界は修行の世界だという人もいるけど、、なんか考えさせられるなあ。
2019.04.21

敗者

試合後の控え室で、タオルを頭から被って椅子に座ったままうな垂れる。

顔はその原型をかろうじて留めてはいるものの、殴られた痕にできたアザで青く腫れていた。

右目の瞼は野球のボールにように大きく膨れ上がり、その視界を完全に塞いでいるようだ。

その姿は、誰がどう見ても、、敗者の姿であった。

初回のラウンドから立て続けにパンチをもらい、3ラウンドまでに合計4度のダウンを奪われた。

アマチュア時代に1試合に2度ダウンを喫した経験はあったが、こんなことは彼にとっては初めての経験だった。

一歩間違えばリングサイドからタオルが投げ入れられてもおかしくはなかったが、規定の8回終了のゴングが鳴るまで彼はリングに立ち続けることができた。

それが、彼にとってこの試合での唯一の救いだったのかも知れないが、勝敗の結果はジャッジペーパーを見るまでもなかった。

鮮やかなKO勝利とまで行かなくとも、持ち前のキレのあるパンチで勝利を期待、いや確信していた観客の頭上には、失望に包まれたため息が大きな塊となっていつまでも留まっていた。

試合終了直後、一体リングの上で何が起きてしまったのか、そして、どうしてこのような結果になってしまったのか、本人には全くわからなかった。

呆然とした頭の中で、試合中に起きたことを振り返ろうとするが、冷静に物事を考えることが出来ない。

いつもはリズムよく繰り出せるパンチも、腕が重く全てのパンチが大振りになってしまう。

大振りのパンチは相手に軽くかわされ、逆に見事なまでのカウンターパンチを見舞われる。

一体、どうしたというのだ。

自分の体が自分のものでないみたいだ。

家に戻り失意のまま眠りについた彼は、翌朝の明け方近くに顔と体の痛みで目を覚ます。

目覚めた瞬間、眠りの世界に一時的に逃避行することで離れていた現実が、否応なく頭の中に蘇ってくる。

そして、昨晩に起きたことを受け入れざるを得ない状況に、心は再び苦悶し始める。

この試合に向けて、目立った減量苦はなかったものの、いつもの試合よりも練習量が足りなかったのは事実だ。

だけど、完全な準備不足というわけではなかったはずだ。

それでも、思い返せばいつもと同じルーチンの中で試合を迎えていなかったことがあった。

試合の数日前に、減量に目処がついた時点で、まだ計量前にもかからず、ジムの会長の目を盗んで、試合前には食べないと約束していたはずのパンケーキを食べてしまったのだ。

そう、パンケーキは彼の大好物なのだ。

街中で「パンケーキ食べたい。」と踊る若者を見て、計量の後、どうしても抑えきれなくなって食べてしまったらしい。

それがどう試合に影響したのかはわからない。

でも、ボクサーの身体はとても敏感だ。

軽量を終えた後、試合開始までに一時的に食事制限が解除されるが、それでも何を食べても良いわけではない。

ここで減量苦から解放されたボクサーが試合前に暴飲暴食してしまい、コンディションを崩して肝心の試合でのパフォーマンスの質を落としてしまうことも多い。

だから、彼の場合も、きちんとしたカロリー計算の下、試合中のスタミナ強化の観点からも食べるものが決められていた。

今回もそれには従ったはずだ。

少なくとも会長の目の行き届く範囲では。

彼は布団の中で思いを巡らせた。

相手が思いのほか強かったのか。。

いや、違う。。。本来ならあの程度のパンチをもらう自分ではない。

ましてや、決してフットワークが軽いとは言えない相手の顔面とボディーに、自分のパンチを当たられないなんて考えられない。

そう考えると、たっぷりの生クリームとイチゴで派手にデコレーションされたパンケーキの影響で、いつもよりも糖度を増した脳が、うまく身体と心をコントロールできなくしてしまったのか。。

