セルフライナーノーツ「雨上がりの朝に」

セルフライナーノーツ「雨上がりの朝に」

◆きみだけのランウェイ

ラジオ番組 ZIP-FM「MIDNIGHT RUNWAY」の初代テーマソング。4 月から番組がスタート するのにテーマソングが 2 月末まで何も決まっていなくて。急遽、2 月の中頃に作り始め て、安藤さんに聴いてもらったら、「これ、テーマソングで行こう」と。きっかけは、その 時、フィギュアスケートの4大陸選手権が開催されていて、2 年連続で表彰台に上がり、こ の年も期待されていた三原舞衣選手がショートプログラムで失敗してしまい出遅れたんで す。ショックだろうな、立ち直れないだろうな、と思っていたら、フリープログラムで会心 の演技をして見事 3 年連続の表彰台を勝ち取った。他人を羨んだり自分を責めたり、それ でも道を切り開くのは自分しかいないので、三原選手の姿を見て、落ち込んでも一生懸命前 を向いて自分の足で歩いていくことの大切さを歌にしたかった。モデルが歩くことで知ら れているけど、ここで言うランウェイは滑走路のこと。いつか羽ばたけるように、という願 いを込めてタイトルに入れました。


◆幸せなレイディオ

ラジオ番組の中で、「マンスリーソング」というテーマを決めて曲を書くという企画があっ て、この曲は 2020 年の新年早々に書いた曲。テーマは「今年の抱負」。リスナーからのメッ セージを紹介しながら、それをヒントに曲にしていくという企画だったんだけど、結婚した いとか、痩せたいとか、タバコをやめたいとか、リスナーからのメッセージを読んでいると、 結局は一言で言ってしまえば、みんな「幸せになりたい」っていうことだよな、と思って。 その実現方法あは人それぞれなんだろうけど。だから、皆んなの思いを引っくるめて、僕もそ の年の抱負としてみんなに幸せを届けられるラジオ番組にしていきたい、という希望を込 めて書いたのがこの曲。僕の曲の中でも BPM が早くてテンポが良いので、歌っていても気 持ちよくなれる曲。ソロパートのラジオの電波が浮遊するようなイメージのアレンジがと ても気に入ってます。


◆ラスト・ワン・マイル〜明日に向かって走れ〜

これもマンスリーソング企画で披露した曲なんだけど、実を言うとマラソン大会のテーマ ソングとして応募するために書いた曲。「ラスト・ワン・マイル」という用語は、通信業界 や流通業界で使われる、お客さんとの接する最終工程を指す用語。届けたいものが、最後の 最後でうまくいかないと、結局何もかもダメになってしまうくらい大切な工程がこのラスト・ワン・マイルなんですよね。それを、夢を叶える人の生き方に例えて曲にした感じかな。 人は、色んな事情があって自分の夢を途中で諦めてしまうことがあるかも知れないけど、最 後の最後まで諦めずに頑張っていくこと、少しでも進んでいくことの大切さを表現したか った。海沿いのランニングコースに虹がかかる曲のラストシーンに、僕も勇気をもらっています。


◆Lady on the beach

当時、4分の4拍子の曲ばかり作っていたので、たまには4分の3拍子の曲でも書いてみたら、と安藤さんに言われて書いた曲。「4分の3拍子って何?」って感じだったけど、サウンドディレクターのKOSENさんにも色々と教えてもらったりして。そのテンポで曲を考えていたら浮かんできたメロディーが夏の海辺のイメージだったので、それをそのままサビにして作った曲。こういう 80’sっぽい曲が、個人的には歌っていて一番気持ちいい。遥か昔の夏の思い出。ビーチの上を駆けてくる水着姿の女性がCMのワンシーンのように浮かんでくれば、もうそこは Slip into the 80’s の世界ですよ。


◆夏色のウソ

これはマンスリーソングのために書き下ろした曲。テーマが“アバンチュール”という大人っ ぽい響きがするイメージだったので、かなり早いテンポのボサノヴァのリズムに乗せて、男と女の夏の一夜を歌った曲。「渚滑るディンギー」なんて、若い人は分からないと思うけど、 大瀧詠一さんの有名なフレーズも入れこんだりして。言葉数は少なめの曲だけど、夕暮れの シーサイドを走るドライブのシーンから、濃密な夜を超えて、シーツがシワになって乱れて いる明け方のベッドのシーンまで、皆さんも曲を聴きながらどうぞ疑似体験していただけると、作り手としてはとても嬉しく思います。


◆スタートライン

マンスリーソング企画の一発目の曲。テーマは「春、出会いと別れ」で、リスナーから寄せ られたキーワード「サクラ、友情、スタート」を使って書くという至難の業に挑んだ曲。まあ、苦労しましたし、途中で投げ出そうかと思ったくらい(笑)。締切まであと 1 日か 2 日 しかないあたりから、最後は安藤さんにも僕のスタジオに来てもらって、一気に完成まで持っていきましたね。早口の Aメロの部分も、締切当日の朝に閃いて、思いつくまま入れ込んだのを覚えてます。それで随分と曲の雰囲気が変わりましたし、野球を頑張る友人と、トランペッターを目指す主人公との友情もうまく描けたかなと。第三者的な主人公が旅に出るストーリーを描く曲を書いてみたら、と安藤さんからは以前から言われていて、この曲で初めてそういうコンセプトの曲を書けたんじゃないかな。随分とこの曲のおかげで成長させてもらいました。