いや、そもそもパンケーキを内緒で食べてしまった行為そのものに対して、神様が天罰を下したのかも知れない。。。

それとも、彼にとってのその日は、あらゆる占いで何をやっても上手く行かないことが予め定められていた「特別にツイていない日」だったのかも知れない、とも思った。

そんなことを考えながら、彼は数日間、布団の中で寝たきりのまま過ごした。

ろくに食事も喉を通らなかった。

日中、外は春の陽射しが降り注いでいるというのに、窓はカーテンで閉め切り、部屋は真っ暗のままだった。

そんな春の麗らかな天気とは裏腹に、彼の心の中は、暗い空から降り続ける土砂降りの雨が地面を叩きつけていた。

しばらく、、ずっと、止むことのない雨の中に、、背中を丸めて、、うずくまるように、ただただ時間が過ぎていくことだけを祈っていた。。



数日後の朝、カーテンの隙間から差し込む光で彼は目を覚ました。

どうやら、心の中の土砂降りは止んだようだ。

心の視界を遮っていた濃い霧は少しずつ晴れ、空を覆っていた厚い雲の隙間から一筋の太陽の光が差し込んでいた。

太陽の光は、柔らかかった。

しかし、だからと言って、彼の心の傷が癒えた訳ではない。

彼は布団からフラフラと立ち上がり、カーテンを引き、窓を開け、空気の匂いを嗅いだ。

春の匂いがした。

数日ぶりに吸い込んだ外の空気はとても新鮮だった。

だけど、彼の表情が緩むことは決してなかった。

窓の外を見つめる瞳は、外の景色を見ているようだったが違っていた。

彼の瞳は「とある一点」だけを見つめていた。

その時、彼が見ていた「とある一点」が何であったのかは、彼にしか分からない。

大事なのは、彼の「とある一点」を見つめる視線が、「確固たる決意」を伴って向けられていたものなのかどうか、そして、その先にもたらされるであろう「次の結果」が、彼にとって納得できるものであるかどうか、ということだ。

彼の表情に笑顔が戻る日があるかは、まだ誰もわからないが、今はその「次の結果」を見守るしかないであろう。
2019.04.19

大人の修学旅行

午前中に名古屋入りして、ZIP-FMのスタジオでラジオ番組を2本収録。

収録後、プロデューサー、一緒にパーソナリティーをやっているハルキ、そしてZIP-FM関係者の方々とランチ。

その後、別件の会議のため名古屋駅まで移動。

そこで、いつも一緒にお仕事をさせてもらっている映像監督のAKさんと脚本家のNY子さんらと合流。

そのままクライアントを訪問。

僕ひとりギターを抱えて狭めの会議スペースへ。一体なんの会議かも知らされていない僕も、なぜか同席。

クライアントの方も、一人ギターを抱えて来た僕に、「なんでここにミュージシャン?」って感じか。。

無事に会議も終わり、ここで本日のお仕事は終了。

時刻は15時半前だ。

この後は、AK監督とNY子先生、そしてプロデューサーの安藤さんと僕の4人で知多方面へ。

そう、ここからは安藤さん企画の「大人の修学旅行」の時間なのだ。

土地勘のない4人が名鉄河和線の最終到着地である内海駅行きの急行が発車するホームへと急ぐ。

出発まであと数分しかない。

ここで、AK監督が「トイレに行きたい」と言い出した。

「電車の中にトイレあるから大丈夫だよ」と安藤さん。

で、そのまま4人で電車に乗り込むも、、どう見てもトイレ付きの電車には見えない。

きっとAK監督がこのタイミングでトイレに行くと、急行に乗れなくなってしまうと判断した安藤さんの確信犯的判断だったようだ。

電車は、下校途中の学生らも多く乗っており、比較的混み合っている。

そんな中、僕たち4人は車両の出入り口付近のスペースに立ち、他の乗客の邪魔にならないように荷物を床に置き、網棚に載せてぞれぞれがつり革を掴みながら電車に揺られる。

「目的地までどれくらいかかるの?」とAK監督。

・・・誰も知らないらしい。。

「多分30分くらいじゃないの?」と安藤さん。

僕も「まあ、かかっても40分くらいでしょう。」と超適当なことを言っている。

その会話にAK監督の表情が一瞬和らぐ。

なんの根拠もないけど、「それくらいなら目的地まで我慢できる」とAK監督が思ってくれるギリギリの時間感覚を口から出任せで言っているだけだ。

で、実際どうなんだろう、、とスマホで調べると「え〜と、、急行で75分・・って出てますね。」

「え〜、そんなにもたないよ!」と、一気にAK監督の表情が曇る。

「あ、でも停まる駅はたった6駅しかないみたいですよ。きっと、すぐですよ。」と、またなんの根拠もなく僕が言う。

「そりゃ、助かった。。。」とAK監督が安堵の表情を浮かべる。

「え?、、でも、スマホでは、特急でも16駅停まるって出てますよ。」とNY子先生。。

ああ、そんなに現実を突きつけなくても。。

それを聞いたAK監督の表情がまた曇る。。

。。まあ、何駅停まろうが75分かかるものはかかるんだけどね。。。

そうこうしているうちに、あっという間に電車は終点内海駅へ。

終着駅到着の間際になってトイレを我慢しているAK監督が「そういえば、今日中に振り込みを一本しないといけなんだよなあ。」と呟いている。

改札を出て、みんなでトイレに駆け込んで落ち着いてから駅の周りを見渡す。。が、、銀行もなければコンビニもない。。

お店というお店には全てシャッターが降りてるし。。

この駅は海が近くなので、海水浴シーズンには沢山の家族連れでごった返す様子が容易に想像できる。

その反面、海水浴シーズンでなければ、ほとんど人がやってくることはない寂しい街であろうことも容易に想像できた。

さて、もう時刻は17時を過ぎだ。

そそくさと迎えに来てくれた旅館の送迎用ワゴンに乗り込む。

そこで、AK監督が運転手に「すいません、振り込みがしたいので、途中でセブンイレブンに寄ってもらっていいですか?」と伝える。

しばらくすると目の前にはローソンが。。でも、スルー。

セブンイレブンご指名だったからね。ATMがあればどこでもいいはずだけど。

で、目的のセブンイレブンに到着。

でも、AK監督、、渋い表情で車に戻ってくる。。「セブン銀行では振り込みできなかった」。。

じゃあ、ローソンかファミマ、行きますか。。と運転手。。

と、向かっている途中で「・・でも、、、三菱UFJのATMならここにありますけど。。」

と、目の前にATMの小さな建物を指差す。。

「それ、早く言ってよ〜」と、全員が心の中で叫んだに違いない。。

無事、AK監督による振り込みも無事に完了して、いざ旅館へ。。

部屋に入ると、窓から見える風景に癒される。

目の前に広がる砂浜。。。

部屋の窓を開けると、押し寄せる波の音まで鮮明に聞こえてくる。。。これぞ、潮騒というやつだ。

対岸の三重県の陸地が水平線の向こうにうっすらと浮かぶ上がり、その手前を大型貨物船がゆっくりと横切っていく。

半島の先端ではないが、結構遠くまで来たなあ、という感覚を抱く。

そして、温泉へ。。

おっさん3人で「ああ〜」とか「うう〜」とか声を上げながら、温泉に浸かる。

温泉の後は、宴会。

NY子先生の小説の映画化祝いの乾杯もして、美味しい料理とお酒を沢山いただく。

僕はライブ前日だから、「もう一段階、酔っ払いますか?」とお酒の神様から差し出されたスイッチはこの日は押すことなく就寝。。

なんとか理性、保てましたわ。






2019.04.16

たまには。

今週の金曜日はいよいよ名古屋での初ライブ。

楽しみ〜!