◆君にもう一度キスをしよう

テーマを決められたマンスリーソングばかり書いていた時期に、たまには自分のテーマで何か書きたいと思って書いた曲。僕が以前やっていた仕事は、比較的専門性の高い職業だったこともあって、かなり残業が多かったし、若くても管理職に昇進すると、ちょうど結婚して子供ができるくらいの時期に、会社でも責任ある仕事を少しずつ任せられるようになって。それこそ、毎晩のように帰りが遅くなったり、プロジェクトが佳境を迎える頃には週末と平日の区別もなかったり。特に、海外のプロジェクトの場合は、何日間も海外に行ったま ま家に帰らず、なんてことも珍しくなかったですね。でも、その頃が一番仕事を楽しく感じられる時期なのかもしれないんですよね。夢を叶えるという意味でも。一方で、家庭がおざなりになってしまって、結果的には奥さんや家族に寂しい思いをさせたりして。「仕事と家 庭とどっちが大切なの?」という問いに対して、簡単に割り切れない気持ちのやるせなさとか、もっと家族を大切にするべきだったとか、本当は結構重いテーマを扱った曲なんです。 それでも最後は、家族愛なんですよね、きっと。


◆旅立ちの歌

これもマンスリーソングでテーマは「卒業」。ちょうどコロナ騒動が始まって、学校が一斉休校になってしまい、卒業式ができなかったという人もいたりと、世の中がとても混乱して いた時期でしたね。また会えると思っていた友達と、休校によるまさかの突然の別れを迎え た学生たちも多かったのではないでしょうか。そんな若者たちに向けて書いたメッセージソング。「悲しまなくていいさ、いつの日かまた会えるから」という歌詞がすんなりと浮か んできて、それをサビのメロに乗せたら、比較的短時間で書けた曲でした。神村シゲゾーさんのアコーディオンが切なくもどこか元気をくれる感じがして、とても心に沁みる曲です。


◆雨上がりの朝に

この曲を書いたのはちょうどアルバムリリースの1年前くらい。最初の緊急事態宣言が明けて、再び世の中が少しずつ動き始めた頃でした。そういうしているとまた感染者が増えて きたりと、先行きが見通せない不安な日々に苛まれていた頃だったと思います。自分の中では、何かそういうひきずった気持ちとか、コロナでの暗い世の中の雰囲気とか、そういうネガティブなものを吹っ切る意味でも、何かとサヨナラするイメージを曲にしたくて。降り続いた雨が上がった朝、恋人との別れを決めて新しい街へと旅立つ主人公が、コロナの終息と共に新しい旅が始まる人々と重なるといいな、と思っています。何と言ってもKOSENさんのアレンジが素晴らしくて、自分で言うのも何ですが、曲自体もとてもいい曲ですし、時代にもマッチしているような気もして、アルバムタイトルとしてもこの曲名を使うことにしました。


◆新呼吸

このアルバムの中では一番古い曲で、書き始めたのは2018年の秋くらい。完成させたのは、年が明けて春を迎える頃でしたが、この曲を書いた頃、自分の実力の無さとか、そういう壁 に直面して、前に進めそうになかった時期があって。そのきっかけは、当時、僕がMCをやっていた東京のラジオ番組に、憧れの秦基博さんがゲストで来てくれて。自分と人を比 べるつもりはなかったんだけど、直接、秦さんと話してみて、全く自分とは違う世界にいる人というか、別に勝負する必要なないのかもしれないけど、とてもじゃないけど敵わないというか、本当に自分がちっぽけに思えてきて、とても悲しい気持ちになったんです。それが 秋のこと。年が明けて、春の芽吹きのイメージをネガディブだったこの曲に入れ込むことで 完成させることが出来た曲。タイトルも、何か自分も頑張っていれば変われるんじゃないか、という期待を込めて、新しい呼吸、と書いて「新呼吸」としました。


◆赤い薔薇

映画「渋谷行進曲」(脚本:中井由梨子、監督:秋山純)のテーマ曲を書いてみないか、と安藤さんから頂いたお仕事。期限は2週間で、テーマは映画に即したもの。引き受けたはいいものの、加藤ヒロ史上、作るのに最も苦しみもがいた曲。書き始めたのは締切間際で、 実際には半日くらいで曲は書いたんだけども、なにせそこにたどり着くまでが長かった。2曲くらい試しに作ったデモ曲がボツになって、その後に何も出てこなくなってしまって。行 き詰まったある日、「出来るけどまだやっていない事」をやってみて、それでダメなら諦めよう、と開き直ったんです。で、まだ「出来るけど、やっていない事」として、映画「蒲田 行進曲」(原作・脚本:つかこうへい、監督:深作欣二)を観ることから始めようと。で、 映画をみたら、とても面白くて。その中でも印象に残ったのが、松坂慶子さん演じる小夏の赤いドレス。その印象を持ったまま、自宅の帰りに普段は歩くことのない道を散歩したりして。その散歩の道中、目についたのが花壇に咲く色とりどりの花々。すると翌日の朝に、赤 い薔薇と白い百合のイメージが浮かんできて、サビの歌詞を書いたんです。そこからですね。奇跡的にメロディーが浮かんできて、午後一番には最初のデモテープを安藤さんに送っていました。1 年分の曲を作るエネルギーを使い果たした感じですね。だから、しばらくは曲、書けてません(笑)。アルバムの中では、少し毛色の違う曲ということもあって最後に収録されていますが、映画には僕も出演していますので、スクリーン上でエンドロールと共に流れるこの曲を沢山の方々に聴いていただけると嬉しく思います。