でも、久しぶりに最初から最後まで一人の弾き語りライブなので、ちょっぴり不安が無いわけでも無い。。

そこで、頑張って練習する・・・も、初めて弾き語りでやる曲やら新曲やら、今回もチャレンジ精神に富んだセットリストにどれだけ練習しても不安は消えず。。

今日もそう。

練習したいけど、朝から自分の個人会社の溜まった事務処理に追われる。

領収書の整理やら、在庫記録の更新やら、書類の捺印やら郵送やら、それらの書類のコピー取りやら、、気がつけばもうお昼前。

銀行とコンビニに行って支払いもしなきゃ。。

外に出て道路を歩きながら空を見上げると、空は青く澄み渡り、まるで5月くらいの陽気だ。

こんな気持ちのいい日は、通りに面したカフェでそよ風に吹かれながらビールでも飲みたい気分。。。

で、ちょっと遠い蕎麦屋へ。

行ってみたら臨時休業。。。

せっかく消えた「すだち蕎麦」の続報でも入手しようと思ってわざわざ行ったのに。。

じゃあ、もう一軒別の蕎麦屋だ。。。とこれまたちょっと遠目の蕎麦屋へ。。

と、ここは今日が定休日だった。。。。

ああ、、今日はツイてない日。

結局、いつもの蕎麦屋へ。。

一度頭の中が「蕎麦」となったらもう他には切り替えられないからね。。

頼んだのは、辛味大根の大盛り!

辛味大根そばは、令和の発表の時以来。結構、久しぶりだな。。。

その後、いっぱい歩いてカロリー消費したからか、、お腹すいてパンも買って食べちゃった。。

食べ過ぎだ。。

なんか今週は初夏並みに暑くなる予報みたいだけど、、もうちょっと春の陽気を満喫したいなあ。。

なんて思いながら昼から練習再開も、僕が強く吹きすぎるからハーモニカ壊れて楽器屋へ。。

こんだけ歩きゃあ、それだけで10000歩行きますよ。

はい、とりとめのない、、単なる日記、でした。。。

たまには、いいでしょ!
2019.04.14

チャレンジ開始。

「あ、イテテ・・」。。痙った、痙った。。。

2週間に一度の鍼治療。

毎回、鍼の前に30分ほど全身マッサージを施してもらう。

その仕上げの時、ちょっとしたエクササイズを課せられるのだが、その一つに足の指で強く押された先生の手を押し返す、というメニューがある。

2ヶ月くらい前からだろうか。

その押してくる先生の手を足の指で押し返す時、左足の時だけ急に足の指が痙ってしまう、という症状が続いている。

前回のマッサージ、あまりにもここ最近痙ってばかりなので、先生が一言。

「筋肉が弱ってきてるのかな・・。」

確かに僕は中学の頃に、左膝の軟骨が原因で痛みが出てしまい、左足をかばいながら右足に重心をかけて歩く癖が無意識についてしまっていて、右足に比べて左足の筋肉が特に落ちてしまっているのかも知れない。

普段の僕が1日に歩く歩数は、平均すると大体4000歩〜5000歩くらい。

篭り場に一日中いるときは2000歩もいかない。

よく言われるのは、一日の目標歩数として10,000歩だけど、10,000歩なんて滅多に歩くことはない。。。

よし、ここは頑張って一日10,000歩を続けてみようと、この間からチャレンジ開始。

今日で6日目だ。

今日は、朝から最寄駅のもう一つ先の駅まで歩いて、篭り場から少し離れた駅で下車。

そこから歩いて篭り場へ。その距離約1.5Km。

空は今日も薄曇り。

午後の遅い時間に雨を予感させる空だが、散歩するには暑くも寒くもなく丁度いい。

今日から解禁された(?)のか、僕が歩く歩道の横を選挙カーが候補者の名前をスピーカーで響かせながら通り過ぎていく。

そして、また別の選挙カーが遠くから候補者の名前を響かせながら近づいては遠ざかっていった。

ある選挙カーは、こう叫んでいた。

「・・・皆さま、おはようございます!区議会議員候補の青空こうじでございます。ゲロゲーロでお馴染みの青空こうじでございます。今日はおぼんこぼん師匠も応援に選挙カーに乗ってもらっております。皆さま・・・」

・・へえ、、おぼんこぼん師匠ねえ。。。。応援は、青空球児さんじゃないんだ。。

ま、いいけど。

で、今日もなんとか10,000歩を達成。

始めてから3日目くらいに、慣れないせいか左足の薬指の付け根当たりが腫れた感じがしてたけど、大分慣れてきたな。

さらに、左足をかばって歩くのでなく、左の膝が流れないようにちゃんと体重を乗せて前に推進していくような歩き方も何となくコツが掴めてきた。

今までどれだけ右足依存の歩き方をしていたことか。。。

どおりで右足の太ももとかスネの筋肉だけがいつも張ってしまっていたわけだ。

さて、、いつまで続くかな。10,000歩チャレンジ。
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